第57話 魔界勇者

 エルセの風林火山とは別に開発途中だった新たな必殺技。


 それは、雷。


 自身を雷化することで、攻撃力の向上に加え、その速度は風をも上回る異次元のスピードを可能とする。


 だが、それをエルセは実戦でまだ使用したことも無ければ、開発途中であり、何よりも危険であった。


 その速度は「自分でも速すぎて何も分からない」という難点もあり、なによりも人間の限界を超えたスピードによる反動はエルセの成長期の身体を容赦なく痛めつけ、訓練途中の実験でしばらく寝込んでしまったほどである。


 全力で使えば、自分の全身の筋肉が引き裂かれ、その速度で繰り出した攻撃に自身の骨も耐えられずに砕かれてしまうだろうということが、エルセには予期できた。


 それゆえに、危なすぎて使い物にならない……と、まだまだ使えるものではないというような未完成の技だった。


 しかし、リスクを恐れず、一度発動し、そしてその攻撃をくらったならば、一撃必殺。



「がっ、は、き、さま……ぐっ……」



 本来、いかに雷の速度であろうとも、正面から使えばボーギャックほどの経験値ならば、冷静に対応すれば勘や予測で対応できた可能性が高かった。

 完全防御の姿勢を崩さずに耐え抜けば、エルセは勝手に自滅するはずだった。

 しかし、ヤオジの行動によって生じた、ボーギャックの一瞬の隙を、エルセは逃さなかった。

 そして、その隙によって自分が受けたダメージ、衝撃、動揺から一気に叩き込まれ、勢いで押し切られてしまった。


「あぅ……あ……こ、ぞ……う……」


 そして、全てを決した。

 エルセの攻撃が、ボーギャックの心臓を穿ったのだ。


「そ、そんな……あ……あ……」

「ぼ……ボーギャック様……が……」


 人間が心臓を穿たれる。それが何を意味するのか、誰の目にも明らかである。

 しかし、ソレをボーギャックの配下の兵たちは信じられなかった。

 ただ茫然とし立ち尽くし、同時に王都の民や王都の兵や、六煉獄将のガウルですらも言葉を失った。


 現在、魔王軍の最大最強の宿敵でもある八勇将の筆頭であり、これまで数多くの魔族を葬り去ったボーギャックの心臓を、人間の青年が穿っているのである。


 状況の理解、そして興奮で、誰もが言葉をうまく発することができなかった。



「ッ、エルセが……エルセッ! なんということです! エルセが……あのボーギャックを……」



 最初に言葉を発したのは、ボーギャックに飛ばされて全身を打ち付けたクローナである。

 その表情は驚きと同時に、徐々に歓喜の笑みが浮かんでいく。

 そして……


「きさ……ま……理解……でき、て、いる……か? ひと、の、めい、うんを……ほろ、び……」


 心臓を失ってもまだ絶命にまで至らないボーギャックだが、その命運は誰の目にも明らか。

 風前の灯の命の中で、ボーギャックがエルセに向かい何かを言っている。



――自分のしたことを理解できているのか? お前はたった今、人類の命運を大きく狂わせてしまった……お前の所為で人類は滅びるのだぞ?



 地上では、甚大な被害と多くの死者を出すであろう総力戦の中、大幅な戦力ダウンを覚悟で魔王都に乗り込んできたボーギャック達。

 しかし、シュウサイは瀕死に追い込まれる敗北をし、そして自分もまた大魔王や六煉獄将を討ち取ることもできぬまま、同じ人間に殺されてしまう。

 作戦の失敗と、八勇将の崩壊。

 それが何を意味するのか分かっているのかという想いをボーギャックは叫びたかった。

 だが、もはやまともにしゃべることができず、それどころか……



「知るかよ。もう、テメエらに何も奪わせねえよぉ!」


「ッ!?」


「ジェニも、クローナも、ザンディレもプシィも……そして……この地も! もうここしか俺とジェニにはないんだからな! だからもう、何も奪わせねえよ、変態クソ野郎がぁ!」



 エルセには関係ないことだった。


(……なんということだ……終わりだ……まさか、こんなことに……)


 もはや交わせる言葉すら出てこない。


(私が……すまぬ……陛下……すまぬ……皆よ……すまぬ……人類よ……王子……)


 薄れゆく意識の中で最後にボーギャックの脳裏に過ったのは、主である皇帝、共に多くの戦場を駆け抜けた仲間、守るべき民、そして自分を慕ってくれた王子のこと。

 そして……


(魔族をひたすら斬った……殺した……全ては魔王を……魔王軍を……人類のためにと……その私の最後が人間に殺されるとは何とも滑稽な……勇者としてこれほど情けない話は……いや……もう勇者ではないか……)


 同時に走馬灯のように自分の人生が現在から過去へと……


(何も奪わせないか……そういえばいつからだったか……投降した捕虜を心傷めず蹂躙できるようになったのは……いつからだったか……捕えた魔族のオナゴを犯すことに快楽を覚えたのは……いつからだったか、私の部下にはソレを楽しむものばかり集まり……私も一緒になって笑っておるようになったのは……)


 何故か、その途中で不意にボーギャックは涙が浮かんで……



(いつだったか……ヒアイとミラハの笑顔を思い出せなくなったのは……)



 全ては自分から始まってしまったことに、改めて後悔するしかなかった。


(……ふっ……変態クソ野郎か……そうじゃなあ……私は……勇者などではなくただの……それなら、向こうで会えぬかもしれぬなぁ、ヒアイ……ミラハ……私は勇者などではなかった……地獄に……しかしいつか―――――すまん……テラ……貴様の弟妹はとんでもない二人じゃったよ)


 だが、同時にどこか心の解放があり……


「小僧! お前はぁ、人であれ、魔族であれ……私のようになるでないぞぉ!」

「……ボーギャック?」

「失った……者の、笑顔を忘れるような男の道を歩むでない!」


 そして、最後の命を振り絞って、ハッキリとそう叫んで、ボーギャックは最後に笑みを浮かべた。


「ボーギャック……」


 ボーギャックの最後の言葉の意味や、どうしてボーギャックが自分にそんなことを言ったのか、エルセにはまるで理解できなかった。

 だが、何故かソレがエルセに突き刺さった。

 そして、何かが奥底からこみ上げてきて……

 

「はあ、はあ、はあ……うおぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 逝く寸前に最後にボーギャックが見たのは、本来は人類最強最高の勇者になれたはずの青年の血塗れの咆哮だった。


「エルセ……ッ、エルセッ!」


 見るもの全てを振るいあがらせるその歴史的な大偉業。

 クローナは痛む体に鞭を打ってエルセに駆け寄り、その痛々しく傷ついた体を抱きしめる。


「ありがとう……エルセ」

「クローナ……ッ……あ、……ああ」


 触れられただけで全身に激痛が走るエルセだが、もう身動きとらず、ただその体をクローナに預けて、小さく笑って頷いた。

 その目に、ほんの少しだけ誰に向けた何の感情か分からない涙を浮かべながら……


「エルお兄ちゃんッ!」

「親分ッ!」


 その場に、安堵の笑みと涙を浮かべてジェニとプシィも走りだす。

 そして……


「坊や……いや!」


 皆と同じように一部始終をその目に焼き付けたガウルも興奮を抑えきれないでいた。


(信じられない……キハクや姉上ですら討ち取ることのできなかったあのボーギャックを……この街を……民を……魔界を救った! ありえない……彼は人間だぞ? だけど……だけど……この姿を他に何と呼ぶ?)


 そして、抑えようのない想いを吐き出すかのように、先ほどジェニのことでクローナがやったように……



「人類最強の勇者にして、八勇将の一人であるボーギャックを、我が義弟のエルセが討ち取った!」



 剣を掲げ、王都中に響き渡るほど声を上げて叫び……



「新たなる……新たなる英雄! 『魔界勇者エルセ』に我らも続くのだッッ!!!!」


「「「「ッッッ!!!???」」」」



 エルセを英雄であり、自分たちにとっての勇者であると示したのだ。

 その時、一瞬どう捉えるべきなのか、民たちも困惑してすぐに反応できないでいた。

 だが……


「うおおおお、そうだー! あの兄ちゃんは、すげえ! ジェニとあの兄ちゃんが、オイラたちの英雄なんだ!」

「そうだそうだー!」

「あのお兄ちゃんを守って、お父さん、お母さん!」

「ねえ、とーちゃん、いいでしょ、ねえ!」


 エルセとジェニに救われた無垢な子供たちがガウルの示しに笑顔で声を上げた。

 そして……


「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」」」」」


 少し遅れてその場にいた民や兵たちも呼応するように歓声を上げた。

 その状況に改めて興奮を抑えきれないガウルは、もはや怪我の痛みも吹っ飛び、再び剣を構え……



「なれば、ここからは我らの責務! 残党を一人残らず掃討せよッッ!!」


「「「「うおおおおおおおッッ!!!!」」」」



 残るボーギャック兵たちへと果敢に向かっていった。


「うそだ……ボーギャック様が……」

「あ、う、あ……シュウサイ様も倒れ……終わりだ……」

「もう、終わりだ……人類はもう……終わりだ」


 そして、ボーギャック兵もまた、自分たちの頭であり、そして人類の希望の象徴であるボーギャックが討ち取られたことに現実を受け入れられず、ただ力なく立ち尽くし、もはや戦意もなく、抗う気力もなく、完全に心が折れてしまっていた。


「やったか……ッ……ぐっ、体が……」

「エルセ、大丈夫ですか? もう、よいのです! 嗚呼……こんなになるまで……でも、あなたのおかげで……あなたとジェニのおかげでこの戦いは……」


 エルセに感化された魔族たちが最後の掃除をするかのように動き出す様子を眺めながら、エルセはフラフラとして意識が飛びそうになる。

 そこにジェニが駆け付け、


「エルお兄ちゃん、大丈夫! 魔法! さっき、覚えた回復の―――」

「っ、待て、ジェニ、俺は大丈夫、だから……先に……アッチを……」

「え?」


 先ほどシュウサイが回復魔法を見せたことで、それを真似してエルセを治そうとするジェニだったが、それをエルセは制止し、代わりに顎ですぐそばに倒れているヤオジを指し示す。

 

「……その方は……まだ息が……でも、少しずつ……」

「ジェニ、頼む」

「……うん……わかった」


 エルセを助けるためにボーギャックに立ち向かったホブゴブリンのヤオジ。

 もし、アレが無ければエルセは殺され、そして今この場の戦況はなかった。

 ジェニもエルセのその頼みを迷わず頷き、そして血を流して弱っているヤオジに手を翳す。

 すると……


「あっ……顔に生気が……すごいです、ジェニ……見ただけで……」

「この人は助ける。死なせない。エルお兄ちゃんを助けてくれた……………お姉ちゃんの時とはもう違う。たすけられるもん!」


 今にも逝きそうだったヤオジの顔が少しずつ安らいでいく。

 ジェニもまた、エルセに言われたからではなく、想いを込めていた。

 自分たちを守るために傷つき、そしてそのまま死なせてしまったシスの時のことは、ジェニにとっては一生忘れられない傷。

 だからこそ、今度こそそんなことはさせないと、自分の力を振り絞る。


 その様子を見て、クローナは涙が堪えきれなかった。


 自分たちの世界を守るために、戦い、傷つき、そしてこうして癒そうとまでする二人の姿に。


 その想いを噛みしめながら、既に戦況が決してボーギャック隊も次々と投降し、そして……



――クローナ様……


「ッ、ザンディレ!」


 

 自分にテレパシーで届く声。

 それは、八勇将のギャンザを連れて一騎打ちをしていたザンディレの声である。

 


「ザンディレ、そちらは……」


――何も問題ありません。少々苦戦しましたが……八勇将ギャンザ……半殺しにして捕えました


「ッ! そうですか……流石は私のザンディレです! あなたも新たな英雄に―――」


――御冗談を。私は称号よりクローナ様にお仕えできるのが至上の悦び。それよりも、そちらも……


「ええ。終わりました!」



 それは自分が最大の信頼を置くものの勝報であり、その報にさらに歓喜したクローナはその場にいた皆に向かって……



「これは新たなる伝説の始まり! そして、この場にいる勇敢なる全ての魔族と私たちの勇者と共に掴み取った、私たちの勝利ですッ!!!!」


「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」



 勝鬨を上げたのだった。







――あとがき――

そして、伝説は始まった……って感じです。

もうちょい頑張っていきますので、引き続きよろしくお願い致します。



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何卒ぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!

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