第18話 帰還、仕置と論功

「はい。これで傷は治ったはずです。エネルギーが強すぎるので完全には治癒できていませんけど、死ぬことはないでしょう」


「……敵に情けをかけられるとはな。ああ、理解したよ。完全敗北だ」


 敵側の兵士たちは、国によらず皆大きく士気が落ちていました。

 強く絶望している方も多いです。

 将としてのギド将軍は無能であっても、戦士としてのギド将軍は非常に名高い存在でしたからね。

 それに、最後に見せたあの技を見たらこうもなるでしょう。

 権能の魅力とかだけではなく、竜というのは小型サイズのそれが一匹現れただけでも、魔族にとっても人間にとっても災害のようなものですから。

 対処に失敗すれば簡単に国が滅ぶ。

 六大国レベルであればキツくても対処できるでしょうが、それでもまさに災害。


 そんな彼らの力を俺は使っている。

 人によっては気づいたかもしれませんが、竜以上に力を乗りこなし、さらに上の次元に昇華している。


 単純にギド将軍を打ち負かした事以上に士気が下がる要因になっているはずです。


 まあ、今はまだ竜のように自在に扱えるわけではないですのでそこまで恐れる必要はないんですけどね。


「……ということです。バルメ公爵、我が国との付き合い方を考え直すのもよいのではないですか?ちなみに、この力を使えるのは魔王様と俺だけではなく、俺の副官もなんですよ」


「……わかった。我らは貴国に降る」


「閣下!?なにをおっしゃるのです!たしかに強力な力ではありますが、この戦いに負けると決まったほどではありません!」


 バルメ公爵は降伏を宣言しました。

 側近らしき方がなんとか翻意を願っていますが……決意は硬いようですね。


「……このような士気ではどう考えても勝てるはずがないだろう」


「公爵閣下が直々に演説してくだされば、きっと巻き返せます!」


「無理だな。私自身に兵を騙せる気力がないのだから。いや、それ以前にだ。この戦況をひっくり返せたところで、攻め寄せてくる魔国の軍勢をはねのけるだけの力がいつまで残っているというのだ。未来がない。仮に、魔国の戦力が魔王……いや、魔王陛下と極星将軍殿とその副官、その三人だけでも我が国は滅ぼされると思わなかったか?あの力を見て理解できないほどお前は『弱く』はあるまい」


「……」


 側近の方は、苦虫を噛み潰したような表情をしながら黙りました。


「それならば、魔王陛下の温情にすがるほうが良いだろう。なあに、私の命と引き換えにお前たちの命を助けてもらえるように頑張るさ。そこは心配するな」


「……はっ。俺もお供させていただきます」


「その必要はないだろうがな。まあ、死出の道が賑やかであることは歓迎すべきことだ。……ありがとう」


 悲壮な覚悟ですね。……だと言うのに、俺の心は思っていたほど揺さぶられない。

 侵略戦争を仕掛けて、自分の都合で人の命を奪おうとしているのに。

 わかっていたことですが、少しだけ落ち込みました。少しだけ、本当に少しだけでした。それが悔しいとも思えない事で、ようやく心が強く動かされた気がします。


 会話が終わると、バルメ公爵は一度立ち上がってから、魔国の方角に向けて臣下の礼を取りました。

 それから俺に向き直ります。


「私の身は煮るなり焼くなり釜茹でにするなり、好きにしてくれて良い。……私の一族もだ。だが、どうかそれで手打ちにして欲しい。国民への温情と支えてくれた臣下たちの助命を願う。それと、援軍の方々への追い打ちも避けてほしい。どうか、平にご容赦を」


「俺にそのような権限はありません。大将はメルフェデス殿ですし、最終決定権があるのは魔王様です。しかし、その懇願は聞き届けてくださるでしょうし、公爵自身やご家族の命も助かるように頼みましょう。通るかまでは約束できませんが……覚悟は伝わりました。必要以上に苛烈な処置は取らないとは、俺の名にかけて誓います」


「……誠に、誠に感謝する」


 クルスト侯国の将が苦々しくこちらを睨みつけている様子が見えましたが、楽しいですね。

 見下すのは勝者の特権。悔しがるのも敗者だけでいい。




 その後、メルフェデス殿とクルスト侯国軍の間で話が決まり、細々とした約束事は取り決められながらも、最終的に互いに攻撃せずクルスト侯国軍の撤退を見届けるという条件で合意しました。


 そして王国軍、ギド将軍は……。


「どうか頼む。貴殿の元で一介の戦士として戦わせてくれ」


 捕虜となったギド将軍に面会すると、いきなり土下座されてそんな事を頼まれました。


「……どう思われますか?」


 自分で決めていいか判断がつかないと言うか、俺の判断だけで決めたらマズイことになりそうだったのでメルフェデス殿にキラーパスを出します。


「別に良いと思うぞ。……貴殿にはあまり多くの兵士は預けられん。せいぜい、50人までの兵を与えるのが限度だろう。おそらくは陛下もそう考えておられると思う」


「どういうことですか?……それに、このこととどうつながるのですか?」


「お主の持つ力……先程権能とか言っていたか。それは魔族にとっては毒のようなものだ。あまりに魅力的すぎる。それに加えて竜闘気まで使えるとなると、その力に目がくらんだお主の配下が騙しうちのように黄衣を着せるかもしれん」


 配下たちが俺に無理やり反逆させに来る、と。気づいたときにはもう後戻りできないところまで追い詰めると。

 宋の太祖・趙匡胤が配下たちや弟・趙匡義によって反乱しなければならない状況に追い込まれたように、俺がそうされないとは言い切れない。


「……可能性はありますね。バルメ公爵の変わりようを見るに、ないとは言い切れません」


「お主の意思にかかわらずそうなるというのが問題なのだ。お前にその意志がないことは知っている。権力を持てば変わるかもしれないが、お主ほどの怪物の心が今更変わるとも思えぬ。だから、お主の持つ兵力を制限したい。そうすれば、バカなことを考えるやつがいても諦めるだろうからな。どんなに目がくらんでも流石に50人やそこらで陛下に反乱を企てることはないだろう。……こちらの勝手な理屈でそのような真似をされてはさぞ不快だろう。だが、その分の報奨は期待してくれ。陛下は働きに必ず報いてくださる」


 俺としては思うところはありません。名を挙げたい、力を見せつけたい、己を誇りたいとは思いますが、将としての力量を見せつけたいという気持ちが特別強いわけではありませんし、働きに相応しい報酬をもらえて、出世自体はできるならあとはどうでもいいです。

 領地に固執するタイプでもありませんし、先祖伝来の土地なんてもとから持っていません。

 かつて統べたあの村にも特別愛着はありませんし、おそらく滅ぼされて別の村になっているでしょう。そもそもあそこは人間界ですしね。


 であれば、何も問題はありません。


「そこらにこだわりはありませんので、それで良いです。身を守る術になるなら、拒否する意味もありません。それで、ギド将軍を受け入れることはなんの関係が?」


「兵力が少ないならば、その分精鋭が必要だろう。いくら強くても二人だけでは流石に、な」


「そうですか……ですが、この件については断りたいと思います」


「俺程度ではやはり不足、か」


 ギド将軍が目を瞑ってそうつぶやきました。辛さなどを堪えているように見えたので、即座にフォローに回ります。


「いえ、そうではありません。ギド将軍が将として不足だった理由には、兵からの信頼が得られなかったことがまず挙げられますよね?ですが、信頼を得るには先祖の悪行が響いたことが大きすぎたのだと思っているのです。ですが、我が国は王国とは違ってあなたの先祖に迷惑をかけられていませんから」


 そう言って微笑むと、あっけにとられたような表情をしていました。

 ですが、言いたいことはわかったはずです。


「兵士たちも、その実力を見ればすぐに心服すると思いますよ。俺の配下の戦士程度に収まるより、そちらのほうがずっと良い。特に将軍は魔道具の効果が乗るほど弱い存在ではないでしょう?ならば、俺の配下にしても逸材を腐らせるだけです」


 そこまで言うと、今度は悩みだしました。

 

 魔道具のブーストが行われるための判定には条件があるのですが、その中の一つに『与える側と与えられる側の力を比較した時、与えられる側が与える側の力から算出した一定の値の力を超えていないこと』というものがあるんです。

 たとえば、メルフェデス殿がメタトロン殿に率いられてもブーストの効果は発揮できない。

 力の差は歴然です。勝負すれば絶対にメタトロン殿が勝つでしょう。

 それでも同じ地位にいるだけあって、実態ほど力の差が離れているわけでもないんです。


 それは俺とギド将軍の間でも同じこと。特に権能をブーストの対象にするのは今は技術的にまだできていないので、そこが判定から省かれることによって下手したらギド将軍のほうがやや格上ということになるんです。


 故に、ブーストがかけられない。

 それよりだったら、彼自身に一軍を率いてもらって活躍してもらうほうが良い。

 将として才能を発揮できなかったのは、仕ええていた国において特別嫌われていたから。

 それは人格的な問題は比率としてごく小さなものか、あるいは含まれなかったでしょう。

 先祖のやらかしが響いていて、兵士たちが将を信じられなかった、あるいは憎んでいただけ。


 でも、我が国の将になったら?王国で先祖が大佞臣として名を轟かせていたとして、我が国の兵士にとって関係あるでしょうか?

 少し色眼鏡で見られることはあるかもしれませんが、武勇は轟いていますし、彼の力を見たら兵は簡単に心服するでしょう。


 一人の将が率いられる限界の兵数が、一万五千程度。

 しかし、実際には五芒星として相応しい力量があるメルフェデス殿でも一万程度が限界。

 メタトロン殿は力の方は足りているけど、将としてのキャパがオーバーしてしまう。

 それに、キャパオーバーとか以前に割と少数精鋭主義ですしね、メタトロン殿は。

 そんな主義によって、率いる数は3000程度。


 我が国の兵力は、実は結構有り余っているんですよ。

 すべてを注ぎ込めば、一気に魔界を蹂躙できそうなくらいに。

 竜災害だったりの、いつ致命傷になるかわからない要素があるから、本国に残す将がたくさん必要になります。五夷や小国には余力がないからそんな事をしない国もあったりするだけで、保険としては本来必要なんです。


 ですが、そこに一人……力量疑いなしの将が増えたら?バルメ公国を降した事もあって、平定は更にスムーズに進むことになるでしょう。

 それは俺の功績にもなります。


 実に良いじゃないですか。


「……うむ。そうだな。ただの一戦士として扱うよりも、強い将がひとり増えるほうが有利だ。陛下もきっと悪いようには扱わないだろうよ」


「そうか。ああ、今度こそ、将としての力を示すのも悪くはない。ノエル様と同じ力を使える魔王陛下であれば、仕えることに不足もなし……どうかよろしくお頼み申す」




 そうして、国に戻ってきました。

 バルメ公国は今後は陛下の名代として親族の方が治めることになりました。

 ただし、配下の貴族たちの領土はそのまま治めて構わない。


 直接聞かされた話によると、潰しても構わないようなことをやっている貴族がいくつかあるようですから、今後彼らを取り潰し、我らのうち功績の多い誰かに領土を与えることになるらしいです。

 やはり、それは俺ではないようでした。

 

 ただ、公爵自身も公爵の家族も命は助かりました。

 そして、将としても戦士としても優れていることから、2000程度の兵を預けるようです。働きによってはもっと大きな兵力を預けるとか。

 今後も格落ちはしますが『侯爵』という肩書を名乗ることも許されました。もちろん、王国の貴族としてではなく魔国の貴族としてですけどね。

 公爵、もといバルメ侯は泣いて喜んでいましたね。


 俺が口利きしてくれたと思ったようで、とんでもなく感謝されています。

 いや、たしかに口利きはしましたけど、魔王様のご判断なんですけどね。

 それに、仕方ないこととはいえ侯爵に格下げさせられていますし。


 ただ、『全部ノエル殿のおかげ!』みたいな論調は否定しながらも、感謝は受け取っておきました。

 いつか縁が必要になることもあるかもしれませんし。


 ギド将軍は500の兵士を預けられました。将軍と共に降った兵士たちは、別の将軍に預けられたり帰農したりと様々です。

 二度と家族と会えないであろうことを嘆く方はいるようですが、あのまま帰っていたら殺されていただろうし、普通に戦っていても多数の死者は出ていたのでなんとか割り切れる日が来てほしいです。


 500という実績に対して少ない人数しか預けられなかったのは、将としては未知数なところがあるのと、戦士としての活躍にもまだまだ期待したいからということのようです。どうも、前者の比重が大きいようですね。

 ですが、いままでギド将軍が率いてきた兵数と変わらないか、あるいは多いくらいですから喜んでいました。

 今回の戦で率いていた1500という数が多すぎただけ。それも、かなりの割合が戦力にならない農兵ですし。

 まともに訓練された、または自分で鍛え上げられて信頼もおいてくれるかもしれない500の兵のほうが預けられて嬉しいでしょう。

 実際そんな事を言っていました。


 そして俺は……伯爵位と多額の金銭を与えられました。

 官職がなかったのはやや寂しいですね。五芒星は官職とはまた違う役割ですから。

 しかし、伯爵位というのはかなり思い切った報酬だと思います。

 ぬふふ、実に嬉しいことです……!

 素直に働きを認めてもらえるってこんなに嬉しいことなんですね。

 思わず小躍りしそうになってしまいました。


 これで戦争はひとまず終わり。

 バアルの力をいまいち示せなかったのは残念ですが……メルフェデス殿が組み手の詳細を広めていますし、兵の間でも広まっているようですから、ただ雑魚相手に暴れるよりもチカラは示せたのかもしれませんね。

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