第72話 王子への選択
「嘘だウソだウソだウソだウソだウソだウソだ……先生が殺されるなんて……ボーギャック先生が……」
シーツを頭まで被り、全身を激しく震わせながら、帝国王子のラストノは大粒の涙を流していた。
もっとも慕い、尊敬し、そして憧れた偉大なる勇者。
自分がこれまで出会った人物の中でも最強の存在。
頼もしく、豪快で、そんな人物の弟子になれたことを誇りと思っていた。
それが……
「ラストノ王子は?」
「メイド長……眠っていらっしゃいます。無理もありません、私だって倒れこみたいです」
部屋の外からメイドたちが自分を気に掛ける声が聞こえる。
ラストノは別に意識を失ったわけではない。いや、意識を失えたらどれほど楽か。
受け入れられない現実に震えと過呼吸が続き、頭がおかしくなりそうだった。
さらに……
「あの、メイド長……ギャンザ将軍は……その、ご無事だと思いますか?」
―――ッッ!!??
震えていたラストノはその瞬間震えが吹っ飛び、被っていたシーツから顔を出し、背中を起こした。
そう、ボーギャックと共に行動していた中に……
「そのことは他の方ともお話ししたのだけど……もし、ギャンザ将軍も討たれていたのなら、ボーギャック将軍と同じように首を晒されたはず……それをされなかったということは……」
「はい、そう考えると、ギャンザ将軍は生きていらっしゃると考えるのが……」
ラストノの心臓が高鳴った。それは絶望の中の希望。
(嗚呼……ギャンザ姉ぇ……生きて……いるよね? ギャンザ姉ぇが死ぬはずが……先生に続いて、ギャンザ姉ぇまでそんなこと、あるもんか! 僕はまだ、ギャンザ姉ぇに自分の気持ちを―――)
ボーギャックと同じようにラストノにとっては師であり、そしてさらにギャンザは姉でもあり、そして純粋に真っすぐに育ったラストノの初恋相手でもある。
帝国の王子として自由な恋愛は許されず、ラストノには多くの縁談や仲の良い幼馴染もいる。
しかし、それでもラストノの初恋は幼いころから今でも続いており、将来は自分の妻として、后として、共に人類を守り、魔王軍を打倒し、平和を築き上げたいと夢見ていた相手。
だから……
「でも、生きていらっしゃることは何よりも……しかし……軍の方々は言っていたわ。生け捕りされた方が恐ろしいと」
「あ……」
「どれほどの尋問、拷問が……いえ、それだけでないわ……」
ラストノは再びハッとして顔を上げ、そして徐々にまた小刻みに体が震え出した。
そう、それは軍関係者たちが王座の間にて話をしていたように、「情報を聞き出す」ということのためにありとあらゆる手段を講じられるということ。
だが、「女」であるメイドたちが抱いた恐怖は「痛み」による拷問ではなく……
「ギャンザ将軍はお美しい方です。魔族にそのお身体を……慰み者に――」
―――ッッッッ!!!???
その言葉の意味が分からないほど、ラストノも幼くはない。
そして、その可能性が非常に高いということも。
「戦争になれば、そういった凌辱は常だもの……」
「ええ。以前も、ゴブリンやオークの群れに辺境の村や町を襲撃され、住民の若い娘は全て犯されたり、拉致されたり……」
メイドたちはラストノが深い眠りについていると思っていたため、そんな会話をよりにもよってラストノの部屋の扉の前でしてしまった。
「うそ、だ……あ……嗚呼……ひっ?!」
そして、ラストノは想像してしまった。
最悪の状況を。
自分が幼いころから恋焦がれていた美しきギャンザ。
それが、醜悪なゴブリンやオークに鎧を剥ぎ取られ、無理やり―――
「あッッッ―――――――」
その瞬間、ラストノは耐えきれずに自分の額を壁や地面に叩きつけて死にたくなった。
再び発狂して、もう壊れてしまいそうになった。
だが、その時だった。
――ラストノ王子……御無事でしょうか?
「ッ!?」
そのとき、声が聞こえた。
ハッと辺りを見渡す。
「その声は……」
聞き覚えのある声。いや、良く知る声。
ベッドの脇にある魔水晶。
いつでも、親しき者たちと離れていても繋がることができるようにと持っていた魔水晶。
そこにはよく見知った男が映っていた。
――ゲウロにございます、王子……良かった、まだご無事でしか……
「ゲウロ、君の方こそ! 戦争はとんでもないことに……でも、そうか、君もまだ無事で……その、ゲウロ……先生が、ギャンザ姉ぇが……」
その男も八勇将の一人で、帝国を支えて人類を守る勇者。ラストノもボーギャックやギャンザ同様に尊敬している英雄。
その男がまだ無事であることが分かり僅かに安堵するも、すぐにラストノはこの悲劇をゲウロに泣きつこうとする。
だが……
――王子、今はゆるりとしている場合ではありません……帝都でも暴動が起きていると
「え? あ、ああ……そう、みたいだね。そういえば、まだ外も騒がしくて……僕ももう何が何だか……」
――ラストノ王子……我らの力不足と私の失態で、もはや八勇将は崩壊。連合軍は大幅な戦力ダウンと共に、魔族どころか全人類からの非難の声をぶつけられましょう……テラのことについても
「……ッ……それもキハクが言っていたけど……ソレも本当なの?」
――はい……テラが魔族と通じており……皇帝陛下のご判断で……その密命をボーギャックが受けて……いえ、それは言い訳にしかなりませんな。お二人を止めることができなかった私も同罪
「え? じゃ、じゃあ本当なの!? 父上が……父上がそんなことを?! 本当に……本当に! それに先生まで……そ、それじゃあ……それじゃあ、勇者テラも―――」
――いずれにせよ、時間もありません。ラストノ王子、今から私の言うことをよくお聞きください。くれぐれも他の者には内密に
「ゲウロ、一体どういう―――」
――重要なことです。どうか、これからお話しすることは王子の中で、そしてお考え下さい!
ラストノとしても聞きたいことが山ほどある。しかし、どこか慌ただしい様子のゲウロに急かされる。
「ラストノ王子、目を覚まされましたか? どうされ――――」
「ッ、うるさい! 放っておいてくれ! 誰も部屋に近づかないで!」
「あっ、しょ、承知しました、失礼いたします」
いずれにせよ、今は言われたとおりにするしかないと、いつもは使わない乱暴な口調でラストノは部屋の外にいたメイドに部屋から離れるように命じる。
そして、それを確認して改めて魔水晶に……すると……
――此度の敗戦……さらに、魔族に唆された元クンターレ王国民たちの情報工作員たち……そして、それに煽られて怒りを発散させる民たち……もう、この怒りはちょっとやそっとでは収まりません。目に見えるケジメ……そして、今の人類の感情を上書きするような何かが必要です……
「唆され? え? だって、クンターレの民は―――」
――王子、今は私のお話をお聞きください。王子には……つらい選択と重荷を背負うかどうかの選択をしていただくことになります……逃げだしたくなるかもしれず、そして私にそれをお止めすることはできません
「ゲウロ一体、な、何を……」
――しかし、もしその地獄の道を進まれる覚悟をしていただけたならば、このゲウロが全ての魂と命を捧げてでもお供いたしましょう! 再び人類が結束し! 本気で人類を守り、魔王軍を打倒するために!
「だ、だから、ゲウロ、な、なにを……」
――それと、まず一つご安心を……ギャンザは生きており、恐らくはトワイライトやガウルといった、良識ある魔将軍に囚われているでしょう(知らんがな、これは賭けだ……)
「ッ?! ギャンザ姉ぇが!」
――あの二人は凌辱や拷問といった行いを嫌う将軍……自由はないでしょが、ギャンザは無事のはず……であれば、王子がその道に進まれるのであれば、救うチャンスもありましょう!
ゲウロはラストノに選択をさせるようで、選択の余地などなかった。
純真で無垢で、正義感もあるラストノは、誘導されるしかなかった。
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