第74話 新勇者
「あぁああ、息子が、私の息子が……」
「俺の弟が昨日死んだ! 魔族に殺された……だけど、事の発端は皇帝たちの策謀だと!? ふざけるな!」
「返せぇえ! お父さんを返せぇ!」
「ふざけんじゃねえ、帝国が足引っ張って勇者テラを……それがこんなことに……どう責任取るんだ!」
帝都の暴動は過熱していた。
民衆が怒り、涙し、武器や農具を掲げて宮殿前まで押し寄せる。
特に戦死者の遺族たちは、全ての責任は帝国上層部にあると宣い、収拾がつかなくなっていた。
「くっ、ダメです! 抑えきれません! 抜刀の許可を!」
「ダメだ、国民に剣を向けるのだけは……」
「しかし、これ以上は――」
本来、守るべきはずの国民から罵声を浴びせられて襲撃を受ける兵士たち。
暴徒と化した民たちの宮殿内への侵入だけは防ごうと必死だが、これ以上は持ちそうになかった。
もう、これまでか?
兵たちがそう思いかけた時……
――皆さん……どうか僕の話を聞いてください
「「「「「ッッッッ!!!!????」」」」」
その声は聞こえた。
「な、なんだ? 今の……」
「あ! お、おい、空を見てみろ!」
「あれは……ラストノ王子!?」
怒号を上げていた民衆、危機に陥っていた兵士たちもその声が聞こえた瞬間、ピタリと止まった。
見上げると、キハクがやっていたように、空に一人の男が映し出されていた。
それは、ラストノ。
まだ若く実権はないものの、「名君の器」、「神童」、「光の勇者となる男」として、その名は帝国のみならず世界に知れ渡っている男である。
「お、おい、空だけじゃない、こっちにも!」
「ほんとだ、王子が……」
そして、宮殿へ押し寄せる民たちが改めて気づく。
宮殿内へと続く大階段。
その中央に、ラストノ本人が姿を現したのだ。
「帝国……連合国……いや、全人類の皆さん。どうか、僕のお話を聞いてください」
王子が自分たちに、そして魔法を使って全人類に向けてのメッセージ。
更にそのラストノの表情、瞳は明らかに厳しく、そして強い覚悟を秘めており、決してそれは若い子供が発せるものではなかった。
そして、世界がラストノの言葉に耳を傾けると……
「此度の大敗の責はもちろんのこと、そして何よりも……八勇将テラの死に関する人類側……いえ、帝国側の関与の有無について……全て事実です。ガティクーン帝国皇帝の口より、それを確認致しました」
――ッッッ!!!????
それは、衝撃どころではなかった。
何故ならば、そういう「疑い」を今の人類は持ってはいたものの、それが「事実」であると、帝国の王子自らの口で語られるとは思わなかったからだ。
あまりにも突然のことで、そしてショックで怒りを発することすらできなかった。
すると、ラストノは更に……
「全ては悪しき、そして醜く愚かなる策謀! これは恥であり、罪であり、決して許されぬ行い! 僕もまた、皇帝の血を引くものとして、この史に最大の大罪として刻まれる愚かな謀に怒りを抑えることはできない! そしてそれは、今回の戦争で大切な方を亡くされた方々は……旧クンターレ王国の方々も含めて、それ以上の想いでしょう!!!!」
感情的に叫び、そして叫びながらも涙を流し、帝国の、皇帝の、そして父の罪を公表するラストノ。
全ては「皇帝」の罪であると宣い、そして……
「その大罪は今ここに……ガティクーン帝国皇帝の首をッ!!」
衝撃に、更に最大級の衝撃を重ねる。
側近の兵たちがラストノの横に出て、そして皇帝の首を掲げたのだ。
「あ、あれは、う、そだろ? 皇帝陛下……」
「陛下……だよな? うそだろぉ!」
「ちょ、ちょ、え? ッ、まさか、だって、皇帝陛下はラストノ王子の……」
人類史に残る大罪人として刻まれる皇帝。その首を世界に向けて掲げたのである。
そのショックは世界の全人類に最大級の衝撃を与えた。
「本来は全てを裁判で公表し、更に関わっていた人物全てを洗いざらい公表し、しかるべき処罰、賠償……さらには……僕を含めた王族関係者全ても責任に問われなければならないのかもしれません……ただ、ただ……どうか人類の皆さん、今はどうか時間をくださいッッ!!!!」
そしてラストノは民に、人類に向けて、深々と頭を下げて懇願した。
「しかるべき時には、僕も裁かれましょう。しかし今……今、優先すべきは……今、僕たちがこうしている間にも犠牲となっている人類を救うこと! 命を懸けて今も最前線で人類のために戦っている仲間たちと共に戦うこと! 迫りくる魔王軍に対して、再び人類が一つとなって立ち向かうこと以外にありませんッッ!!!!」
王族が民に対して深々と頭を下げる。それは、国を問わずして滅多にありえないことだ。
そもそも王族の姿をその目で見ることすら滅多にない民たちにとっては、思わず恐縮して身を縮こまらせてしまうような行為だった。
「い、いや、ま、待ってください、別に王子は何も……」
「そ、そうです、ラストノ王子が何も関わっていなかったことは分かっています!」
「いや、でも、皇帝の首を……まさか、王子が自ら……」
いつしか民たちは怒りよりも混乱の方が大きくなって戸惑うばかり。
だが、この混乱の中でラストノが示すのはただ一つ。
「大罪人とはいえ、身勝手に皇帝を処罰した僕自身の罪……『何も知らなかったという罪』も含めて、その報いはいつか! ただしそれは……僕たち人類が魔王軍を打倒し、この人類存亡の危機を脱してからにして頂きたい! それを許して下さるのなら、僕は今すぐにでも剣を掲げ最前線へ出陣し、そして新たなる勇者となりて全人類の先頭に立って戦うことをここに誓いますッ!!」
自らが最も過酷な最前線へ赴き、命を懸けて戦うことを宣言することだった。
「え、王子が、戦場へ? い、いや、ちょっと待って、だって、今は陛下がもう……」
「そうよ、ラストノ王子が次の皇帝に……だったらダメじゃない!」
「そうです、王子は次にこの帝国を導く皇帝になられる御方! そのような危険なことはおやめください!」
「ラストノ様ッ! おやめください!」
だが、それは帝国民たちにとっては「今の皇帝がもう死んだのだから、次の皇帝はラストノ。そのラストノが戦場へ出る等ダメではないか」というもの。
もしラストノの身に何かあったら、帝国はどうなるのか?
しかし、その民たちのその不安を一蹴するかのように、ラストノは……
「やめてなるものか! 今こうしている間にも傷つき奪われる命を……これから生まれてくる新たなる命を、希望を守るためならば……今も最前線で戦う勇敢なる英雄たちと共に、僕はいくらでも血を流して、命を懸けようッッ!!」
それは、何の迷いも無く「本気」で言っているものだと誰もが理解した。
よく為政者が「民のため、国民のため」などと口にすることがあるが、それは立場上の口先だけの偽善を語るものばかり。
本気で人類のために命を懸けようとするラストノに、気づけば人類は心打たれていた。
「お……」
「うお……お……」
「ッ!」
やがて、それは一斉となり……
「「「「「うおぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」」」
人類が新たに生まれた勇者を称える歓声を上げたのだった。
「何アレ、宗教? ひはははは」
「予想外だな。まさか、皇帝の首を刎ねたとは……」
世界全土に流されたその一部始終。とうぜんそれは地上に出陣している魔王軍も見ていた。
六煉獄将のキハクとカーニバルは本陣にてそれを眺めていた。
「ま、人間はバカだから怒りが裏返って感化されるってのはあるかもね……っと、それは魔族もかな? 憎むべき弟妹が今では魔界勇者だしねぇ~」
「こうなっては生まれ変わるか? 人類連合。しかし、噂以外は何も情報のなかったあの王子が、このような大胆な行動に出るとはな」
「どうかねぇ? 自分に酔ってるだけに見えなくもねえけど……ゲウロとかまだ死んでねえから、俺からしたら芝居臭く見えてしょうがねえ」
「どんな絵を裏で書かれていようと、どちらにせよ人類は縋れる希望を欲していたのは事実。その役目をあの王子は見事に果たしたと言えよう」
そして、六煉獄将二人の目から見ても、ここから人類がどうなるかを測りかねていた。
つい先ほどまでは「このまま一気に人類に修復できない壊滅的なダメージを与える」、「長きにわたる人魔の戦も終わりが見えたか?」という思いもあったため、果たしてこれが戦にどのような影響を及ぼすのか?
「俺としては~、ウチの魔界勇者とぶつけたらおもしれぇと思うけどな!」
懸念と新たな楽しみを感じていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます