第3話 邪神

 復活したばかりですし、とりあえずお茶でもすすりましょうか。

 紅茶が良いですかね。


 ですが、お茶の点て方なんて知りませんね。

 いつも俺付きの者にやってもらっていましたし。


 ……そういえば、今の俺って天涯孤独なんでしたね。

 特に思うところはありません。

 ですが、誰とも話せないというのは中々堪えるものが……あるような、ないような。

 まあ、『俺』は『私』でもありますから、精神性はどこか超越しているのでしょう。

 ならば仕方ありませんね。


 ただ、暇なものは暇です。話し相手くらいは欲しいものです。


 しかし、そんなものがいるわけもない。


 そんな事を考えた瞬間、脳内に声が響きました。


『ふふ、話し相手が欲しいのか?ならば、妾を呼ぶが良い』


 ……邪神、ですか。

 まだ魂が残っているとは思いませんでしたよ。

 良いでしょう。今の状態ならば負ける気はしませんし、呼び出してあげましょうか。


「『召喚(サモン)』」


 そう呼びかけると同時に、眼の前に真っ白な髪と肌をした美女が現れました。

 ……なかなか見事なものをお持ちで。

 いや、今はそこではないですね。


「くかか、ようやく出てこれたわ」


 美女……邪神は自らの体の感覚を確かめるように、楽しそうに全身を動かしていました。


「……で、どういう風の吹き回しなんですか?」


「いや、妾も暇を持て余していたからな。神とはいえ二千年の孤独はそれなりに堪えるわ。だから、傷の舐めあいでもしてやろうかのうとな?そう思い至ったわけだよ」


 なるほど、道理は通っていますね。それに彼女は神ではなく貶められた『旧神』であり、今はそれですらなくなっていますから……言葉以上に辛かったんでしょうかね。

 おまけに、その孤独とやらは二千年じゃ効かないでしょう。


「俺に殺される前の時点で、二千年などとうに過ぎていたのではないですか?」


「まあ、そうだな。だが、姫様の中で様々な体験を見せてもらうことで、孤独はだいぶ薄れていたのだ。まあ、姫様がしくじったせいでまた二千年も孤独になっておったがな」


 姫様、という呼称はまあどうでもいいとしましょう。

 しかし、今の彼女からは強い怒りも野心も感じられません。

 ……ふむ、なかなかに役に立ちそうですね。


 それに、可愛いですし。いえ、可愛いと言うよりは美人さん、ですかね?


「そうですか、それはすみません。ふふふ……。で、どの程度現状を把握しているのですか?」


「姫様の知っていることならほぼすべて理解した。無論、前世とやらのこともな」


 ……全部知られてしまいましたか。知られたくない記憶もあるんですけどね。


「ご回答、ありがとうございます。では、俺とともについてきてくれますか?」


「なんだ?プロポーズの言葉かな?……くくく、いや、冗談だ。いいぞ。妾は姫様の配下として働いてやろう。目的は同じなようだしな」


「……目的?」


「決まっているだろう。三柱の神々を滅殺することよ。アレらは妾にとっても怨敵。許してはおけぬ。そのためなら付き従ってやろう。魔王軍、などという格下の組織に身をやつしても構わぬ。それくらいでは文句は言わぬよ」


 邪神は実に楽しそうに笑っていたが、その心の底には強い恨みが淀んでいた。

 ふふ、これならば信じられますね。


「そうですか……良い関係を築けそうですね。では、頼みますよ。バアル殿」


「おお、任せておけ。姫様の無二の忠臣として働かせてもらうからな」


 サムズアップまでしていた。

 ……めっちゃノリノリじゃないですか。すごく楽しそうにしています。

 孤独、だいぶ辛かったんでしょうか?

 ですが……正直、すっごく可愛いですね。

 ああ……かわいいかわいい!


「……な、なにをしておる。この妾に向かってそのような無礼……いや、姫様であるから許さねばならぬのか?」


 気づいたときには思わず抱きしめてしまっていた。

 あ、これはいけません!セクハラです!絶対ヤバいですよこれ! 

 

「……ふふふ。ようわからんが、あまり焦るな。妾も嫌ではないのだ。温かいなあ、いい香りがするなあ。もう少し、こうしていてくれぬか?」


 抱きしめる時間が長くなるたびに、バアル殿はだんだんと落ち着いていた。

 ……嫌じゃないのは本当、みたいですね。


 ならばもう少しこうさせてもらいますかね。


 ……。


「あの、そろそろ良いですかね?」


「……まだ足りぬ。もう少し抱きしめておらぬと、満足な働きはせぬぞ?」


 それから半日ほど、抱きしめる羽目になったのは良いことだったのか悪いことだったのか……それはわかりませんが、これをきっかけに仲を縮められた気はします。

 その……俺の方も、役得だったわけですし。

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