第73話 絶望からの覚醒

「陛下、城門に群集が! 戦死者の遺族が中心となって……この暴動は治まりません! 多少の武力による鎮圧の許可を!」

「トウヨー王国からシュウサイについて報告せよと魔水晶がずっと……いかがしましょう!?」

「陛下!」

「陛下……」

「……陛下」


 収まらない悪い報告。それは全てが全人類の結束を引き裂いていく。

 本来、リーダーシップを取ってそれを収めるべき帝国の上層部も、言葉数も少なくなり、ついには一人、また一人とその場にへたり込んでしまう。

 特に今回のように「発端は帝国の不祥事」から全て始まったことであり、なおさらであった。

 

「うお、ああ……もう、ダメだ……」


 玉座で完全に項垂れてしまう皇帝。

 その言葉を受けて、もう立ち上がる者、声を上げる者はいない。


「終わりだ……世界は……人類は……」


 誰もがもはや絶望し、そして諦めていたのだ。

 玉座の間にはただ絶望だけが埋め尽くされている。 

 しかし、その時だった。



「父上!」


「……ん?」



 玉座に勢いよく入り込んでくる若き声。

 皇帝が顔を上げると、そこには何かを決意したように厳しい瞳をギラつかせるラストノが居た。

 全身を輝く甲冑で纏い、そしてその腰元には剣。


「王子……」

「……王子」


 まだ何の権限もないラストノがこの場に無断で入り込むことは本来あまりよろしく思われないが、今となってはそのことを咎める者も誰もいない。

 そんな中で、ラストノは真っすぐと父である皇帝の眼前に立ち……


「父上……。八勇将の一人、太陽勇者テラ様についてのことですが……」

「……はァ……」


 一度顔を上げた皇帝だが、すぐに深いため息をついて、また項垂れる。


「今はもうそんなことどうでもよかろう……早くここから出て行け」


 と、ラストノの問いに拒絶した。

 そう、皇帝となっては「こんなときに、もうそんなことを話している場合でもないだろう」というところ。

 しかし、ラストノはそこで引き下がらなかった。


「そんなことではなく、重要なことです! 何故ならば、全てはそこから始まったと聞いております! そこにどのような思惑があろうと、正しかったか正しくなかったかは別にして、今その影響がこの状況を作り出し、世界の全人類が責任を問うております!」


 声を荒げるラストノ。

 それを意外に思い、項垂れていた他の大臣や軍関係者たちが次々と顔を上げる。

 

 神童と呼ばれた才能溢れる青年。それだけでなく心優しく、常に国のこと、民のこと、世界のこと、人類のことを思いやる、将来を嘱望された逸材だった。


 しかし、そのあまりにも優しすぎる心ゆえ、どこか遠慮がちで、自分の主義主張をあまりできないところがあり、あまりリーダーシップを取ることができないというのを皆が心配していたところだった。

 そんなラストノが実の父とはいえ、多くの臣下が居る中で大帝国の皇帝に対して強い言葉をぶつけたのだ。


「ああ~、うるさい! 今はそんなこと言ってる場合ではないというのに、だから、それがどうしたというのだ!」

「重要なことです! そのことが、先生……いえ、ボーギャック大将軍、ギャンザ将軍がこうなってしまっていることにも、そしてこの大戦の大敗にも繋がっています」

 

 ただ、そんな息子の変化を今の追い詰められている皇帝には煩わしいだけだった。


「ああ、そうだ! テラは危険であり、連合の結束にヒビを入れる可能性があった! だから、ああするしかなかった! その過程でどれほどの議論があったかも知らずに、ゴチャゴチャ言うでない! とにかく、お前はさっさとこの場から―――」

「そうですか……やはり真実でしたか……。その言葉だけを知りたかったです、父上……いえ、皇帝陛下」

「あ?」

「全ては皇帝の許されざる決断……その責任、報いはやはり取らねばならないでしょう」


 すると、そこでようやく皇帝も息子であるラストノの様子が変だということに気づいた。

 だが、気づいたときには既に――――



「あなたに、皇帝の資格などないッ!!!!」


「かぺっ!? ……え……ラス、ト……?」


「「「「「え………………」」」」」

 


 皇帝の首が、ラストノの剣によって両断された。


「あ……え?」

「な……あ……あ……」

「そん、な、なにを……王子……あ、ああ!?」


 一瞬何が起こったか分からない臣下たち。

 あまりにも突然のこと過ぎて、誰も反応できなかった。

 だが、目の前に転がる皇帝の首。血に染まるカーペット。

 その全てが目の前の状況を現実だと突き付け、次の瞬間には…… 



「「「「陛下ァあああああああああああああああああああああ!!!!!」」」」」



 家臣たちの叫びが響き渡った。


「ラストノ王子、ご、御乱心を! な、何故、何故!」

「陛下! 陛下あああああ!」

「何ということを、王子! 気は確かですか! なんということを!」


 もはや混乱するしかない家臣たち。

 中には何十年も仕えたであろう家臣も居る。

 この巨大な帝国を、偉大なる勇者たちと共に納め、導き、そして人類の中心となって魔王軍打倒を掲げていた偉大なる皇帝が、まさかの死。

 パニックになり、発狂し、涙を流しながら叫ぶ家臣たちばかりだった。

 だが……


「何をしているのだ、あなた方は! 今、こうしている間にも、数え切れぬほどの人類が殺され、蹂躙されているというのに! 皇帝だろうと、命の価値は同じ! たった一人の皇帝の死で騒ぐ頭と心があるのなら、もっと騒いで動くべき状況だということが何故分からない!」


 その全てを、ラストノは圧した。


「今この状況の中で、連合軍が動けない……動かすことができない。それは、帝国の不祥事が明るみに出てしまったから……ゆえに、今はどんな形にせよ、責任を全人類に示さねばなりません」


 ラストノは転がっている皇帝の首を両手で持ち上げ、掲げる。



「その賠償含めて、帝国はどれだけ傾くかは分かりませんが、今はその試算の前に……まずは責任を取って『全ての元凶』である皇帝の首を掲げます! それを持って謝罪、そして我ら帝国が生まれ変わることを示し、再び戦う意思を世に示すのです!」


 

 呆然とする家臣たち。気づけば涙すら止まっていた。

 リーダーシップを取ることができないと心配されていたラストノ。

 その唐突の行為がとんでもないことだというのは別にして、どこか不思議とその言葉には頼もしさがあった。



「人類を、連合軍を立て直します!! 我ら人類はまだ負けていません!! 戦うぞッ!!!!」



 そして、誰もが諦めていたが……本当は諦めたくなかった……ただ、自分たちだけではどうしようもないと思っていた。

 しかし今、こうして立ち上がったラストノの姿に、その場にいた家臣たちは心の底から湧き上がる衝動を抑えきれなかった。

 これを待っていた。

 その想いと共に、



「「「「「応ッッッッ!!!!!!!!!」」」」」



 皆が感化された。

 

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