第69話 遺言

 魔王城の地下深くにある牢獄。

 特別な魔封印が施され、その中では六煉獄将ですら魔法を使うことは不可能。

 その特別仕様の檻の中で、全身を何重にも強固な鎖で縛られた、全身重度の損傷をした状態の男が一人。


「おわりじゃ……あひゃ……人類終わり……あひ」


 それは、大戦の歴史に深く、そして長く名を残し続けた英雄。八勇将の一人であるシュウサイ。 

 種族問わずに、魔導士としての極みとも言えるほどの領域に辿り着いたはずの男。

 しかし、ソレほどの男が年齢が一桁の少女に魔法合戦で完膚なきまでに叩きのめされ、瀕死の重傷と共に廃人になりかけていた。


「ある意味、わらわも見たくもなかったのじゃ……貴様がここまでになるとは……」


 牢獄の外から、そんなシュウサイを痛ましく眺めるトワイライトと、その傍らのガウル。

 八勇将の中ではボーギャックよりも長く戦争に携わってきた存在であり、魔王軍としてもシュウサイとの戦いは長かった。

 ある意味では、魔王軍にとっては最も長く関わり続けた宿敵ということもあり、そこには「ただ殺したい敵」という以外の想いも無いわけではない。

 憎むべき敵でありながらも魔導士としては一目置くべき程の実力者。

 それゆえ、それほどの男が惨敗して壊れかけている姿に、どこか複雑な心境だった。


「そのまま聞け、シュウサイ。地上の戦もほぼ終わりが見えた。連合軍の敗走に対して、徹底的な掃討。既に八勇将のシィンデールも討ち取ったと先ほど聞いた……もう、終わりだ。貴様らは」

「あう、あ……ッ!」

「そして、貴様も終わる。処刑はせんが……貴様は終わる。改造を施し、貴様の脳内の膨大な情報全てを吐き出させる」

「……ん、あ、いう、え、お」

「貴様の心が完全に消え失せる前に……何か言い残すことでもあれば今のうちに言うが良い。わらわも貴様とは付き合いが長いからな……」


 慈悲ではない。だが、哀れみはあった。

 宿敵がこれから待ち受ける運命に対して。

 敬意を表して一思いにということも許されぬ人生を送ることになる。

 だからこそ、せめて何か遺言のようなものがあるかとトワイライトは自ら足を運んでシュウサイに問うた。

 すると、廃人化していたシュウサイはその瞬間だけハッとしたように顔を上げた。

 そして……


「……はっ……のんきじゃ……きさまらは……おわりは、きさまらもじゃ」

「なに?」


 シュウサイが揺らいだ瞳でトワイライトに対してそう言い放った。


「ワシらは終わりじゃ……し、かし、貴様らも終わりじゃ……あの弟妹……人類を滅ぼす大罪人……じゃが……貴様らにとっても同じ……魔族もまたあの弟妹に滅ぼされる」

「……なんだと?」

「きさ、まら、あやつらを引き込んで飼おうとしても無駄じゃ……バケモノじゃ……アレは恐ろしいバケモノじゃ……分からんか? あの二人は未熟! 粗削り! 訓練も実戦経験も不足! つまり……つまり、才能だけで儂とボーギャックを倒したのだ! その恐ろしさ、貴様なら分からぬはずなかろう!」


 壊れ狂ったように発狂しながら喚き散らすシュウサイ。

 あまりにも痛々しい姿で、ただの負け惜しみ……とトワイライトには言い放てなかった。

 実のところ、トワイライトにも不安があったりもした。


「あの二人はまだ伸びる! 力を付ける! 知恵も着ける! それがどういう意味か分かるか? あの二人を止められるものがこの世にいなくなる! 身内が死んだ……悲劇じゃのう! しかし、今の戦乱の世では吐いて捨てるほどありふれた理由! その理由だけであやつらは、故郷を滅ぼした! 人類史に語られる史上最強の勇者のボーギャックを仕留めた! ワシをも圧倒した! その恐ろしさを貴様らは分かっているだろう!?」


 激しく捲し立てるシュウサイの言葉をトワイライトとガウルは噛みしめる。

 そう、昨日は胸が高鳴り、そして魔界を救ったエルセとジェニに心からの感謝と敬意を評した。

 魔界勇者と称えたことも、敬礼した心にも一切の嘘はない。

 だが、ソレはソレとして、エルセとジェニに対する扱いを考えなければいけないというのも事実だった。


 ある意味で、気分次第で種族の歴史を大きく変え、国すらも亡ぼす弟妹。


 その恐ろしさがどれほどのものか、長く人類と戦っていた六煉獄将にも八勇将にもよく分かっていた。

 簡単に国も滅ぼすことも、互いの大将軍も討ち取ることもできない。簡単に歴史も変わらない。だからこそ遥か昔から人類も魔族も戦争を続けていた。

 しかし、エルセとジェニが関わったことで、世界の歴史は大きく変わった。言ってみれば、あの二人が憎しみを抱いただけで人類は滅亡するかもしれない極致に追い込まれているのだ。

 それは、魔族にとっては一言で幸運とは言い切れない。

 シュウサイの言う通り、何かの間違いでその牙が自分たちにも剥くかもしれないのだ。


「ふん……そうならないよう、我が妹にはしっかり言い聞かせておるわ」

「無理だ! あれは人でも魔族でもない……バケモノだ……飼いならせぬわ! 滅びるわ! 人類も! 魔族も! このヒトの世が滅ぶわァ! わは、終わりじゃ終わりじゃ! ぐわは、わはははははははは!!!!」


 それが、シュウサイの自らの意志で放たれた最後の言葉だった。

 そこからシュウサイは狂ったように笑い続け、もう完全に心も精神も崩壊してしまった。












 一方その頃……


「クローナ、こ、これはァ!?」

「えへ♥ ウロボロスと呼ばれるそうです……えへ、んちゅっ♥」

「ッッッッッッ!?」


 そのバケモノの一人はお姫様の尻の下に居た。











――あとがき――

エルセとクローナのバカップルは今どのようなことになっているか? ヒントは、この話は何話でしょうか?

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