第17話 真正面からねじ伏せる

「ふん、貴様が極星将軍ノエルか。たしかに美しいようだが、力のほうはどうなのであろうな。大したことはなさそうに見えるが……」


『軍勢魔法』によって、作られたフィールドの上でギド将軍と睨み合っています。

 獰猛な笑みを浮かべているギド将軍。戦闘者として理想的な筋肉を持ち、獲物であろう大斧は見ているだけでも重みを感じます。

 

 ただの重量も凄まじいはずですが……かつて人類と交流があったときに高名なドワーフの鍛冶師に献上された『魔鉄』の武器でしたか。

 1200年より前の武器ですね。かつての魔王が持っていた国宝の一つでしたっけ。

 なのにも関わらず、錆も綻びも見えない。いや、かつてより硬くなっていると推察します。……おそらく、『魔剣』の類でしょうか?


 ですが、それを持つギド将軍はこうしてみると圧倒されそうなほどの武威を感じます。

 メタトロン殿ほどではありません。

 俺よりも弱いのも確かです。ですが、『戦士』としては俺達より上なんでしょう。質量や格といった最重要の要素では上回っていても、踏んできた場数もセンスも向こうが上。

 たしかに武器に比べれば貧相な力ですが、見劣りするほどでもない。それに、これほどの武器ならば持ち手を選ぶ側でしょう。それなのに、ギド将軍を認めています。

 戦士としては究極に近い存在だと理解しました。


 ……手強いですかね。楽に勝てる相手ではなかったようです。舐めすぎましたか。

 圧倒して勝たなければ、いくら権能の異質な力を見せつけたとしても、与する方法はあるのだと立ち直られてしまうかもしれません。

 横綱相撲で勝つ。そんな方針を守らなきゃいけないのが辛いです。そんなことをしたら負ける可能性が跳ね上がります。ですが、彼の全力のことごとくを打ち破らなければバルメ公爵の心は折れないかもしれない。


 ……かつての勇者との死闘を思い出しますね。あれほど心躍る戦いではありませんが、これはこれでなかなか楽しい趣向です。


「ここで笑うか。もしや、この俺に怯えているのかな?勝てないから笑うしかないと。そういうことかな?」


「いえ、長らくの間、これほど楽しそうな戦いは経験していませんでしたから。つい笑顔になっただけです」


「臆さないか。威圧感はないが、敵として不足はない。全力で壊してやろう。さあ、かかってくるが良い」


「……先手は譲ると?この俺を舐めすぎですよ。挑戦者の側はあなたです。勘違いしないでくださいね。あはは、将軍になれなかった戦士ごときが調子に乗らないでくださいよ?そんなハンデは要りません。むしろ差し上げましょう。いつでも挑んできていいですよ」


 ブーメランが刺さっている気がしますが、煽ってみると獰猛な笑みがアルカイックスマイルに変わりました。

 目が明らかに笑っていません。……ふふ、怖いですね。

 負けたら殺されるでしょう。言い過ぎましたかね。ですが、先手を譲られては計画が狂います。一騎打ちの勝敗だけにすべてを賭けるわけには行きませんので。勝ち負けではなく、どう勝つかが重要なんです。

 一騎打ちに勝利し、敵の士気を挫くのが最初の目的でしたが、もっと欲張らないとダメなようですから……バルメ公爵と、ついでにギド将軍の心を折りにいく。それが今の目的です。


「吠えたな?この俺をコケにするか。気に入った。俺の手で死にゆくものには教えてやらぬとな。俺の名は怪力乱神ギド・ヴァルファラーズ。王を守る盾にして、眼前ことごとくの敵を屠る天下無双の将軍なり。貴様の首を獲り、我らの勝利を決めてやろうではないか!」


「俺は極星将軍ノエル。愚昧な神々を引きずり下ろすため、まずはあなたを打ち破ってみせましょう。……時代遅れのギド殿は、あの世で判官にでも挑んでいるのがお似合いだ!」


 この世界では通用しない判官なんていう言葉が思い浮かんでしまったことに心のなかで苦笑しつつも互いに名乗りを上げ、勝負が始まりました。


 先手は挑発したことでギド将軍に譲れました。


「我が大斧の錆となるが良い!」


「……!?」


 一瞬のうちに間合いを詰められ、あり得ない重量の斧を超スピードで振り下ろされました。


「流石に避けるか。これくらいはしてくれるよな」


 ……力の質量に見合っていません。いえ、彼は質量の時点で五芒星と比べても俺とメタトロン殿以外の方々よりは上なのです。

 ですが、それだけでこんな真似ができるわけがない。

 権能の強化は単純な膂力や技の強化にとどまりませんからね。動体視力なんかも強化される項目に入ります。

 実際には全力ではないと思いますが、メタトロン殿自身が本気だと言っていた一撃を空に振るっていたとき、その動きは目で追えていましたから。


 そのメタトロン殿より明らかに劣るギド将軍の攻撃を目で追えないのはおかしい。


 ……となると、縮地のような技術によってこうも一瞬で肉薄した?

 どうやらそれが近いようですね。大した魔法は使えないと噂に聞いていましたし、事実として、強い魔力は感じられません。

 闘気は凄まじいですが、それを全力でスピードに回してもこんな事はできませんからね。


「だが、その程度ではなぁっ!」


 十分な距離を取って避けたはずなのですが、やはり一瞬で距離を詰められて斧を振るわれます。


 避けてばかりでは意味がありませんね。埒が明きませんし、苦戦しているのだと思われるのは計画がどうこう以前に癪に障ります。


 獲物である黄金の槍を掲げて、大斧の一撃を防ぎました。


「折れぬか。それなりの武器のようだが、その程度なら軽く砕けると思っていたのだがな」


 うまく隠してはいますが、ギド将軍からは焦りに近い恐怖が感じられました。

 ……おそらくは、槍に権能の力を込めたのでそれを見て何かしらの理由で恐れているのでしょう。

 心理的に圧迫することで勝つのは避けたいところですが……権能を使わずに勝つのは無理ですし、そもそも権能を使わなければ煽った意味もなくなる。


 ……権能の力を全開にします。出し惜しみする意味もありませんし、魔力と違って動力が切れる心配はまずありませんからね。


「ようやく本気を出してくれたか。ハハハ、それでこそ殺しがいがあるというものだ!」


 槍を交わし、時折受け止め、跳ね返す。

 それをしつこいくらいに続けます。


 一見防戦一方に見えるかもしれませんが、そんなふうに思っている者は末端の兵士に至るまで存在していないようです。


「……届かない。どうやっても届かない。まさか、この俺が……?」


 ギド将軍の超スピードのタネがわかったことで、俺の優位は加速しました。

 彼のスピードの由来は、先程言った縮地のような技術が根幹にあります。ここまではわかるのですが、彼が飛び抜けているのはそちらではなく……認識をズラすための技量なんですよ。


 例えば野球。あの競技でも緩急が大事とは良く言われていました。

 ただの160キロの豪速球一辺倒の槍のような投手より、カーブなどで翻弄しつつ150前半のストレートでねじ伏せる投手のほうが成績は残しやすいでしょう。

 少なくとも、前者はどれだけ素晴らしいストレートを投げられてもリリーフにしか適性がないでしょうが、後者は華形である先発になれる可能性も高い。


 彼はその超上位互換。敵の盲点を見抜く眼力。盲点を無理やり作り出す振る舞いの一つ一つ。そして超人としての超感覚や、それらを強化する権能の力を持っても見破れないほどの、疾いと錯覚させるための『騙し』の技術に長けているというわけです。


 そんな理屈には気づけても、一瞬一瞬の動きにはどうしても騙されてしまっているのであまり誇れはしません。

 ですが、理屈をある程度知っていると言うだけである程度対処する方法はありますから。


 その対策はやはり完全にとは行きませんでしたが、それでもこちらが完全に優位に立っています。


 だれもそれを疑っていません。


 ……ここらでいいですかね?


「俺は貴殿の力を真っ向からことごとくねじ伏せました。ですが、こちらからは攻撃していませんよね?力の程を知らせるためにはそれも必要だと思うんですよ。……死なないようになんとか堪えてくださいね?」


「……!!!」


 動きを変えて、気力が尽きかけていたギド将軍を一瞬のうちに遠くに叩きつけます。


 それから、今の俺の中では特別強力な……少なくとも史実というかゲームのクリア後ストーリーにおいてプレイヤーたちが大きく苦しめられた技の準備をします。

 残念ながら、今の俺の実力だと少しだけ時間がかかっちゃうんですよね。使い道も本来ほど豊かじゃないし、最高の使い方はまだできない。体が力に耐えられませんし、その力自体もまだ全然足りていません。

 それに、時間がかかる以上同格に近い相手や格上相手だと使いづらい。

 だけど、俺が同格を打ち倒したりするのには必要になることもあるかもしれないし、なにより格上殺しする上ではまず頼らざるを得ないのも事実。


「魔力圧縮、闘気圧縮。権能により並び立つ双(ふた)つの器を蹂躙。万敵を退け駆け上がって行く玉座を守護せん。反逆するというのならば、神であろうとも火をかけて燃やし尽くせ。……20、40、80、97、100。竜闘気開放(インストール)完了。『覇道顕示・征服の大地(セルフライチェス・コンビクション)』……堕ちなさい」


 ですが、相手に肉体的な疲れが出ていたことと、未知の力に対する恐れがあったせいで……距離もあって対応が遅れてしまいました。

 差が開いてしまった今では対応が遅れなくても攻撃を防ぐことはできなかったでしょうけどね。

 どちらにせよ……現実として竜闘気は練られ、詠唱も完了しました。

 史実においてはこんな詠唱はしていませんでした。今の俺よりずっと強いから必要ないのか、実際はなにかしらの詠唱はしていたけど描写していなかったのか。

 どうでもいいことです。


 あとは降ってくる竜闘気の力で死ぬか生きるか。

 生きていても放っておけば死ぬでしょうが……まあ、回復魔法くらいはかけてあげましょうか。


「なんだこれは、なんなのだ。いや……うおおおおおおお!!!!」


 なんとか攻撃を耐えようとしますが、この竜闘気は最強生物『ドラゴン』の力。

 格としては神々の力である権能には劣りますが、俺が使う上では質量としては最大の一撃。

 それを、権能の力によって圧縮・膨張させたり、竜闘気そのものに権能の混ぜものをすることで擬似的な神の力として昇華しています。


 耐えられるはずがありませんね。こんなところで見せる必要もありませんが……まあ、いずれ披露する時はもっと洗練されているでしょうし、この力のもっと有効な使い道も生まれていることでしょう。

 というわけで……。


「俺の出世、そして魔王様の覇道の礎となってくださいね。……ふふふ、あははははははは!!!!」


 ようやくまともに力を示せたことに喜びが抑えきれず、『史実』の俺のような高笑いを決めてしまいました。反省。


 竜闘気……いえ、『竜闘気・昇』はギド将軍の抵抗をいともたやすく打ち破り、蹂躙します。

 それが三秒ほど続き……残ったのはぐったりとしながら俺を睨みつけているギド将軍だけでした。


 ……なんでそんな普通に耐えてくるんですか?肉体が消滅するか否かの瀬戸際だと思うんですけど?

 まあ、スピード以外の技術も卓越していましたし、身を守る技術もこの戦いでは見える機会がなかっただけで凄まじかったんでしょうね。


 勝負は着きましたが、なんか納得いきません……気に入りませんね。ですが、勝ちは勝ちです。


「これが俺の力であり、魔王様に献上した力でもあるのです。……皆様、理解していただきましたか?」


 実際に献上したのは権能だけであり、竜闘気は多分使えないでしょうが……魔王様固有の力として昇華するのは知っています。

 その言葉と同時に、バルメ公爵は地面に膝をついて放心し、一騎打ちを見届けていたこちら側の兵士は大歓声を上げました。


 ……大勝利です!

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