第15話 決定
組み手の勝敗は俺の二本先取で終わりました。
とはいえ、二本目はかなりギリギリでしたし、己に厳しい見方をするなら実質的な敗北とも言える勝ち方ではありました。
だから、受け入れてもらえるかが若干不安です。
まあ、これほどの『質量』を持った力を見せつけられた以上、断ることはまずないと思いますが……。
周囲を見回して、『儚げな美少女』という存在を意識して少しほほえみます。
俺の容姿にはこういう振る舞いがぴったりだと思うんですよ。
『儚げな美少女』というイメージに噛み合うようでいまいち噛み合わない『隔絶』した雰囲気は、消そうと思っても完全に消せたりはしなかったので放置していますし、今一般の兵士にとっては大きすぎる力を見せたりはしましたが……。
結構ビビり散らかしていた兵士たちの表情が明らかに緩みました。
……かなり嫌悪感持たれていたでしょうに、力を示した上で容姿も有効活用できたらこうもあっさり靡くんですね。……ふふ、チョロいですね。
まるで本当に悪女、傾国の美女にでもなった気分です。ですが、己の行為を愧(は)じたりはしません。
むふふ、ぽーっと顔を赤らめている方も多いですね。すっかりデレデレしている方もいます。女性兵士の中にもそのような方がいるみたいですね。
……フフン!俺は世界最高の美少女ですから!容姿の美しさだけならば、あのメタトロン殿にも一番の座を譲るつもりはありません!
男性に惚れられるのも嫌いではないです。己の美しさを認めさせるというのは気持ちがいいですからね。
まあ、男性とそういう関係になれる気はしませんし、なりたいと思わないですし、性的な昂りすらも覚えないので応える気はありませんがね。
もちろん、女性兵士とそういう関係になりたいわけでもありません。
相手が女性の場合は、仲良くなる機会があって、好きになってしまう可能性はないとは言えませんが……いえ、そもそも俺の立場が高すぎてそんな機会は来ないでしょうね。
そもそも際限なく恋人を増やしたいわけではありませんし。
大して力のない一般兵を恋人にしたって他の彼女の嫉妬によって消されかねないので、仮に恋してしまったとしてもどのみち諦めるほかないですから。
我ながらお馬鹿なことを考えていますね。……ふふ、お気楽に過ぎますよね。
他国にも疵があり、乱世であるから喰らわないと生き残れないのは事実です。
とはいえ、侵略戦争という明らかな悪行を仕掛けているというのに、こうも浮ついた考えというか、馬鹿らしいことを考えてしまうのは戦場にいる実感がないからなのでしょうか。
いや、違うでしょうね。戦場と功名を目の前にして昂っているからこそ、必要以上に昂ぶりすぎて失敗しないように、『オレ』としての部分が他のことで気を散らそうとしているんでしょうね。
反応を一瞥して楽しんだ後、メルフェデス殿の方を向いて語りかけます。
「どうでしょうか?不足と思われますか?」
「ふん、力があるとは認めてやろう。貴殿らは陛下の役に立つと確信した。……わしよりもずっとな」
なぜか、とても楽しそうに語ってはいるものの、言っている内容には自虐が含まれています。
一軍を率いる将として、必要以上に己を卑下するのはやめていただきたいのですけどね。
この世界において謙虚は必ずしも美徳ではありませんので。特に力や実績を尊ぶ傾向にある魔族社会、魔界においては。
それに、ヘラった老人の介護なんて嫌ですし。……いやまあ、ヘラっているどころかむしろ先程までより前向きになったような感じがあるからそこは良いんですかね?
「今までの陛下を支えてきたのはメルフェデス殿ではありませんか」
「ああ、そうだな。だが、貴殿らが……いや、極星殿こそが陛下にとって唯一足りなかったものだと理解した。わしらなどがいくらいても意味がない……とまで言う必要はないな。自虐の趣味はないのでな。そこは訂正しようか。だが、貴殿の価値は理解した。陛下が極星殿を従えることが、魔族の時代を作り出すための最大にして最重要、そして最後のピースなのだと」
なんかやたら過大評価されていません?
いやまあたしかに、俺がいなければ魔王様は勇者には勝てないでしょうが……その前段階、大前提となる条件。魔界を統一するにあたっては、メルフェデス殿は俺なんかよりずっと有用なピースだと思うんですがね。魔界統一を為せなければ俺がいたって意味がない。
「幼かった陛下の補佐を努めきったメルフェデス殿がいたから、陛下はあそこまで大きくなられたのです。そういう臣に恵まれなければ、今俺はここにはおらず、陛下にただ取り込まれ、砕かれた魂の残骸となって陛下の心に残留するのみだったでしょう」
……いや、メルフェデス殿はどこまで気づいたのでしょうか?
まるで権能の意味を理解しているような物言いでしたが……心の動きを読み取りましょう。
動作や呼吸などから、読み取る。戦いによって高まった今ならば、そういったチカラは超常の面からもサポートされて最大限に発揮されます。
……ふむ。完全には理解していませんか。ですが、もしかしたら権能という力の別の使い道を導き出したのかもしれませんね。
だから、ここまで昂ぶっている。その内容の深いところまではわかりませんが……いえ、本当にそれだけでこうなりますかね?
もっと違う見落としがある。そう確信しているけど、見つからない。見つけられない。
……どのみち危険はないようです。害そうとする意思が完全に掻き消えましたから。
むしろ、強い好感を持たれたようです。
……立場が補強できましたね。
五芒星というだけでなく、陛下のかつての後見人にして大叔父という立場もある以上、うまく利用できそうです。
それに、魔族として大なり小なり異質なところがある友人たちや陛下と比べて、かなりの『常識人』なようですから。
魔族特有の常識を指南してもらうという意味でも良いですね。
それだけではなく、人として真っ直ぐなところがあるとも見受けました。
俺を利用しようと考えているというのは良くわかります。
戦場での活躍以上に内を収める上での働きで目立つところがある方という話も聞きます。
ですが、噂を聞いているだけでも直情的で喧嘩っ早いというのは伝わってきました。
それは昔の話で、今は大きな立場があり、歳を重ねたこともあって自制心で抑えられるようになったのだと思います。ですが、本質はおそらく昔から変わっていない。
そういう方であれば、友として接するぶんにはとても良い方だと思うんです。
……五芒星の一角となり、三角を半ばまで取った。もっとも、個人的な感情で動いた結果であり、政治的な意味を意識しての行動ではありませんがね。
ですが、誰も俺を軽々しく陥れることはできなくなったと見ていいでしょう。
「そうかもしれんな。だが、貴殿は特殊な存在だ。大戦において切り札となりうる。現時点でもこれほどの力を持っているが、まだまだ伸びるのだろう?」
「ええ、そうですね。まだまだ実力は伸びます。最初の頃と比べると伸びは流石にだいぶ緩やかになってきましたが、ギド将軍ほどの実力者との一騎打ちは新たな刺激になるでしょうし、良き成長につながるでしょう」
「ならば良し。認めぬ理由がない。……ああ、大音声で声を響かせることはできるか?一騎打ちを誘うに当たり、睨み合っている敵陣に向かって進み、叫んでほしいことがあるのだ」
「そういう魔法はかつて覇王になるにあたり真っ先に覚えました。大きな声でかかれかかれと叫べるような性質ではありませんからね。試してはいませんが、今でも使えるはずです。大した魔法でもありませんしね」
「良かった。わしがやるより本人がやるほうが効果があるだろうからな。では、『――――』という風なことを敵陣に向かって語りかけてはくれぬかな?」
「力を見せつけることに異存はありません。良いでしょう。どれほどの意味があるかはわかりませんが……俺の見えていないところまであなたには見えているようですし、それは俺にとっても悪い結果にはならない。そうでしょう?」
「そうだ。陛下、そして我が国にとって大きな利となるだろう。危険だと思われることになるかもしれぬが……それはどのみちそうなるのだ。まあ、国内のそういう輩はわしが抑え込んでやるから安心しろ。千刃殿や天輪殿も守るように動いてくれるだろうよ」
不穏。あまりにも不穏なことを言われました。
「話が見えません。それに、なにか危険な匂いが香ってくるのですが……。ちゃんと説明してくれませんか?とんでもないことをさせようとしているんじゃ……」
思わずジト目で睨みつけてしまいます。コレは仕方ないでしょう。せめて説明くらいはしてくださいよ。
「いや、大丈夫だ。……それに、成れば多大な功績になるぞ?お主も侮られるのは好きではないだろう?それをなんとかできるというのだ。悪くはなかろう?」
「……はあ。陥れようとしているわけではないのは感じ取れますので、信じましょう。……手柄は立てたいですしね」
明らかに騙されているのだと思われますが、負けるのは好きではありませんから。どうせ一騎打ちは仕掛けるんです。
ついでに、そのセリフくらいは発してもよいでしょう。
これで貶める意図が感じ取れるのならばなんとか舌先三寸で騙して逃げるのですが……利用するという意図よりも、物凄く期待されているという感覚が強いのでどうにも断れません。
期待には応えたいですからね。……そこらの心理も見抜かれてるんですかね? だとしたら、俺よりも心を見抜く術に長けていますが。まあ、それはないでしょうね。
話したこともほとんどない。功名心を隠したことはありませんが、必要以上に語ったことはありませんし。
――こうして話がついた時点で、戦争はもう俺達が勝利する形で終わることが確定していたのでしょうね。
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