第5話 詫びる言葉なんかそもそもないです

「どうですか?権能は馴染みますか?」


「……うむ。この力は……思わず溺れてしまいそうだな。ああ、9割で良かったのかもしれない。溺れていたな。惚(た)らされていた」


 あれからしばらく歓談した後、魔王様に権能を譲渡しました。

 特殊な儀式はいりません。

 ただ、互いに納得していて……なおかつ、与えられる側に巨大な力、あるいは世界観が備わっていれば良いだけですから。


「ふん。その力は本来は妾のものなのだからな。せいぜい有効に使うが良い。今代の魔王よ」


 ここに来て、ようやくバアルが口を開きました。

 出てきたのは憎まれ口。しかし、途中でまずいと思ったのか冗談めいた表情を浮かべました。

 思うところはあるんでしょうね。


「となると、貴殿が……かの邪神殿か?」


「そうだ。今では神格など持っておらぬが、それでも首輪を繋いでいるのはお主ではなく姫様だからな。それだけは忘れるでないぞ?」


「そうか。それも許そう。だが、他の配下共の前では私に対してあまり無礼は言うなよ。いくら『先々代』といえど、怒る者もいるだろうからな」


「……そうだよなぁ。やっぱり、知的生命体の社会は難しいな」


 案外素直ですね。

 ……バアルの本質は寂しがり屋の女の子なのかもしれません。

 ならば、かける言葉は一つです。


「これから学んでいけば良いんですよ。孤独は嫌なんでしょう?」


「うむ、そうだな。孤独は嫌だ。ならば適応しなければならないよな」


 そう言ってバアルはニコッと笑いました。

 思わず変な笑い声が出そうなほどの可愛さでしたが、こらえました。

 ……妖艶さを感じる傾国の美女的な容姿をしているのにこんな屈託のない子供っぽい笑い方されると心臓がドキドキ待ったなしですよ!仕方ないでしょう!?


 そんな心温まる一幕が終わったところで、手をグーパーと握って開いてを繰り返しました。


 権能のほとんどを譲ったことで大きな弱体化はしましたが……史実のこの時点よりはマシ、でしょうね。もともと、先程までの力など大したことがありませんし。それに、鍛え上げればかつての全盛期は優に超えられるでしょう。


 勇者を超えるのは既定路線です。ですが、三柱の神を超えられるかがわからない。

 史実における最強状態の俺ですら、ステータスを見比べれば光神には負けていましたから。

 それなのに、権能の9割を魔王様に譲り渡した。

 史実における俺は努力なんてしたことがないでしょう。実際、今に至るまで、2000年前の時点ではそんなものはしていませんでしたから。

 なので、まともに力を鍛えたらどう転ぶかはわかりませんね。

 

 ですが、もしかしたら、史実より酷いことになるかもしれません。

 史実ルートをたどるのであれば、ほぼ間違いなく世界は救われるのですから、酷いことをしてしまったのかもしれません。

 ですが……『私』が『俺』になった時点でもはやそれは破綻しています。

 人格にも神格にもズレが生じていますからね、あのルートにはどうやってもたどり着けません。

 史実の俺がやったことを今の俺ができるか、やるか、それは無理だとしか言えません。一挙一動をと言わなくても、主人公パーティ程度に『私』の動向を追えたならばなんとかなった可能性はあります。

 しかし、もう無理でしょう?

 この世界に『俺』という存在が生まれた時点で、すべてご破算なんですよ。


 この転生、憑依、あるいは記憶の統合は奇跡なのか偶然なのか必然なのか作為なのか。それはわからないです。知りたいとは思いますが、この世のすべては予定調和のドミノ倒しなんていう決定論者すら地球にはいたくらいですから、それにもさしたる意味などないのかもしれません。


 ですから、好き勝手やらせてもらいます。

 悔いるような生き方はしたくないですし。『本来』に詫びる言葉なんかそもそもないです。


「で、なのだが……貴殿らの扱いについて決めたいと思うが、良いか?」


「はい、構いません」


「うむ、良いぞ」


「返事が早いな。では……」


 それから、俺達の扱いについて決められました。

 俺の役職は『魔軍五芒星』の一角、最高幹部のうちの一人ということになるようです。

 史実においては俺が『魔王軍四天王』の一人の座を蹴落としてその座を手に入れたわけですから、そこが異なっていますね。

 反発も予想されますけど……大きな権限や軍団を率いる権利などはない、いわば相談役のような『特別扱い』らしいですからそう妬む者もいないでしょう。

 ……いないんですかね?普通、いますよね。うん、絶対います。いないわけがない。


 不安になってきましたが、魔王様のお気に入り的な扱いなようなので、下手なことをする方は滅びてもらいましょう。……讒言(つげぐち)で!

 力こそパワーな魔王軍においては心配ですね……。ええ、早いうちに力を得ないといけませんね。


 で、バアルは俺の副官らしいです。

 バアルは地位への執着は欠片もないようですし、むしろ面倒と思っていそうなところがあるので……これでもキツイですかね?

 まあ、巻き込んだ以上配慮はしますし、向こうも納得して楽しんでいる以上良く働いてもらいましょう。

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