第6話 千刃将軍

「この方こそが我が師範となる方だ。あまり無礼は言うなよ。聞いているとは思うが、今日より魔軍五芒星の一人として働いてもらうことになっている」


 居並ぶ群臣の中、俺とバアルが魔王様に跪きながらそんな言葉を聞いていました。


「恐れながら臣は反対致します」


 後ろから、そんなきれいな声が聞こえた。

 聞き馴染みのない声。ゲームにはきっと登場していないのでしょう。


「なんだ、千刃将軍アーリデ」


 千刃将軍アーリデ……設定上だけは登場していましたね。

 俺が奪った椅子の元の持ち主。

 ゲーム開始の前には既に没していた人物。


「臣は、このような軟弱者が四天王に……いえ、五芒星に加えられることを許せません。どこからどう見ても弱いではありませんか。我らどころかそこらの幹部にも劣るでしょう」


 それはまあ事実ですね。

 いくら将来性があると言っても、今はまだ雑魚ですから。


「異論は認めない。断じて認めない。私の言に黙して従え。先生は私に道を示してくださるお方だ。世界の転覆を成し遂げるためには必須の方である」


「……そう、ですか。では、何も言いません」


 アーリデと名乗った人は不承不承に引き下がっていった。


「先生の名は『ノエル』。『極星将軍ノエル』というのが名乗りとなる。皆も心得よ」


 それ以降は、誰も文句は言わなかった。だけど、ほとんどの方が不満を抱えているのはわかりました。


 下のものが王に不満を持ち続ける……組織としてよろしくありませんね。

 功績を挙げなくては。誰もが納得するほどの、ですね。


「……皆の耳目に己を刻み込むが良い」


 ……魔王様に促されたので自己紹介を始めることにしました。


「俺はノエルと申す者です。かつては真なる神として世界を転覆させようとしていた者でもあります。今は力不足ですが、いずれは無双の凶器へと回帰することでしょう。それまで、よろしくお願いします」


 拍手は送られなかった。


「……どうせ陛下の愛玩道具(ペット)に過ぎぬくせに、偉そうなことを。魔王様に運良く気に入られたからと言って不遜に過ぎる」


 そんな事を言っている者もいました。

 気に入りませんね。しかし、今の俺では彼には勝てても周りに押さえつけられる。

 今は所詮その程度のチカラですから。

 何も言えません。


 しかし、経歴を知っても驚いていないようですね。……流石に信じられませんよね。2000年前の怪物が復活しただなんて。


 そんなこんなで『お披露目式』は終了しました。

 あとは邸宅で休んでいて良いそうです。

 方針について問いたいときだけ答えれば良いと。

 高級ニートですかね、俺は。もうちょっと働かせてもらいますよ。

 無論、ある程度鍛えてからの話ですけどね。


「む、誰か来そうだぞ。……強そうで震えるわ。五芒星クラスか?怖いから、姫様だけで応対してくれんかな?」


「……魔王様相手にビビらなかったのに、五芒星にはビビるんですか?」


「あそこまで力の差が離れていれば、怖いとも思わぬわ。あやつはかつての妾よりずっと強いからな。妾を取り込む前の姫様とも伍するほどだ。権能を手に入れ、ある程度馴染んだ今では更に強いだろうしこれから更に強くなるのも知っている。まさに異端児よ。そして、今の妾はかつての妾よりずっと弱い。もう、ビビるなんて次元ではないのよ」


「まあ良いでしょう。俺の中に隠れていいですよ」


「……うむ!」


 そう言うと、バアルは俺の魂の中に隠れた。

 なんだか、ほんのりと心が暖かくなった気がした。


『やっぱり姫様の中にいるのが一番かもしれんの。居心地が良すぎるわ』


 苦笑が漏れ出たが、直後に呼び鈴の音が響いたので玄関まで行ってみることにしました。


「……御免仕る」


 玄関先で待っていたのはアーリデ殿でした。

 ……なかなかの美少女ですね。和風な姫様といった感じの風貌で、儚げな雰囲気がします。

 称号に反して力強さはあまり感じません。


「ああ、これはアーリデ殿でございますか。お茶を用意しますので、どうぞ上がっていってください」


「……あ、ああ」


 アーリデ殿は明らかに緊張していた。

 特に、俺の顔を見た瞬間が顕著でした。

 ……ふふ、魅力にやられてしまいましたか?ふふん、俺はスーパー美少女ですので!惚れるのも仕方ありませんね!


 使用人に指示を出しながら、テーブルに付いた。


「それで、なんの御用でしょうか?」


 我ながら、紅茶を飲む様が似合っていると思います。

 まあ最高の美少女ですから似合わないことなんてあんまりないんですけどね。


「……そうだな。貴殿ははっきり言って力不足なのだ。四天王に一人加えて五芒星なんて役職につけるほどの力があるとはとても思えない。過ぎた権力は身を滅ぼすぞ」


 なるほど、忠告に来たというわけですか。

 ごもっともな話ですね。


「あいにく、力を取り戻し、さらに強くなる算段はつけています。時間さえあれば、最低限勇者一味を単独撃破できるところまではたどり着けるかと」


「そうか。貴殿が本当にあのトリックスター本人だというのならば、できるのかもしれないな。……だがな、そこまで待ってくれない跳ねっ返りなんていくらでもいるんだぞ。思慮の足りない馬鹿、上昇志向の強い輩、そんなやつらがお前に挑んで勝利するかもしれない。その時お前はどうなるのだろうか、それを考えてくれ」


「最低限身を隠す術くらいは持っていますよ。これでも神になりかけた者ですから。権能の9割を陛下に与えても、神としての力は未だ健在です」


「身を隠す?そんな事をすれば嘲笑の的だぞ?」


「力をつけた後にわからせてやれば良いだけですよ。まあ、順番が前後したというのは否めませんね。実力をつけてから掴み取るべきでしたね。ですが、俺にとっては大した問題ではありませんよ」


「そうか。随分と自信家なのだな。その容姿にはあまりにも似合わない」


 そう言って嘆息するアーリデ殿。


「アーリデ殿こそ、とてつもない力を持っているというのに、とても可愛らしいじゃないですか」


「な、ななな……私が、可愛らしい、だなんて……そんなわけないだろう!?」


 わかりやすく動揺した。

 可愛いと言われ慣れてないのかな?

 魔族の顔面偏差値がいくら高いと言ってもアーリデ殿はその中でも可愛い部類でしょうに、そんなことあるのでしょうか。


「俺の瞳に映るアーリデ殿は、とても可愛らしい御方に見えますが……ふふ。それに、今回の件も不満を漏らしたというだけではなく、立場に見合わぬ強さしか持たない俺を守ろうともしてくれていたのでしょう?ならばさらに愛しく思えますよ」


「むむ……どうすればいいのだろうか、嬉しくて顔が戻らんぞ」


 アーリデ殿はニヤけた表情が戻っていません。

 戻りそうにもありません。

 ……可愛いと言われたのが、それほど嬉しかったのでしょうか?


「……私は武張った女だからな、褒められ慣れていないのだ。いや、己の容姿が良いというのはなんとなく知っていた。だが、周囲にそれを言ってくれるものもいないので、もしや自己愛の塊なのではないかと己のことを嫌悪していたのだ。ようやく、己をまともに愛せそうで安心してしまっただけだ。……決して、貴殿に言われたからここまで動揺したとかそういうのではないからな!?」


 わかりやすいツンデレですね。やはり可愛い方です。

 しかし、そんなこじらせ方もあるのですか……やはり、『オレ』のこじらせなど大したものではなかったのでしょうね。


「わかっております。……えへへ」


 自分からえへへ、なんていう笑い声が出たことに少し驚きと気持ち悪さが出てしまいそうになりました。

『オレ』はもちろんとして、『私』もそんなタイプではなかったから、自分でもちょっと気持ち悪いです。

 ですが、傍から見たらやっぱりものすごく可愛いのでしょうね。

 ならば己を許しましょう。せっかく美少女に生まれたのですから楽しまないと。

 ……となると、『俺』という一人称もイタイ……ですよね?

 ですが、これはまあ俺が俺であるという証でもあるので変えたくはないですね。


 そんなことは今はどうでもいいです。アーリデ殿とちゃんと向き合わなければ。


「やっぱりわかってないじゃないか!……もう」


 頬を膨らませて拗ねているアーリデ殿はとても可愛らしかった。

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