第21話 不変の誓い・上の巻
「あ、メタトロン殿ではありませんか」
「……新しい四天王の人。どうも」
ある日、いつも通り兵士たちを訓練して書類を決済した日。たまたまいつもより早く仕事が終わってしまったあの日。
その時から私は変わってしまった。私の人生の分岐点だった。
やけに馴れ馴れしく話しかけてくる金髪の女の子がいるなと思った。
互いの立場の違いをわかっているのかな?そう思ったし、この子の将来が少しだけ不安に感じたけど、私に話しかけてくれるというだけでも嬉しかった。
……良く思い出してみると四天王に新しく加えられた人だとすぐにわかった。見当違いなことを考えていたと思うと、結構恥ずかしかった。
当時の私はノエルちゃんとは一度会ったことがあるだけだったから、顔をまともに覚えていなかったけど、その雰囲気には覚えがあった。
なぜか寒気を覚えてしまう雰囲気だった。
ノエルちゃんの私を見る目線がちょっと熱すぎたのは関係ない。
それくらいならどうということはない。力でねじ伏せられないわけがないから。
でも、人としての……生物としての厚みが違った気がする。
私が薄っぺらな人格をしているだとか、ノエルちゃんがとんでもなく人間臭いだとか、そういうわけでもない。
感じる力の気配が異質だった。良く見てみると、細部はかなり違うけど最近陛下から感じる力の波動にも似ていた。
だから、ギリギリ覚えていた。
何度も確認し直して、接しないと重要な人の名前すらも覚えれないのは、割り切りはしたけどいまだに苦んでいる悲しい事実。
だけど、ノエルちゃんのことは不思議と、脳の片隅くらいには記憶できていた。
それなりに興味があったのかもしれない。
でも、その程度。
なにか用でもあるのかな?と聞いてみたけど、特にないと言われたので落ち込んだ。
そして、興味もスッと引っ込んだ。
私みたいな特別無愛想でいろいろとおかしな子に話しかけてくれるのはすごく嬉しいけど、ぬか喜びさせないでほしいと思ってしまった。
自分勝手だと自嘲もしたが、魔族とは元来自分勝手な生き物だから、『普通の魔族』に近づけたのだと嬉しく思ってしまった。
こういうところからして感性がおかしいのだとは自覚している。
感情が表に出ないのに加えて、そもそも変な子だというダブルパンチがあるから、誰との会話も長続きしないし友達なんて一人もいない。
ものすごくお人好しで世話焼きだからなのか、メルフェデスさんが同じ四天王として多少気にかけてくれるのが限度。
そのメルフェデスさんにしたって、会話がほとんど続かない。向こうが接し方に困っているのも知っている。
だけど、生まれつきのものだから変えようがない。最初から狂っているんだから、正常になれるはずもない。
他人と関わりたいとはいつも強く思っているが、それだってずっと不可能だからと我慢してきたし、堪えられなくなることはないと思う。
深く関わってやっぱり変な子なんだと嫌われるのが怖かった。
だから、余計に変になったのかもしれない。
そこまで考えて、一言だけ別れの挨拶をして帰ることにした。
しかし……。
「まあ、少し待ってください」
なぜか、服の袖をつまんで引き止められた。
「……なら、なに?」
思わず、期待してしまった。
もしかしたら、仲良くしてくれるのかもしれない。
でも怖い。
深く知られて気持ち悪いと思われたくない。
そういう感情が表に出たわけでもなく、いつもどおりに不機嫌そうに問う声が出てしまった。
……やってしまった。そう後悔した。
だけど、ノエルちゃんはお茶に誘ってくれた。
純粋に経験したことがないという未知、なぜ私なんかを誘うのかという未知、二つの未知に対する恐怖と大きく膨らんでいく期待によって心を塗り固められてしまっていた。
これは……いわゆる、デートのお誘いというやつなんだと思う。
普通は男女でやるものと聞いたことがあるけど、この子が私にそういう感情を持っているということくらいはわかってしまった。
他人の感情を察することは特別苦手だけど、それでもわかってしまうほど私に対する目線は特別に見えた。
私がとんでもない美少女だというのは、なんとなく知っている。
鏡を見ても良くわからないし、実感はあまりないけど、良く言われることだから。
だから、そういうこともあってもおかしくないのだと察することができたんだと思う。
とんでもないことをされないか心配ではあったが、やはり力でねじ伏せられるし……なにより、ちゃんと責任を取っていつまでも愛してくれるならそれでいいとも思った。
別に禁じられているわけではないとはいえ、女同士というのは特殊らしいから変な目で見られることが加速するだろうけど、どうなるにせよ私が誰かとある程度でも深い仲になれるなど想像もつかなかった。
だからそれで良かった。
なにより、誰かと遊びに行こうと誘われるなんて初めてのことだったから舞い上がっていたんだろう。
声に出せずに無言を貫いていたが、ノエルちゃんは察してくれて都へとエスコートしてくれた。
道中、色々喋りかけてくれた。
相槌を打つことすらままならない私に対して、楽しそうに、楽しませるように喋りかけてくれた。
……すごく心が満たされた気がした。
そのうち、喫茶店に着いた。
良くわからないけど、隠れ家的な名店というやつなんだろうか。雰囲気は良かったように感じた。
コーヒーは特段好きでも嫌いでもないが、ここのは今まで飲んだことがないくらい美味しかったし、お茶菓子も宮廷で出されるそれに引けを取らないくらいには美味しかった。
なぜこれで客の気配が少ないのか不思議だった。
コーヒーを飲みながら、楽しいお話をした。
……ノエルちゃんは、私の体を心配してくれた。
あんなに働いていて体を壊さないか、心配だからもう少し休んで、そんな事を言われた。
最後に心配されたのは、もう30年は前だったと思う。
もう十分戦った、もう休めと言ってくれる人たちがいた。だけど、仕事はとても楽しかったし当時の時点で体は特別丈夫だったから、それらを無視するように仕事に打ち込んだ。
結果、誰も心配してくれなくなった。
自業自得といえばそれまでだが、私にとってコミュニケーションを取れる機会なんてそうした会話くらいしかなかったから悲しくなった。
だけど、ノエルちゃんはそんな愚かな私を心配してくれた。
仕事が唯一の趣味だから、休めという言葉を受け入れることはできなかった。だけど、私にしては良いコミュニケーションがとれたと思う。他者に迎合するような……ううん、違う。他人の気持ちを汲み取った返答を初めて言えた気がする。
嬉しかった。
だけど、これまでだろうなとも思っていた。
こんな無愛想でつまらなくて変な女と一緒にいても楽しいことなんてないと思ったから。
でも、ノエルちゃんは観劇に誘ってくれた。
……次もあるんだ。そう思うと、心のなかでニヤケが止まらなくなった。
帰る時、素直にお礼の言葉を言えた。
流石に私でもお礼くらいは言えるが、ここまで素直に、殊勝に言えるとは思っていなかった。
それに対して、ノエルちゃんはまた遊びましょうと、そう言ってくれた。
社交辞令でないのはわかっているつもりだ。
思わず、嬉しさが表情に出てしまった。
心を大きくかき乱された。他人の顔も名前もなかなか覚えられない私が、たった二度会っただけのノエルちゃんに強く強く興味を持ってしまった。
その時の感情は、単なる強い執着だったのか、それともその時点で恋だったのかはわからなかったけど……これだけは言える。
『この子は絶対に逃さない。絶対私のものにする』
その時心のなかで誓ったその言葉は、いつか現実のものになるだろう。
私のコミュニケーション能力が酷いのは事実だ。
だけど、魔王軍最強である私に狙われた以上、今更逃げるなんてのは不可能。
嫌だと思っても、今更離さない。私に興味を持ってしまったのが悪いと思って欲しい。
そんなことを思いつつも、その夜は楽しい思い出に感情を揺さぶられて、心の中のニヤケが止まらずに眠れなかった。
目を開けながら、楽しい夢を見続けていた。
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