第11話 鈍凱将軍

「ふふ……なかなか良い気分ですね。バアルという大切でかわいらしい方を後ろに乗せて駆ける……シチュエーションとしてはなかなかのものです」


「う、む……」


 バアルは馬で駆ける俺の後ろで抱きつきながら、照れています。

 これは単に照れくさいとか好きな人に抱きついているのが心地よいとかそう言うことだけではないでしょう。

 ……五芒星の副官でありながら、なにより元は神でありながら馬にも乗れないということが恥ずかしい。そういうことなんだと思います。


 この世界の馬のほとんどは特別性で、特にこの馬はそうです。

 俺の魔力や闘気、そして権能の影響すらも乗りこなすことでトラックをも上回る馬力や耐久性、燃費を手に入れているのですから。

 大昔からの品種改良のおかげですね。

 詳しい説明は省きますが、生まれつき体内に、将の力量によって兵士の実力が跳ね上がるという魔道具に似た器官を持っており、それによって俺レベルの実力があってもただ脚力で走り抜けるよりは『効率』が良いという状態を作り出せているのです。


 しかし、特別な個体とはいえ馬ごときが権能を受け入れるとは……いえ、実際には受け入れているわけではないのでしょうね。

 そんな事をできるなら人間並みの知性はまず手に入れているでしょう。

 となると……いえ、今はいいでしょう。


「馬にはそのうち乗れるようになれませんとね」


「そうじゃの……。走ったほうがずっと速いとはいえ、軍勢に合わせて進軍する際は必須じゃろうし、権力の象徴でもある。……じゃがのう。他人の心が読めぬわしが動物の心など読めるわけがない。一心同体に成るというのが難しくてのう……。恥ずかしい故に諦めるわけにはいかぬが、大変じゃ」


 そう言って力なく笑っています。

 供回りの5人の騎士たちは無表情で一見何を考えているのか一見わかりませんが……俺の力と心意気は認めていてもバアルに関しては複雑なようですね。

 普段から俺達の鍛錬に関しては見ていますからね。立場にふさわしいだけの力があることは認めているのでしょうが、なにせこの子は人と関わるのが苦手ですから。

 同じく傍若無人に振る舞うことは多くても、人の心を読むのは上手で、最低限の心配りは欠かさない俺とでは心象が違うのでしょう。

 そこにこういう情けないとこを度々見せるわけですから、そうなっても仕方ないとは思います。


 ですが、それももうあと少しの話し。

 戦場で彼らではとてもできないような大立ち回りを繰り広げれば、見る目は変わるでしょう。

 彼らもエリートであり、しかも俺の力を認めている以上魔道具によるブーストも受けられます。

 つまり、相当強い。

 それでも、ブーストを受けた『エリート騎士』程度と『五芒星クラスの戦士』では流石に違いすぎますから。

 俺によるブーストを受けているという一点においては彼ら彼女らとバアルは同じではありますけどね、それは知らないようですしちゃんと敬うようになるでしょう。

 彼らとて力の秩序は信じているはずですから。



 それからも黙々と進みます。

 騎士たちも、馬も、地球のそれとは比べ物にならない体力や頑強さを持っていますから三日休まず進軍する程度では泣き言を言ったりするレベルにもなりません。


 流石にそれ以上となると一般兵では体が持たないですし、思考力の限界が来るでしょう。

 ですが、至急の援軍がほしいというわけでもなく、しかも俺達はごく少人数のためにそもそもの歩みも速い。

 この世界の基準においては入れ過ぎかとも思われるほどの休みを入れながら、進軍を続けます。


 ――そして、目標が見えました。


 先ずは使者を出して、意図を伝える。

 人数のあまりの少なさに困惑と怒りのような感情を持っているのは伝わってきましたが、すぐに天幕へと案内されました。


「極星将軍ノエル。援軍としてまいりました」


「……ふん。その程度の人数で何をしに来た。メタトロンであればたとえ一人でも大きな力になっただろうが、お主であれば数が圧倒的に足りぬわ。それとも、陛下はわしを見捨てる気なのかな?」


 重厚な鎧に身をまとった筋骨隆々で赤い肌をした鬼族の老人……鈍凱将軍メルフェデス殿に挨拶をすると、皮肉を言われました。

 そう取られても仕方ありませんね。

 私の信用はあまりありませんから。それどころか、陛下をたぶらかした毒婦という者もいるくらいです。

 ……しかし、見捨てられたと思っているということは、陛下からそれほど心が離れているのでしょうか?

 いえ、この言葉の震えは……流石に冗談のようですね。


「俺も五芒星の端くれに位置するものですから。将としての経験や力量では将軍には遠く及ばないかと思いますが、戦士としては……メタトロン殿にも匹敵すると自負しております」


 そう言って薄く笑った。

 メタトロン殿に匹敵するというのは流石に誇張だ。

 将来的には絶対に超える、超えなくては神を超えるのなんて夢でしかない。勇者すら殺せない。

 いえ、勇者はできれば生かして同志になり、利用するつもりではあるのですが……今はそれではありませんね。


「……少なくとも陛下はそれを信じているのだろうな。でなくばこの程度の人数の戦士をここにはよこさぬ。わしはお主を信じてはおらぬが、お主を信じる陛下を信じる。……たとえ、目が曇っておられようともな」


 相当不満を集めているみたいですね。

 陛下の決定も性急過ぎたと言わざるを得ませんね。それだけ初対面のときにパーフェクトコミュニケーションをしてしまったのかもしれませんが。

 しかし、この戦いの結果が良く運べば、同僚たちからの心象は相当マシになるでしょう。

 少なくとも、『なんの力も持たない目障りな傾国の美少女』から『五芒星にふさわしいかはともかく、期待をかけられるだけの実力はある』というところまでは回復できるでしょう。

 俺も、侮られるのはあまり好きではないですから。


「とりあえずはそれでいいでしょう」


 そうして、メルフェデス殿との最悪の対面は終わりました。

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