第8話 メタトロン

「あ、メタトロン殿ではありませんか」


「……新しい四天王の人。どうも」


 魔王城の廊下、バッタリとメタトロン殿と会えました。

 俺が名乗りを与えられたあの日は、メタトロン殿は別所にいましたからね、コレが正真正銘初顔合わせです。

 ……しかし、可愛いですね。

 容姿を一言で表すと、無口系ヒロイン。そんな風貌です。髪色は透き通るような水色で、これまた美しい。

 だけど、機械化された、というか種族特性と突然変異によって生まれつき機械のような特徴を持つ左腕、そして同じく機械のような見た目の翼、それらの特徴とはミスマッチにも思える天使のような光輪を持っており、そこが異質で……とても惹かれるのです。


 俺にも匹敵しうるほどの飛び抜けた美少女。

 俺もメタトロン殿もゲーム時代よりさらに、ずっとずっと可愛くなっていますが、これはゲームという表現の限界を超えたからでしょうね。

 普通、二次元のほうが三次元よりも美形に見えやすいと思うんですが……例外だったようです。


「なにか、用?」


「特にこれといった用はないんですけど……」


 そういった途端、メタトロン殿の俺を見る目がどうでも良さげになっていました。

 ……ふむ?ゲーム時代は一匹狼という印象がありましたが……どうにも違うようですね。


「なら、さようなら」


「まあ、少し待ってください」


 いきなり去ろうとしたメタトロン殿を左手で引き止めます。


「……なら、なに?」


 一見苛立っているようにも見えますが、これは感情表現が苦手なだけみたいですね。

『オレ』としての経験から鑑みるに……コレは、構われたい、その手の感情でしょう。

 目には期待が宿っているのが良くわかります。


「少し、お茶でもしませんか?良い喫茶店を見つけたんですよ」


「別にいい」


 了承ということでしょう。一見分かりづらい返事ですが、俺にはわかるんですよね。


「では、行きましょうか」


「……」


 今度は少しだけですが表情にも出るくらい楽しそうにしていました。


 そして、魔王城を出て魔都の隠れ家的な喫茶店へと歩いていきます。

 普段はよくナンパされるんですが、今日はされませんね。

 ……ああ、俺は新参だから知らない方も多いでしょうが、メタトロン殿に関しては知らない方はいませんか。

 これほど容姿が整っていて、機械のような腕と翼を持っているとなれば、一目でわかりますもんね。

 それ以前に……四天王の証とも言えるネックレスをしてますからね。仮にメタトロン殿本人のことを知らなくても手を出す勇気は出ませんか。

 俺も五芒星のブレザーは着ているのですが、まだ知名度が低いんですよ。

 他の方々が四天王のネックレスにこだわることもあって余計に、ですね。

 

 四天王が廃され、新たに五芒星が結成されたということは知っていても証を知らない方は多いですからねぇ。


「どうも、マスター。何時ものを二人分お願いします」


「……ヒューッ。随分おっかねぇ美人さんを連れてきたな、オイ。いや、姫サンの時点でおっかねぇってのも知っているけどよぉ。格が違うぜ」


 喫茶店の主人は冷や汗をダラダラ流していた。

 最初に俺の立場を知ったときもこんな感じだったような……。

 さすがにこれよりはマシだったですかね?……舐められているようでちょっと嫌ですね。


「それは酷い。まあ、現状ではその評価も仕方ありませんね」


 現状ではメタトロン殿に比べて俺は弱いのです。

 今の俺は旧四天王たちとくらべても強いほうだとは思いますが、メタトロン殿は別格ですから。

 原作の本編ストーリー中の俺の時点で別格だったのに、メタトロン殿は更にその上を行っているわけですからね。

 魔王様が権能に馴染んだらもっと格付けは変わりますが、現状は魔王様や左右の側近の方々より強いわけですから。

 今の俺よりも遥かに強いストーリー中の俺よりも強いメタトロン殿。そりゃあ、敵うはずがないですよね。


「……お待たせしました。どうぞ」


 黙々と待っていると、二人分のコーヒーと、お茶菓子が運ばれてきた。


「……いい香り」


「そうでしょう?ここのコーヒーは特別香りが良いんですよ」


 マスターも嬉しそうに、そして恥ずかしそうに頭を掻いていた。


 そうしてひとまずコーヒーとお茶菓子を楽しんでから、本格的に会話に取り掛かることにした。


「最近、休息はちゃんと取れていますか?」


「ん。大丈夫。新兵の訓練は面倒くさいけど、仕事はとても楽しい」


 そうなんだ。メタトロン殿は仕事人間なんだな……。

 たしかによく働く子だとは思っていましたけど、仕事の話を振った途端に、当社比でとても楽しそうになりましたから流石にびっくりです。

 俺は仕事は嫌いではありませんが、魔王軍の仕事となると憂鬱なことも多いでしょうから……そうはなれないでしょうね。

 だけど、これはそれ以前の問題ですね。


「仕事が楽しい。それは良いことだと思います。ですが、自分の体をいたわることも大切ですよ?」


 眉がピクッと跳ねた。

 ……まんざらでもないようですね。

 心配されて嬉しいと思う……。当たり前の感情ですね。

 ですが、感情表現が乏しすぎて今まで心配されることもなかった。あるいは、一時は心配されても「この方ならば大丈夫だろう」と思われてすぐに何処かへ行った。そんなところでしょう。


 なら、俺がその感情を満たしてあげましょう。


「別に問題ない。体は丈夫だし、風邪もひいたことないから」


 まあ、魔王軍四天王筆頭ともなれば風邪の菌やウイルスなんてなんともないでしょうし、そもそもの基礎体力がそこらのパンピーとは違うでしょうからそうですよね。

 ですが、ここはもっと心配しましょう!そっちのほうが喜んでくれましょう。


 実際、心配というのは嘘ではないですから。

 圧倒的に強いはずなんですけどね。そのうち、人知れず死んでいそうな儚さがあるというか……放っておけないんですよ。


「駄目ですよ。いくら五芒星筆頭と言っても、休みくらいは取ってください。俺達は最大戦力である以上、いつ休めなくなるかわからないんですから……。それに、心配にもなるんですからね?」


「ん。確かに。……でも、することがない。趣味もないし」


「では、今度観劇にでも行きませんか?チケットは取っておきますので」


「なら、そうする」


 それからしばらくお茶菓子をつまみながら雑談をして、お開きとなった。

 ……まあ、メタトロン殿は口数が非情に少ないので俺がずっと喋っているだけという形にはなりましたけど、楽しそうにしていたので大丈夫だと思います。


「今日は楽しかった。ありがとう」


 メタトロン殿はペコリと頭を下げてきた。

 慣れてきたのですかね?俺に対しての遠慮というか、壁を感じることが減ってきました。


「俺も楽しかったです。また、遊びましょうね?」


「……!!! わかった」


 メタトロン殿は、少しだけ口元を歪めて去っていった。


 理由は判然とはしませんが、背筋がブルっと震えてしまいました。


 アレ?なんとなく感じただけなんですが、思った以上に感情が重いような。

 ……ふふふ。それはそれで嬉しいですね。

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