第二章 狼煙

第9話 六大国

「お呼びとお聞きし参上致しました」


 魔王様に呼ばれたので玉座の前でひざまずくことになりました。

 こういうことは度々あります。

 俺がこの国に来てから数十はありましたね。


 普段は悪巧みをすることになるのですが……魔王様の表情からして違うようですね。


 左右の大臣……史実においては魔王様の前座となる強敵であった方々、側近の二人もいつもとは少し違う雰囲気です。


「うむ、楽にして良い。それで、本題なのだが……貴殿は今の魔界の情勢をどれだけ知っている?」


 魔界の情勢、ですか……。


「大前提としては魔界を統べる六つの大国、六国があります。魔王様は王号を名乗り、六国の中でも大きく頭抜けている。しかし、五大国……五夷たちは連合を組み、強く抵抗している……。東国ビンルインは特別手強く、メタトロン殿の武威によってなんとか均衡に持ち込んでいる。そして西国バルメも押しているとはいえなかなか手強く、あと一押しが足りない。他の国々はその二つの国に援助を行っており、そのせいで苦戦しているという面もある。……均衡がどちらかに傾くとしたら西国の戦況が大きく影響するでしょうね。しかし、この世界に来てから日が浅く、遠くの国になるほど情報がまだ掴みきれていません」


 ゲーム時代は、魔界に他の国があるだなんてことは知りませんでした。

 俺の中の記憶も、バアルが記憶している中でも、基本的に魔界は統一されている状態が常ですから。

 ですが、現代ではそうではないようですね。

 それと、時間軸的に今は本編が始まる十数年前ということもわかりました。

 ……魔族ってやっばり寿命長いんですね。

 

 二次元と三次元の違いがあるとはいえ、ゲームの頃と見た目年齢が全然変わっていませんから。

 俺も人間を捨てた時点で魔族よりもずっと長くなっているはずです。

 なんなら四天王クラスよりもずっと長生きするだろうというのは予想がつきます。

 しかし、実年齢も精神年齢もせいぜい二十代後半。二つの人生を無理やり足し算したところで四十代。

 実際には足し算なんてできるようなものでもない。

 ですので実感が湧きませんね。


「そうだな。とりあえずはその認識で良い。で、なのだが……そろそろその重要国である西国バルメが邪魔なのだが、どうすればよいと思う?」


「答えは出ているのでは?」


「うん、そうだ。お前ならばもっと良い知恵があるかとも思ったが、別に愚策というわけでもないはずだから良いかな」


「話を聞かなければ判断はできませんが、俺の頭脳など大したことはありません。神々を滅するうえで必要な知識は持っていますが、そうでないところでは……」


 特に実力と実績が物を言う魔族社会ではあまり謙遜するのも良くないのですが、今の俺ははっきり言って頭は良くありません。

『オレ』は頭が良かったんですけどね。中学生にしては、という枕詞を抜きにしても優秀な頭脳を持っていたはずです。

 ですが、この体……『私』の。いえ、『俺』の頭脳はあまり良いわけではないようです。

 明らかに頭が回っていませんから。


 覇者としての立ち振舞いだったり、他人に求められた振る舞いをすること、自分を良く見せようとするための行動なんかに関しては以前よりは頭が回るのですけどね。

 軍略や謀略に関しては『私』ならびに『俺』と『オレ』では経験の有無の差があるはずなのに、以前のほうがもっといいアイデアが浮かんでいるだろうというのが容易に想像できるくらいですから。

 こうしてなんとか相談役が務まっているのも、以前一度世界に覇を唱えた経験があるからなんとか務まっているにすぎません。

『オレ』の記憶だけでこの体に転生していたら、とんでもなく苦労したでしょうね。


 愚痴を言っているばかりでもいけませんね。俺は俺としてこの世界に立つ。それでいいのです。

  

「そうか。もう少し自信を持ってほしいものだが……まあいい。先生には西国を滅ぼすための援軍として向かって欲しい」


「俺には軍を率いる権限などはありませんが……」


「先生ならば単騎であっても百万の援軍にも匹敵しよう」


 この世界では将の力量によって兵士の力が変わる。

 言葉通りに捉えてはいけない。芸術的な采配によって兵士の力を高めたり、相手の士気を削いだりするわけではない。

 将軍の魔力や闘気を配下に分け与え、とある魔道具によって増幅することによって日本人が想像するであろう戦争という形をある程度保っている形となる。


 しかし、俺レベルで強ければ配下などいなくても一騎当千くらいは行けるでしょう。

 百万の援軍は流石に言いすぎだと思いますが、俺とバアルをニコイチで考えたならば戦況を変えかねないだけの武力はあるのです。


 それなら俺に軍勢を率いさせればもっと良いと思うかもしれませんが、俺にはまだ人望がありませんからね。

 皆を納得させる実績も、呑み込まざるを得ない家格もない。

 あるのは肩書だけ。


 兵士たちが将の力を信じていなければ魔道具によるブーストが不完全になってしまいます。

 結局、兵を無駄に失うだけの結果になりかねません。

 俺単騎で行ったほうが戦力にもなるし兵力の損耗も抑えられる。そういうことです。


 そして他の四天王や主だった将軍たちは『竜災害』なりなんなりの大事があった場合に備え、本国に待機しなければなりません。

 

「そうですね。……西国方面といえば鈍凱将軍メルフェデス殿が指揮している方面でしたね。彼ですら苦戦する戦線ですか。なかなかに愉快ですね。……やはりメタトロン殿は東の抑えから動かせませんか?」


 将個人の武力も配下たちの素の武力も最強なのがメタトロン殿の軍勢です。

 だから、あの子達が本気で西国を攻めるならば一気に壊滅させられるでしょう。しかしそうはできない。東の大国とその従属国には凄まじい将軍がいますからね。


「そうなるな。それと、今回は先生に名声を取らせようと考えてのことでもある。力を示せねばいろいろとやり辛かろう?」


「お気遣い、誠に感謝いたします」


「お前には期待しているのだ。主従とはいえ……その、同志だからな」


 明らかに照れていますね。可愛らしい方です。主君であるから囲えないというのが本当に残念。


「ふふ、ご期待に添えるよう粉骨砕身働かせてもらいます。吉報をお待ち下さい」


 そうして、この場はお開きとなった。

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