第49話 お前たちの敵だ

 魔王が言葉を発したときと同じように、また王都が一瞬静まり返った。


「……人間……?」


 ボーギャックたちにとって、戦場で自分たちに向かって敵意を持って攻撃してくるものがいるなど当たり前。

 しかし、自分たちに向かって攻撃してきたのが同じ人間であれば話は変わる。


「あぅ……あ……」

「あい……つら……」


 一方で、助けられた子供たちやその親たち、さらには王都の民たちや兵たち、そして……


「あの二人は……」


 平伏すガウルですらもその二人の登場に動揺を隠せないでいた。

 そう、その場にいた人間も魔族も誰もがこの状況を理解できなかった。


「…………分かりませんが……いずれにせよ―――――」


 分からないが、いずれにせよボーギャックに攻撃したことに変わりない。

 とりあえず、とギャンザが即座に動き、エルセとジェニの背後に回り込んで――――



「拙者の親分と妹君に手を出すなでござるッ!!」


「ッ、なっ!?」



 二人を攻撃しようとしたギャンザに対し、また新たな刃が介入し、二人を助けた。


「おお……追いついたか、プシィ」

「ん、おそい」

「申し訳ないでござる~~~って、親分たちが早すぎるでござるぅ!」


 駆けつけたのは、虎人族の剣士プシィ。

 さらに……



「まったくです、先に行くなんて……と思いましたが、先に行っていただいたことで救われたものもあったようですね……エルセ! ジェニ! 大儀です!」


「私としては姫様と婿殿には安全な場所にと思うところですが……」



 遅れながらも駆けつけてきた、クローナとザンディレ。


「あっ、クローナ姫ッ!?」

「姫様ッ?!」

「嗚呼、クローナ姫が……」


 流石に姫であるクローナがこの場に現れたことには、呆然としていた民たちもハッとする。

 ガウルたちまで破れたこのあまりにも危険で絶望的な状況下、自分たちを救うためにクローナが駆け付けたのだ。

 ありがたさとその想いに民たちは涙した。


「クローナ……っ……」

「ガウルお姉様、……なんて……ひどい」


 クローナは、鎧を剥ぎ取られて横たわるガウルの姿を見つけ、いつも心優しい笑顔を浮かべているその顔に怒りを浮かべた。

 そして同時にボーギャックたちもハッとした。



「クローナ……そうか、貴様が! ということはソレに保護されたという人間……ああ……そうか! エルセ、ジェニ! そうか! 貴様ら……テラの弟と妹か!」


「「「「「ッッッ!!??」」」」」



 エルセとジェニの正体に気づいたボーギャック。その言葉にボーギャック隊たち、そしてシュウサイとギャンザも驚愕する。


「なんと……そうか……悲劇の弟妹じゃったか……」

「遭遇するかもしれないとは思っていましたが……そうでしたか」

「おいおい、マジかよ……テラ将軍の?」

「あの噂は本当だったってのか……王国を滅ぼし、そして……王国の生き残りたちが噂している、その……」

「ばか、その話は禁止だって言われてるだろ?」


 そう、エルセとジェニが王都を滅ぼすキッカケとなり、そしてその後はクローナに保護されたことは皆が知っていた。

 そして、八勇将のシュウサイとギャンザは最初から、そしてボーギャック隊は「噂」で「テラの真相」を知っていた。

 だからこそ、この場で自分たちと向かい合うエルセとジェニに色々と思うところがあった。

 そして、ボーギャックは切なそうにエルセとジェニを見つめながら、ゆっくりと語りかける。



「初めて会うな。私はボーギャックというものだ」


「「…………? …………ッ!?」」



 そのとき、エルセとジェニは無我夢中で飛び込んでいたから、そもそも目の前の者たちが誰なのかを分かっていなかった。


「ボーギャックぅ? え、いや……え? 八勇将の……?」

「うむ。ちなみにそこに居るのが、ギャンザ。そしてシュウサイだ」

「……え!? はぁ!?」

「流石に名前ぐらいは知っていてくれているようだな?」


 エルセたちは初対面であるが、流石にその名前を知らないはずがなかった。



「ちょ、ま、待て! うそ……だろ? 八勇将筆頭の!? いや、え? どうして、ここに……しかも、そっちにはギャンザ……さらに、人類世界最強の魔導士の……なんで!?」



 今度はエルセが驚く番だった。

 いつか、兄の死に関わった八勇将にも帝国にも復讐をしてやろうと思っていた。

 だが、それはもっと力をつけた「いつか」の話であり、それがまさか向こうの方から、しかも帝国どころか八勇将の筆頭が現れるとは完全に予想外だった。


「な、八勇将筆頭の……」

「なんと……」


 もちろん、クローナとザンディレも驚いていた。


「いや、クローナ、お、お前、知らなかった?」

「い、いえ、私もまだこの三人とは戦ったことが……し、しかし、八勇将は今、魔王軍と地上で交戦中のはずでは! こちらは六煉獄将の五人が……それなのに、八勇将はテラが死に、現在七人で……その内の三人が!?」


 人類が魔王都を強襲しただけでなく、それを率いていたのが八勇将の三人だったのだから。

 ましてや現在、魔王軍と人類は総力戦のような大決戦を地上で繰り広げようとしているというのにだ。

 だからこそ……



「ふむ。確かに、我ら三人とボーギャック隊が抜きでは、地上はキツかろう。甚大な被害を受けるやもしれぬ。だが……だが、それも魔王を討ち取ればすべてが覆る! 仲間たちの尊き犠牲を噛みしめて、それでも我らは正義の―――――」


「は? つまりこいつは、地上の戦いをサボって、ここでガキを殺そうとしたり、あんな小さな子供を裸にして……! 何が勇者だ! 想像を絶するほどのとんでもねえクズ野郎じゃねえか! それを止めねえ他の二人も、兵の奴らも、ただのクズの集まりじゃねえかよ! 吐き気がすらぁ!」


「ッ、ぬっ……」



 介入した場面が場面なだけに、エルセは悍ましさと嫌悪を剥き出しにした。

 


「だが……返って納得した……こんな外道共の集まりの中じゃ、兄さんは確かに合わなかったんだろうな……外道行為を諫める兄さんを、テメエらは邪魔になって……」


「ん!? 待て、それは違うぞ。我らはそんな理由でテラを葬ったのでは―――」


「そうだろうが! だからこそ、兄さんが死んでテメエらは喜んだ! 笑った! ビトレイのクソ野郎も、そして連合軍のカス共も、皆が! 皆が! 皆が!」


「……………」


「そうだ……俺とジェニ以外では……クローナやキハクの野郎は兄さんの死を悼み……そして兄さんの死に泣いてくれたのは……『姉さん』だけだった。その姉さんも……そうだ、全部テメエらから始まったんだ!」



 そもそもの理由としては、テラが魔族に対して「和睦」、「休戦」、「友好」などの歩み寄りをできないかという思想にあった。

 テラの影響力も含めて、現在世界全体が一体となって魔族と戦おうとしている人類に亀裂を走らせ和を大きく乱すという危険性があったというのが発端であった。

 だからこそ、テラを抹消した。しかし、その死はせめて人類のための尊き犠牲として、偉大なる英雄として弔うようにするはずであった。

 だが、クンターレ王国やビトレイがそれを全て壊したことで、事態をこのようにしてしまった。

 そんなことをこの状況下でボーギャックたちが口にしたところで、何の説得力もなかった。

 ボーギャックもそのことは自覚していた。



「クンターレ王国でのことは聞いている。テラを英雄の戦死としなかったビトレイたち……さらに……シス姫の悲劇のこともな。確かに、その発端が我々連合軍の上層部と言われたら否定できぬな。だが……だからこそ、我々も我々で罪悪感は当然抱いている。だから、どうだ?」


「あ?」


「魔王は今日死に、魔界は今日滅ぶ。お前たち弟妹は、ここで大人しくしておれば、私の権限を持って保護―――――」


「ッ、ざけんなごらぁぁ!!」


 

 それ以上は我慢できず、エルセは飛び出し、ボーギャックの顔面を思いっきり殴っていた。

 その一撃をボーギャックは避けず、あえて受けた。

 

「な、しょ、将軍!」

「ボーギャック将軍ッ!」


 思わず声を上げるボーギャック隊。


「よい……」


 だが、ボーギャックは部下たちを手で制して止め、その上で改めてエルセと向かい合い……



「テメエらは、兄さんや姉さんを奪っただけでなく……まだ俺らから奪おうってのか?」


「……奪うだと? 違うであろう? 私が与え――――」


「ココを滅ぼすだと!? ざけんな! ここはクローナの……俺とジェニの家族の故郷なんだよッ!」


「……なに?」


 

 そう、たとえこの地に住む者たちが人間である自分たちを受け入れなかったとしても、ここは自分たちを受け入れ、愛してくれるクローナの故郷であり、守るべき地でもある。

 だからこそ……



「だからハッキリ言ってやる! 俺はテメエらの敵だッ! 今すぐぶっ殺してやるッ!!」


 

 相手が兄であるテラよりも上に居る人類最強の勇者だろうと、もうそのことはエルセの頭から抜けていた。

 自分は人類の、そして勇者の敵だと自分の立場をハッキリと叫んだ。

 だからこそ……



「エルセ……ッ!」


「「「「「ッッッ!!!???」」」」」

 

 

 クローナはその想いに胸を高鳴らせて打ち震え、同時にその嘘偽りのない魂の叫びは、その場にいた全ての魔族たちに響いた。

 そして……



「分かった! ならば私は人類の正義のために、貴様を葬ろう! 皆よ、手を出すでない! 勇者として堂々と一対一で引導を渡してくれるッ!」


「うるせえよぉ、変態蛆虫クソオヤジがぁッ!!」



 勇者と勇者の弟がぶつかり合う。

 同時に……


「エルセッ!」

「エルお兄ちゃん!」

「ぬおおおお、親分ッ!」

「婿殿……クローナ様、ならば我らは周りのゴミを!」


 家族たちの戦いも始まる。

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