第16話 勧告

 今は両軍が睨み合っている状態が続いています。

 ……互いに手が出しづらい。

 こちらの側はこのままやればまず負けるでしょうが、向こうの側だって兵力の損耗が馬鹿にならない。

 この世界では基本的に兵士は志願制であり、またある程度の腕っぷしがないと務まらないんです。

 訓練の時点で脱落する兵士が後を絶たないでしょう。もしかしたら、将軍の持つ力が強力な場合、魔道具のブーストに兵士の体が耐えられずに自壊するなんてこともあるかもしれませんね。


 王国が頼りにならない農兵を金がかかるのにわざわざ集められたのも、ギド将軍が将ではなく戦士だったからと言うのが大きいのかなと、そう感じてしまいます。


 偽兵の計というほどではありませんが、そういう意味ではこちらに圧迫感は与えられていますから。

 我々将の側からすると、簡単にわかりますが兵士からすると敵のほうが数が多いと言うだけで怖いですからね。

 いくら敵が弱くても、所詮はこちらの兵士も末端の存在。そこにとどまる程度。

 なので、矢が当たれば怪我するのは免れませんし、死ぬこともあるでしょう。

 

 王国の正規兵であれば俺を傷つけることくらいはできるかもしれません。ギド将軍ではなくメルフェデス殿くらいの実力と信奉を集める将が率いていて、数がもっと多ければ今の俺を殺すことはできます。

 しかし、一度無双が始まればこの程度の数では止められないでしょう。

 王国の農兵であればなおさら。権能の力を完全に切ったとしても俺にかすり傷一つ負わせられないと思います。

 ギド将軍が率いている今ならば、正規兵でも頑張って擦り傷一つ負わせられるかな〜?程度だと思います。権能の力がなければそうは行きませんが、それをなかったとして、こちらが素の実力のみで勝負するとしても負ける気はしません。


 あはは、今更こんな理論武装で己は死なぬのだと安心させるつもりなんですか?……我ながら反吐が出ます。

 もっと命知らずに立ち回るべきだ。それでこそ、かつて覇王として天下に名を轟かせた者の威が示せるというものでしょう。

 己を読み違えた。もっと、血に狂わなければ。この程度でビビっていては、神々の玩具である勇者を屈服させ、味方に引き入れるなど夢でしかない。殺されて終わりです。

 そうではないと、冷静に立ち回れと『オレ』の部分が叫びますが、無視します。


 俺は睨み合っている両軍の中を歩いてゆきます。

 悠然と、当然かのように振る舞います。この程度のことを想像して臆していたのが間抜けに思えますね。


 中間地点まで来たところで、魔法を発動させ声が遠くまで響き渡るようにしました。

 将の中にはこの魔法を邪道だとか、己の声量で響かせるべきだ、なんていう価値観を持っている方も少数ながらいるのですが、俺のイメージには合わないので却下です。

 2000年前の俺にはこのような自己愛なんてものはなかったので、別の理由でこの魔法を使っていたわけですが、その理由もイメージを利用したものでした。

 

 俺は他人が自分に抱くイメージというものから逃げられないのでしょうかね。

 自嘲とともに、声を発する。


『俺の名はノエル。極星将軍ノエル。魔王軍五芒星が一角を担うものにして、援軍として現れた戦士です。その俺から貴殿ら……いや、バルメ公爵、そしてギド将軍に聞きたいことがあるのです』


 クルスト侯国を明らかに無視したかのような物言いをしているのは、メルフェデス殿からの指示です。

 最初はこんなことに意味があるのか、とは思いましたが……そこから逆算すると意図が見えてきました。とてもじゃないけどうまくいくとは思えませんけどね。

 ようするに公国と王国、あるいはギド将軍のみでも降らせたいのでしょう。

 侯国は……決して弱い国ではないのですが、支配者層の傲慢があまりにも目立つ国ですからね。

 平民は苦しみ、怨嗟の声にあえいでいるようです。

 それは流石に関係ないとは思います。

 単にプライドが高いから降らせづらいと考えたか、邪魔だからそのうち潰すつもりなだけなのか。


 王国はいくら力を見せつけても降らないと思いますし、公国だってプライドがあるでしょうから一騎打ち程度で上層部の判断は変わらないと思うんですがね。

 ギド将軍個人を降らせることはできるかもしれません。

 己の力を超えた存在に降るというのは納得する要素としては大きいですし、なにより忠義を尽くしても全く報われている様子がありませんから、捕虜にできたら寝返ることは十分あると思います。

 

 ですがなんだか、権能の力を過大評価しているように見えます。ですが、俺もバアルも魔王様も魔族の本質は理解できていないので、生粋の魔族であるメルフェデス殿の目線は貴重。一笑にふすなんていうのは愚策の極み。


 無理だとは思いつつも、語りかけるのを続けます。


『この戦いに意味はありましょうか?このまま戦いを続けても、バルメ公国はいずれ我らに押され、押しつぶされるのは目に見えています。そうなった時、遠からず王国も滅びるでしょう。それでいいのでしょうか?』


 俺の上から目線の煽りに、敵兵たちが怒りを表します。弓を放ち、300キロは出ているであろう火の玉ストレートを投石し、魔法を放つ。

 しかし、それは全て俺に届く前に霧散しました。


『……何が言いたいのだ。我らに降れとでも?』


 おそらくバルメ公爵と思わしき声が響きます。……動揺?なぜ動揺しているのでしょう。しかも、ちょっと動揺しているとかではなく、はげしく心を揺さぶられているかのような……。

 メルフェデス殿にはこれが見えていたとでも?神算鬼謀、そんな言葉が脳裏をよぎりますが、そこまで頭が切れるタイプには見えません。……どういうことなんでしょう?


『できるはずないとはわかっていますよ』


『そうだ。まだ我らは負けてなどいない!現にこの戦場においては勝利間近ではないか!』


 流石に言いすぎな感はありますが、たしかにこのまま真っ当に戦えばこの戦場においては我らは負けますね。

 そこは認めています。


『しかし、国力の差を跳ね返せますか?五大国と我らの力は同等、しかし、五大国の側は我らと違って一つにまとまっておらず、意思の統一がなされていない。五大国以外の小国の中には我らになびくものも現れ始めています。さて、ひっくり返せますか?』


『勝てる!我らが持ちこたえ、その隙にビンルイン侯国が貴様らを追い立てるだろうよ!』


『その先に未来はありますか?……あなたがたを圧迫するのがビンルインに変わるだけかと思いますが。それよりだったら、我らに降るほうがマシではありませんか?』


 我らの国も甘すぎる訳ではないが、ビンルインに比べたらかつての敵の扱いは優しいほうだろう。

 ……あの国の者は気性が荒いから。彼らの統治に従うよりは、我らに従うほうが良いでしょう。

 

 我らがビンルインを滅ぼしたとしたら……ただちょっと強くて傲慢なだけのクルスト侯国より収めるのは難しいかもしれません。

 強いことは事実です。大戦の際には役に立つだろうから簡単には切り捨てられない。

 史実においては彼らの国の有力な将の名を見たことはなかったですから、取り込むのは失敗したのかもしれませんね。


 脱線したので話を戻しましょうか。


『……我が国の誇りと伝統にかけて、屈するのはあり得ぬ』


 遠からず滅びることはわかっているのでしょうね。

 そして、なぜかはわからないけど、その感情とは別の基軸から精神を追い詰められている。


『ふふ、そうですか。しかしですね、魔王様は新たに強力な力を手に入れられたのですよ。それは俺が献上した力でもあります。その力を有効に扱えば、魔族の時代を作り出すことも不可能ではないんです。その力は魔王様が振るってこそ、真に価値が出ますが……同等の出力は私にも出せるんですよね。なにせ、一応は俺が本家ですから』

 

 なんとなくはわかってきました。メルフェデス殿は権能の魅力によって彼らの頭を押さえつけようとしているということは。

 たしかに力の『格』という面では最上の存在ですからね。夢を持つのも仕方ないかもしれませありますがん。

 ですが、『格』なんていう不安定なものより『質量』という絶対的なものに魔族は惹かれると思うんですが……。

 理解できないなりに、言葉を振り絞って追い詰めていきます。


 たしかに、ある程度の効果はあるみたいですから。

 ここまで動揺しているのは、さきほど権能の一端を見せたからなんでしょうね。

 それにしては一般兵や士官たちは『普通の範囲』の恐怖で収まっているのが気がかりですけど。


『……どうです?ギド将軍と俺の一騎打ち、見たくありませんか?魔族の世界を作り出せるほどのチカラ、知りたくありません?それに、我らに勝てたとしたら差は縮まりますよ?少なくともこの戦いでの兵の損耗はそちらが圧倒的に優位な形となって終わるでしょうね』


『ハハハハ!!!まさかその程度の力でこの俺に勝てる気でいるというのか!たしかにおかしな力を使うようだがな。この『怪力乱神ギド・ヴァルファラーズ』、お主ごときに負ける気はせん!調子に乗ったことを後悔させてやろうではないか!……バルメ公、ここで戦っても構わぬよな?』


『仕方ない。……許そう』


 ギド将軍の声は自身に満ち溢れていました。本当に負けるとは思っていないような、闘志が奮い立つような声。

 しかし、メルフェデス殿の思惑にある程度気づいた今なら容易く看破できます。

 ……あなたも、この力に怯えているんでしょう?


 なるほど、ここまでの効果があるのならば危険視されるかもしれませんね。

 実力も人望もあれば簒奪を企むのではないか?そう思う方が現れてもおかしくありません。


 だって、この力は魔族にとって容易く籠絡できる手段でもあるようですから。

 バルメ公爵というなかなかの器量の持ち主や、ギド将軍という個人の武勇では魔界屈指の方であってもここまで揺れてしまう。なら、誑かす方向でつかえば、人望なんて簡単に集まるのかもしれませんね。

 ……容易く人の心を取れそうとはいえ、気づくのが今で良かったです。

 もともと神であったバアルや、世界からズレた存在である魔王様には関係なかったようです。

 バアルは俺が今の俺になる以前からそれなりに気に入っていて、傷を舐め合って以来は力に関する会話なんて鍛錬のときくらいで、普段はひたすら甘えられることもあるくらいには『ノエル個人』に依存されました。

 魔王様は権能を大事なものだとは認識していながらも、そこより俺の持つ『世界の根幹知識』や『単純な美貌』に惹かれているみたいですね。

 

 ですが、最初からこのチカラを見せつけていればアーリデ殿やメタトロン殿とはいびつな関係になっていたかもしれませんから。

 敵対していたかもしれませんし、嫌われていたかもしれません。

 最悪、『ノエル(俺)』にではなく『権能(チカラ)』に惹かれていた可能性がありました。その場合、まともに仲良くできる未来はなかったでしょうね。


 幸運に感謝しつつ、返答を返します。


『では、一時間後に一騎打ちを始めましょう。バルメ公爵も、ぜひご覧くださいね?』


 それから時間が経ち……準備は整いました。

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