第13話 献策

「一つ、策があります。受け入れてくだされば、状況が大きく好転するでしょう」


「……どのような策だ」


 俺が言葉を発すると、メルフェデス将軍が少し興味を持ったような、大した策ではないだろうと諦めたような、複雑な声を出しました。

 将軍の側近たちや護衛なども、疑わしそうに俺を見ています。


「受け入れてさえくだされば、なんとかなります。いえ、してみせます。する自信もあります。しかし、将軍たちにとって受け入れるのは難しい策だとも思っています」


「我らの名誉を傷つける策かなにかかな?」


「いえ、そういった類のものではありません。いえ、向こうの側の名誉は傷つくかもしれませんが……」


 薄くほほえみながら、そう言葉に出します。


「ならばなんだ。言ってみるがいい。お主の言い方は回りくどいのだ」


 そう言いながらも、興味を惹かれている様子がありました。

 表情もなかなかに楽しそうです。明らかに冗談で言っているでしょう。

 実際に回りくどい言い方自体は好きではないのかもしれませんが、この場合興味を惹きつけるスパイスになっているようですね。

 周囲の方々はまだ俺を強く嫌っているようですが、メルフェデス殿個人からの好感度……というか、期待はそれなりにあるようですね。

 権能のチカラの欠片を見せたのが大きいのでしょうか?

 ……やりやすくなっていますね。これだけの成果でも、十分だと思えるくらいです。

 五芒星の内、俺を除いて二人からかなりの、一人からはちょっとした好感を持たれている……そして、魔王様からの信頼は特別厚い。それがあるならば、いかに俺が気に食わなかろうとなかなか引きずり下ろすのは難しいでしょうから。


 ですが、まだまだ欲張りますよ。戦いすらせずに逃げるわけにもいけませんしね。


「向こうの将に、ギド将軍という方がいるでしょう?あの方の武名は魔界の情勢を良く知らない俺ですら知っているくらいです。……ですので、彼を一騎打ちで下して奴らの士気を落としたいと考えているのです」


「……なるほど。ギド将軍の采配は精細をかいているというか、兵の損失を極端に恐れているように見える。その理由はわしにもわかる。やつらの国は権威だけしか持たないからな。国土は狭い。なのに、今回の戦いでは……」


 本来動員できる数を超えて連れてきたのでしょうね。

 そもそも、この戦いにおいての問題点として、兵がギド将軍を信じていないとか以前に、兵自身が弱いのもあるのだと思います。

 ――おそらく、彼らの半数はまともな訓練も受けられぬままこの戦場に送り出されています。

 魔道具によるブーストと、それをときに跳ね上げたり意味を薄くする士気の高低が最重要とはいえ、兵士たち自身の力も関係ないわけではありませんから。


 訓練も受けていないただの農民であれば、たとえメタトロン殿に率いられようとも大した力にはならない。意味がないとは言いませんが、今回の場合、ギド将軍に率いられた場合は……中世地球の雑兵よりは種族の差のおかげで強いね、その程度の評価になってしまいます。

 それも結局、火縄銃相手にボコボコにされかねない程度のチカラしか持ちません。


 その程度の力でこの世界の、それも魔界の戦いを生き残れるはずがない。

 連れてきたのも王国としての見栄なのでしょう。あとは、数だけは集めたから己等が有利であると敵味方に誤認させられたら良いなと言う程度に思っているに過ぎない。


 つまり、兵士を率いて戦うメリットがほぼ皆無。


 それでも、農兵ではないまともな兵士も半数はいるでしょう。

 かつての俺のような圧倒的な領域にでも至らない限り……いや、そこまではいかずとも良いですね。

 しかし、メタトロン殿一歩手前くらいの実力に至らない限りは単騎で戦える範囲には限界がある。

 農兵を『見せ』に使いつつ精兵と己で戦わざるを得ない……。


 大変そうですね?解き放ってあげましょう……。


「ギド将軍は一騎打ちを受けるだろうな。……しかし、わしでは勝てる自信がない。わしもその策を考えなかったとは言わぬ。今まで戦ってきた将たちも似たようなことを考えたりしたのだろうな。だが、殆どの者が実行には移さなかった。……無理だな。あやつは飛び抜けて強い。メタトロンであれば首を上げるのは容易いのかもしれぬが……わしではな。それよりは、真っ当に戦うほうが勝機はある」


 悔しそうに、そう言いきりました。


「メルフェデス殿に任せるつもりはありませんよ。力量の問題ではなく、総大将にそのような真似をさせるつもりはありませんから」


「……お主がやるというのだな?」


「うふふ。はい」

 

 メルフェデス殿は嘆息しました。

 この策にかけてよいのか、おそらくそんなことを一瞬だけ思案して……すぐに首を横に振りました。


「お主の力が信じられん。たしかに、特殊な力を持っているのかもしれんが……実績があまりにもなさすぎる。ギド将軍に勝てるとは到底思えぬ」


「……やはり、受け入れがたいですよね。ならばせめて、俺とバアルの組み手を見てくださると嬉しいです。……組み手といえど実力の程をある程度示せる自信はありますから」


 結局、魔族相手にはチカラを示すのが一番です。

 ですが、メルフェデス将軍相手に戦ってしまえば意味がない。

 私が圧勝する自信はありますが、怪我でもさせたら、兵たちにメルフェデス殿の実力を疑われたら、彼に実力を認めさせられて、ギド将軍に勝てても『戦争』には負けますから。

 それでは意味が薄い。

 彼の配下を相手にするにしても、メルフェデス殿に匹敵するほどの戦士などいるはずがありません。その程度の相手に勝っても、結果が圧勝だったとしてもギド将軍に勝てると判断してもらえるとは思えませんからね。


「それくらいなら良かろう。組み手ごときで判断できるとは思えぬが……いや、わしですら個の武力では敵わぬ相手だ。お主では無理だろうな。……だが、お主を信じる陛下を信じると決めたのだ。そして、お主自身にも少しは期待できるかもしれぬと感じている。この戦いがどうなるかはこれからだが、お主自身に期待できるかの試金石にはなるかもしれん。……良いだろう。見てやろうではないか」


 ふむ?……思った以上に心が傾いているみたいですね。

 他人に興味を持たれるような立ち振る舞いは普段からしているので、それが特別刺さったということでしょうか?


 では、そういうことなら……。


「許可を下さりありがとうございます、鈍凱将軍殿。ふふ。バアル、我らの力を示しましょうか」


「うむ。雑魚ども相手に暴れるのは久々ゆえ、それも楽しみであったが……やはり姫様との組み手が一番心地良いからの。二本先取で良いかな?」


「それで良いです。……では、いきましょうか。ああ、皆様。この場にフィールドを作り出しますので、少しお下がりくださいね」


 そうして、チカラを示すための戦いが始まりました。

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