第50話 才能

 エルセがこれから戦う敵は、紛れもなく自分の人生において最強。

 人類最強の勇者。

 様子見は不要。

 最初から全開で行く。


「風林火山! 見せてやる怒涛の攻め! 侵掠すること火の如く! 百火繚乱拳ッ!!」


 全身に荒ぶる炎を纏い、その滾った拳で真正面からボーギャックに殴り掛かるエルセ。

 その力、ボーギャックは刮目する。


「おお、肉体活性からのさらに属性の付加……魔法拳士タイプか……」


 真正面からの小細工なしの拳の連打。

 そんなもの簡単に当たるわけがない。ボーギャックは正確に見切って最小限の動きで回避。

 しかしエルセは構わずに連打する。


「……やりますね」

「うむ。それに纏っている火属性の力もなかなかの火力じゃ。身体活性も目を見張るものがある。あの小僧、才能あるぞ。なるほど……テラの弟か……」


 エルセの攻撃はヒットしないものの、それでもエルセの力には目を見張るものがあると、ギャンザとシュウサイ、更にはボーギャック隊たちもどよめく。

 それは当然その力を向けられているボーギャックも同じだった。


(やりおるわい。テラの弟……テラがかつて自分の弟と妹の才能は自分以上とか言っていたが、身内贔屓ではなくやはり……まだまだ発展途上の粗削り……実戦経験も乏しいであろう……だが、あと数年もすれば……)


 ボーギャックはエルセの力に将来性を感じ、テラのことも思い出し、そして……


「だからこそ、今摘み取っておかねばならんなぁッ!!」

「ッ!?」


 次の瞬間、ボーギャックは足を止める。

 そして手に持った大剣を大きく振りかぶり、正面から向かってくるエルセを迎え撃つように……


「さらば、小僧―――――」

「林! 柳風ッ!」


 だが、エルセはその剣に対し、咄嗟に火を解き、代わりに脱力。

 その完全なる無防備の姿にボーギャックはハッとし、そして次の瞬間驚愕する。

 完全に斬り裂いたと思ったエルセに対して、まるで手ごたえを感じないからだ。

 それが意味することは一つ。


「ッ、こ、こやつ、私の剣を受け流したッ?!」


 そう、火から林への変化。


「おお、親分ッ! アレは拙者にも見せて下さった、あの!」

「エルセッ!」

「エルお兄ちゃんッ!」


 そして、剣を振り切った状態のボーギャックは完全に無防備。

 その隙を逃してなるものかと、エルセは……


「風ッ! 風刃烈断!」

「お、お、ぬぉおおおおおおっ!」


 最速で、もっとも切れ味鋭い風の手刀をボーギャックの首目がけて放つ。

 硬直した身体で無理やり首だけでも仰け反らそうとするボーギャックだが……


「ッ、しょ、将軍ッ!?」

「何とっ?!」


 次の瞬間、鮮血が飛び散り……


「ぬお、お、……おおおっ!」

「ちぃ!」


 ボーギャックの首筋を紙一重で両断を免れるも、紙一重で鋭い斬撃をエルセボーギャックの首に刻み込んでいた。


「っっ……小僧がぁぁぁあ!!」

「ぬおおおっ!?」


 両断を免れ、ボーギャックは力任せに剣の柄をエルセに叩き込んでふっとばした。

 これはエルセも受け流す暇もなく地面に叩きつけられて転がっていくが、すぐに立ち上がって再び構える。


「ちい……もうちょいだったのに」


 もう少しで討ち取れた。

 悔しそうに歯噛みするエルセ。


「こ……小僧……」


 だが、その状況にボーギャックも、そしてギャンザやシュウサイやボーギャック隊、それどころか魔王都の民たちも驚愕していた。


(素手でこの私の肌に傷……いや、それどころか今、久々に死を予感した……油断などしていなかった。だがそれでも、あと少し回避が遅ければ……)


 戦場では僅かな油断が命取り。

 百戦錬磨のボーギャックが油断等することは無かった。

 たとえ、それが民や非戦闘員を凌辱しているときであっても、暗殺や毒などを含めた警戒は怠っていない。


(こやつ……才能はテラ以上どころか……我が帝国にて神童と呼ばれている『ラストノ王子級 』の才を持っているかもしれん……それが敵になるというのであれば、今確実にこの場で殺しておかねばならん!)


 だからこそ、これは油断ではなく、見誤っていたのだ。

 エルセの力を。

 テラへの罪悪感やエルセとジェニへの同情を頭から抜き、殺すべき敵であると改める。

 そしてそれは……


「我々の目的はあくまで大魔王……ここで無駄に消耗するわけにもいきませんし――――!」

「ぬっ、あ、ちょ、待てい、ギャンザ!」


 他の八勇将も同じ。

 ギャンザがボーギャックの言葉を無視して、剣を持ってエルセの背後に回り込んで、その首を―――


「親分になにするでござるぅぅううう!」

「ッ!?」


 その、エルセの首を刎ねようとした剣を、憤怒に染まったプシィが受け止めた。


「おお、ギャンザの剣を止めおった……虎人族か……って、ヲイ! ギャンザ、手ぇ出すでない! この小僧は私が――――」

「ここで無駄なことをするではないぞよ、ボーギャック! 地上で戦う仲間たちのためにも、人類のためにも、儂らは今日確実に魔王を葬らねばならんのじゃ!」

「ぬぬ、シュウサイ……」


 ボーギャックは一騎打ちでエルセに引導を渡そうとしたが、ギャンザに続き、シュウサイもそれを否定。

 正々堂々などと言っている状況ではないと、構わず詠唱を唱える。


「火だろうと風だろうと、儂が凍りつくしてくれる!」

「ああ? 何だジジイ、テメエも―――ッ!?」

「極寒地獄に飲まれて悠久に時を止めよッ!!」


 猛るシュウサイが練り上げる強烈な魔力の波動。

 それは魔族であろうと震え上がるほどの桁違いのもの。


「ちょ、な、なんです、この魔力は……ッ、一旦引くのです、エルセッ!」

「婿殿ッ!」

「ああ!? 親分ッ!?」


 それが人類最強の魔導士シュウサイの大魔力。

 既存の氷系の魔法を更に独自に進化させたオリジナル。

 渦巻く氷がエルセに襲い掛かる。

 それを……



「させない!」



 ジェニが飛び出した。

 そして……


「獄氷大殺界!」

「ごくひょーだいさ? わかんないけど、えいっ!」


 ジェニは見ただけで「全く同じ」ものをシュウサイに放ち、そして……



「は……はぁ?! な、なんじゃと!?」


「「「「「ッッッ!!!???」」」」」



 相殺したのだ。


「え……いや……は?」


 それは間違いなく、人類最強の魔導士だったシュウサイのオリジナル魔法だった。

 だが、それをジェニは「見てから」相殺した。


「な、ど、どういうことです?! シュウサイのあの魔法を……」

「ほっ!? な、なんだぁ、あの娘っ子は?!」


 人類の世界や歴史を見渡しても、シュウサイを上回る魔導士が果たして存在するかどうか。

 だが、ここに居たのだ。

 それほどの魔導士の強烈な魔法だった。だからこそ、兵たちだけでなく、ギャンザもボーギャックも驚愕する。

 強烈な魔法を放ち、そして胸張って鼻息荒くしてプンスカ状態のその幼い娘は……



「エルお兄ちゃんの敵! お前なんか、私がぶっとばすっ!」



 世界最強の魔導士相手に堂々とそう宣言した。

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