第10話 感情
それから二日、俺は遠征の準備を整えていました。
とはいえ、バアルと僅かな供回りくらいしか連れる予定はありません。なので、起こす事に対して負う心労や疲れなどは少なく、気楽なものです。
そんなある日、アーリデ殿が家に訪ねてこられました。
「聞いたぞ。まさか単騎で援軍をしろ、とはな。貴殿はよほど期待されているのだな」
「そうですね、主従であることを忘れるつもりはありませんが、これでも同じ理想を追う同志ですから。君臣関係以上の信頼関係はありましょう」
「……む」
アーリデ殿の目が少しだけ厳しくなった気がしました。しかし、すぐに柔らかくなりました。
「そうか。私も、貴殿ともっと仲良くなりたいものだ」
「私もそう考えておりますよ。なんて言ったってアーリデ殿はとてもかわいらしいお方ですから」
そう言ってくすっとほほえみます。
すると、少しうろたえたような仕草と、頬が朱に染まったことが確認されました。
……たしかに、こんな事を続けていればいつか刺されるかもしれませんね。
もうちょっと力をつけてからにしたほうが良いのかも……?
人の心を弄ぶのは生来好きなのでやめたくはないのですが……うわ、俺ってとんでもない性悪女ですね。
別人として近くにいたら、世界一可愛いであろうさいっこうの容姿もどうでも良くなるくらいには嫌な性格してます。
まあそれはいいとして。今は友との談笑を楽しむとしましょうか。
「どうしたのですか?そのように動揺して……うふふ」
「い、いや……なんでもないぞ。なんでもないからな?うん、きっとそうだ」
「そういうことにしておきますか。……ともあれ、俺達は既に親友だと思っておりますよ。あの出会いからなんども友として過ごし、文を交わし、友情も深めたではないですか。……あれ?そう思っているのって、もしかして俺だけなのでしょうか?よく考えると、俺達の付き合いは半年にも満たないではありませんか」
そう想うと不安になってきます。
たしかに俺のことをそういう目で強く意識しているのは事実かもしれませんが、友としてみたときはあまり仲良くないのでは?
……うわ、凄く悲しいです。
心がズーンと沈みました。前世でもここまで悲しんだことはありません。
次点が大好きな母方の祖父と良く懐いていた愛犬が同時期に死んだときですから……あれ?それに比べるとそこまで大きなショックを感じることでしょうか?
たしかに、親友だと思っていた相手からただの友達でしかないと思われていたというのは凄まじく辛いことではありますが、アレに比べればまだマシだと思うのですが……やはり、『オレ』と『俺』は違うのでしょうね。『私』であればそもそも他者の気持ちなど顧みない。そもそも脳やたどってきた人生が混ざったのだから当たり前ですね。わかっていたはずなのに……。
感情の振れ幅も前世より大きくなったのかもしれません。
超人になってからのほうが傷つきやすくなるとは……。中々におかしな思考回路をしていますね、俺という生き物は。
そう思うと可笑しくて、少しだけ落ち着けた気がします。
未だに泣きそうなほどの辛さは残っていますが、リフレッシュできた気はしました。
いや、やっぱり心がズーンと沈んでいます。ここまで感じやすい心だったとは自分でも思いませんでした。
……ダメダメですね。
「……あは、ふふふ」
そんな俺の心を見透かしてか、そうではないのか、アーリデ殿は実に楽しそうに笑っていました。
むう、そんなに愉快でしたか?独り相撲していたのが。
いえ、憎まれ口を叩いていても仕方ありませんよね。
「いや、貴殿はもっと超然とした人だと思っていたからな。私などとは違い、とても強い心の持ち主であると……。しかし、それは違った。私との友情に悩んでくれたこと、とても嬉しい。私も、その。し、親友だと思っているぞ!……もっと進んだ関係になりたいとも思っているがな」
最後の言葉は小さかったですが俺の地獄耳はちゃんと拾っています。
しかし、今はまだ気づかないふりをしておきましょうか。
……他人の心の動くさまなど、良くわかっているはずなのに。それでもこんな独り相撲をしてしまう精神性というのは酷いものですね。
やはり、俺は神には向いていないのでしょう。至尊の神座に座るのは魔王様だけでよいのかもしれません。
三柱の神々のように、魔王様と俺とバアルで分け合い、彼らとは異なる点として最高神の役目を魔王様に譲るという想定をしていましたが……一番マシなのはその道でしょうかね。
今はそんな事を言っている状況ではないですね。
……ハグくらいはしても許されるでしょうか?その、親友なんですし。
ですが、魔王軍の最高幹部である俺達がそんな事をしているところを誰かに見つかったら、あらぬことを騒ぎ立てる輩もいるかも知れませんし……。
使用人の口の堅さを信じられませんので。
それとも同性婚が可能で、同性間でも子供を作れる世界であるから意識しすぎなだけ?
大体の人は異性間で恋愛するわけですから、そんな思考に至ったりはしませんかね?
ただ友誼が厚いんだな、と思われるだけ?
まあどちらにせよ、噂されたところで事実っちゃ事実ですし。
互いに強く意識し合っているところまでは本当ですから。
『まだ』そういう関係になっていないだけ。堕とすのは既定路線のつもりです。
……なら、別に良いのでしょうか?
そういうのが許されている以上、醜聞になるわけでもないですし。
ああ、派閥のバランスが変わるとかそういう不安はあるのかもしれませんね。それは中々に大きな問題ですね。
一通り悩んだあと……遠征が終わったら、自分へのご褒美として抱きしめることに決めました。
問題の先送りとも言いますね。
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