第12話 血気

「して、戦況はどう動きましたか?」


「報告したときとあまり変わらん。あれから互いに2000程度の兵力を失って、今はこちらが8000、蛮夷どもの軍勢が10000ほどだ」


 地球とは違い、この世界では互いの兵力が滅びる直前まで戦うことも珍しくありません。

 考え方の違い、世界の違い、力の有無の違い、そこから生まれる文化の違い……そんなところでしょう。

 だけど、大将クラスが討ち死にすることは少ないです。

 だって、99.9%以上の確率でそれなり以上の強者なわけですから。逃げに徹すれば生きて戻ることは難しいことではありません。

 君主から叱責を受けることもあるでしょうが、強力なブーストをかけられる将というのは得難いものなので処罰されるということは少ない。


 それはそれとして、兵力では劣っているようですね。

 そして、損害では痛み分け。このまま行けばジリ貧……。将の『力量』は大きく影響しても『采配』はあまり強く影響しない、あるいは重視されてこなかったこの世界においてはひっくり返すのは難しいですね。

 魔道具によるブーストに大きく影響する士気が重要視されるくらいが限度です。

 やるとすれば、指揮官先頭俺に続け、ただ敵将の首を穫れ……です。しかし、そこまでやって負けたら我が国が滅びかねない。

 この戦いにただ負けただけならば、いくらでも巻き返しようはあるでしょう。でも、将軍が討ち取られては大きすぎる損害が発生します。この戦いにはそこまでやる価値はないからできない。


「……敵の内訳は?」


「バルメ公爵が直々に率いている兵力が7000ほどで、2000ほどがクルスト侯国からの援軍。将はクルスト十六本槍筆頭のベルファムという者のようだ。残りの1000はアルスファーダ王国の援軍で、率いるのはギドという将軍だな」


「なるほど……ありがとうございます」


 そう言って、少しだけ目をつむりました。高速思考も同時に始めます。


 魔界の情勢はちょっと複雑なんですよ。

 まず、1200年前からアルスファーダという王国が魔界を長く治めていました。

 その安定の要因は、アルスファーダ王家の後継者たちがあまりにも強力だったことにあります。

 人間ならば、親がいくら有能でも子に必ずしも能力が受け継がれるとは限らないわけですが、魔族に関しては違います。

 殆どの場合において『チカラ』というものは受け継がれるのです。

 それは政治力だったりカリスマ性だったりではなく、単純な力。

 腕力だったり、闘気だったり、魔力だったり……直接的な暴力のチカラが受け継がれるのです。


 アルスファーダ王国を打ち立てた初代の王は特別強力であり、当時の魔王の統治によって安定していたはずの魔界を、伯爵という低くはないが高すぎもしない身分から、暴力のみで呑み取りました。

 そして、その子孫たちも当然のように皆強かった。

 魔族とは基本的にチカラという理に惹かれ、従い、求める存在ですから、常に強い王が玉座に座るアルスファーダ王国に従うことは当然だったんですね。


 だから、アルスファーダ王国に限らず魔界の情勢は統一された状態が基本。

 魔族は力を奉じる傾向にある種族ですから、その分騒乱や反逆なんかが起きやすいと人間たちは思っているようですが、実態はその逆。力を奉じるからこそ、一度完全に従えば人間よりもずっと従順なんですよ。


 ……ですが、その魔族の性質を念頭に置いても、強いと言うだけでは流石に限界があります。

 600年ほど前、アルスファーダの王に即位した一人の王がいました。

 彼はたしかに強かったようです。逸話から判断したら、かつての私に匹敵するくらいには強い。歴代の王と比べても、ぶっちぎりで強いのだと思います。

 ですが……彼は芸術や文学にあまりにも傾倒しすぎました。


 己があまりにも強いことを嫌っていた節すらありました。……もしかしたら、あまりにも強いゆえにそうなったのかもしれません。

 強いと言うだけで皆が従う。しかし、己には強いということ以外に価値はない。だから、強さとは別の基軸の魅力……芸術家としての価値を見せつけることで己の価値を認めさせたかったのかもしれません。それに関しては俺の考察に過ぎませんが、文献上の彼からはそうした性質が強く感じられます。


 しかし、それが行けなかった。『圧倒的に強いのに己の強さを誇らない』。

 『それどころか、己の強さを嫌っている』。

 魔族としては異常に映ったでしょうし、それ以上に気に食わないという感情もあったでしょう。

 『我らがどうあがいても手に入れられない絶対的な価値を要らぬと切り捨てようとするあんな王になどついていけるか』。

 そんな感情から、反感が溜まっていきました。

 彼が求めたのが芸術家の道ということも良くなかったのでしょうね。追い求めたらいくらでも金がかかりますから。

 金はどんどん浪費されていき、それにおもねることで奸臣たちが宮中で幅を利かせる。

 それどころか魔族が信奉するチカラという秩序を芸術というものが取って代わろうとしている。

 そんな状況から国は疲弊し、徐々に内乱が増えていきました。


 魔界は大きく分裂し、王国は権威だけを持つ非力な集団に成り果てた。

 

 600年前の王は心も弱かったようです。

 ……彼の残した詩文や作品群を見るとたしかに特別素晴らしいものばかりですから、頭も決して悪くはなかったのでしょう。

 しかし、その頭脳は芸術にのみ特化していたようで、『こうなったのは我のせいだ。故に我がすべての責を取る。あとは任せた』と、逃げるように自害を遂げた。

 おまけに、彼は芸術の才を持つ人間には強い興味を持ったようですが、それ以外の人間は石ころのように思っていたようで、子を為すこともありませんでした。


 男色家だからそうなったとかそういうわけではないようです。

 そもそも、この世界では同性でも子を為せるわけですから、そっちの趣味でもいいから他人に性愛の興味を持っていればここまで大きなことにはならなかったと思うんです。

 

 そのあまりにも無責任なやりようのせいで魔界はここまで分裂したわけです。

 かつては200を超える国が乱立していましたからね。とんでもない混乱です。


 さらに、彼の兄弟姉妹は皆、彼に挑むなり不幸な事故を遂げるなりして死んでいますからね。


 アルスファーダ王朝の直系は途絶え、傍流はほとんどが各地で領主となり、血の繋がりが薄い上に強いとも言い難い王が即位して、今では『後アルスファーダ王朝』の王は4代続いていますが我らには滅ぼされようとしていて、我ら以外の諸侯国には利用され続けている。


 諸侯国はそれでもアルスファーダの権威を否定はせず、官職を求めたり陞爵を求めたりなど、利用するのみにとどまっていますが、我らが魔王様は特殊なお方でした。

 生まれながらにして世界の真実にある程度気づき、強く神々を憎んだ。

 歴代の君主からして、『魔界の常識』から外れた行動を取る方ばかりだったことも大きいのでしょう。

 成長していくにつれ、魔界という大陸規模の天下ではなく、この世界という天下に魔族の時代を作り出す……そんな理想を抱いたようです。

 そして、幼い頃に前王陛下が死に、当主の座を手にしました。


 それからは圧倒的な力量を見せつけ、小国を呑み込んで行き、時には己等以上の大きさを持つ国も攻め取りました。


 元々アルスファーダには我が国のあり方に疑問を持たれていたようで、我らが飛び抜けたところで諸国に号令をかけて包囲網を組みました。

 諸国も潰されるのを恐れていましたから、王家の号令は渡りに船。わだかまりを無視する大義名分を手に入れたことで、我らを囲みました。


 魔王様も完全に敵視されるならもう構わないと、『魔王』……王号、それも魔界において特別視される称号を名乗りました。

 今までに王と名乗る諸侯はいませんでしたから、大胆な名乗りでしたね。それもただの王ではなく、魔王。

 我ら以外の六国、諸侯国を五夷と呼ぶのも、世界の中心はアルスファーダ王国ではなく我らであるという意識の現れです。


 しかし……アルスファーダが1000も兵を出すとは。

 いえ、1500でしたっけ。情報が間違っていなければ、開戦の時点ではそれだけの数はいたはずです。

 大分無理をしたようですね。アルスファーダは六国と比べると米粒のように国土が狭いですから。それと、ギド将軍といえば国を傾けた大奸臣の子孫だったはずです。

 本人の武力はかなりのもののようですが、兵たちの働きが噂されていることは聞いたことはありません。

 ……どうやら、兵に信頼されていないようですね? 


 

 今の俺の力では、まだ1000の兵を一気に蒸発させるような真似はできません。

 槍を振るうことにより無双し、全滅させることは容易でしょうが……時間がかかってしまいます。

 将を信頼できない故に力を引き出せない兵士たちが相手といえど、物理的に時間がかかるわけです。


 ……アルスファーダにとって1000の兵を全滅させられるなど大きすぎる損害でしょう。ギド将軍もそんなことになったら辛いでしょうね。大目玉を食らうでしょう。

 しかし、兵が弱いのはギド将軍の力が弱いからではなく、兵士たちが信頼していないから。


 ならば、一騎打ちでも仕掛けてみましょうか?

 俺の情報を詳しく知っているとは思えませんが、知っていたとしても美貌により取り立てられただけの『愛人起用枠』。そんな印象を持つでしょう。

 知らないにしても、突然抜擢された名もなき将程度ならば簡単に討ち取れる。そう思うはずです。

 そのうえで、俺はなんだかんだで魔軍五芒星という最高幹部なわけです。

 そんな立場にある俺が負けたりしたら、なんだかんだでこちらの士気が大きく落ち込むというのは想像しやすいでしょう。

 そして、ギド将軍もそのチカラによって立場を得ているとはいえ、先祖が先祖ですから。本国では相当嫌われているようです。

 アルスファーダのことは他の国より優先して調べていたのと、彼自身が有名な『戦士』であったから知れたことです。


 彼は常に体を張って陣頭指揮を取って戦っている。明らかに危険だ。どうかしている。

 普通の将軍も、この世界の軍事の根幹に将自身のチカラが必須な以上、何かしらの理由で先頭に立って戦うことは多いでしょう。

 そうせざるを得ない……先祖の行いのせいで兵が信じてくれないという事情と、そうしたほうが威をを天下に示せるという理由があるにせよ、彼の勇猛ぶりは図抜けています。

 それでも死なない。なぜなら、戦士としてとても高い力量を持っているから。負けても必ず生き残る。そして、ただでは負けない。


 ……相応に自信があるはず。俺と同じく、個人の武勇で戦局をひっくり返せると思うほどの圧倒的な自負が。

 だから、彼はきっと乗ってくる。


 連合軍にとって1000というのはあまり大きな兵力ではないし、兵たちの力も低い。とはいえ、ギド将軍個人の武勇は高らかに響いています。

 こちらが勝てば、相手全体の士気はダダ下がり……1000の兵に至っては将がいなくなることでほぼ無力化される。


 悪名は無名に勝ります。しかし、無名であることもまた力になるんです。

 ……メルフェデス殿に献策してみましょうか。

 相手が乗ってくるかどうかよりも、こちらを説得できるかどうかのほうが不安ですね。


 勝てるかどうかは今更気にしません。……俺のほうが強い。それは、確信しています。

 相手の力量は噂でしか知りませんが、『私』はこれでもかつて覇者と呼ばれた存在です。

 今では大分弱体化はしましたが、それでも負ける気はしません。


 己を過信し過ぎじゃないのか?そう問われれば、具体的に反論することはできません。

 ですが、自負があります。覇者であった者の意地でもあります。

 それとは関係なく、『権能』のチカラは格としては魔力や闘気、単なる身体能力より上位にあります。

 上位存在である神のチカラと、彼らに作られた人間や魔族が得たチカラという格の差。


 光神に主人公パーティの操る魔法や闘気が通用していた以上、やつより遥かに劣る今の俺では関係ないと思うかもしれません。

 ですが、力の『質量』においては極まったならばあまり変わらなくても、力の『格』という要素においては文字通り次元が違うんですよ。


 こんなところで使いたくはありませんし隠しておくつもりですが、初見殺しとなる権能を利用した必殺奥義もありますしね。

 できれば勇者相手に初披露したいものですね。


 だから、俺が一騎打ちで勝利することには何ら疑問は持っていません。

 俺のほうが強い。俺のほうが格上だ。それは確信しているどころか、俺の中ではもはや事実ですから。


 これが『俺』としての最初の戦。

 理屈をこねてみましたが、結局のところ凡人の浅知恵。前世の『オレ』ならばもっとスマートなやり方が浮かんだでしょう。確実に、です。

『私』でも、実績から来る自信を生かした良さげな策が浮かんだかもしれません。

 メルフェデス殿に聞き入れられなかったらそれはそれでいいんです。俺とバアルが暴れまわる様を見せつけて、チカラがあるのだと証明できるだけで良いんですから。

 戦争に負けたとしても、俺やバアルの評価は上がるでしょうね。メルフェデス殿も少しは見直すと思います。

 魔王様には少し失望されるかもしれませんけど、差し引きでは大幅プラスです。それに、魔王様の興味を引く情報などもまだまだ持っているわけですし。

 好感度の上げすぎは怖いですが、魔王様に好かれるための手段は、人間の基準においてはそう長くもなく短くもない期間でいろいろと知ったつもりです。


 どちらに転んでも構いません。……ですが、戦場に来たら平常ではいられませんね。血が騒ぎます。

 脳内で思考がぐるぐる巡るのも、そのせいでしょう。

 血気に逸っているのでしょうか。……だけど、この感情の奔流は心地良い。

 ……なるほど、やはり俺は『オレ』よりも『私』の方に近い存在のようです。

 『オレ』がこんな状況に放り込まれたら、他者を殺すことへの嫌悪感や罪悪感でいっぱいになるでしょうが、かつての『私』は殺戮という行為を楽しんでいましたから。


 俺は殺すのが大好きというわけではないつもりでしたが……戦場に来たら、意識が変わってしまいましたね。

 己の力を、威を、魅を、顕示したい。皆の耳目に叩き込みたい。……戦いたい。


 こんなところですかね……。目を開けて、高速思考を取りやめました。

 現実では数秒しか経っていないでしょう。


「ふふ……」


 思わず、笑いが漏れてしまいました。俺(ノエル)という存在の浅ましさと、戦場で起こしたい、起きるかもしれない、起きてしまうかもしれないことを考えると、どうしても漏れてしまいます。


 メルフェデス殿は少しだけ不審そうに俺を見たあと、目線が少し楽しそうに揺らぎました。

 心を看破されたなんてことはないでしょう。……ああ、権能の波動が漏れ出ていましたか。それを見て、面白そうな力だとでも思ったのでしょうか。


 とりあえず、策を受け入れられるように頑張ってみますかね。

 都合よくメルフェデス殿の好感度の方も、−50から−30くらいにはマシになったようですしね。

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