第34話 殴らせてやる
「こいつが、テラの―――――!」
素顔を晒した俺に民衆の視線が一斉に集まる。
それは奇しくも……魔族も人間も変わらない……クンターレ王国の連中と同じ目だった。
「先に言っておくが、俺はあんたたちに殺されるつもりもないし、俺の妹に危害を加える奴は誰であろうと許さない。まぁ、ジェニはあんたたちの百倍は強いから問題ないだろうけどな」
「「「「ッッッ!!??」」」」
「ただ……その上で……そうでない限り……俺は……この地であんたたちから何一つ奪わない……クローナに誓って」
俺はその視線に対し、今の俺の気持ち、本音を吐き出した。
俺は人間だけど、この魔界で何も奪わない。殺さない。
だけど、俺も殺される気もないし、ジェニに何かあれば許さないと。
もちろん、こんなことを言えば当然火に油だというのは分かっている。
「こ、このガキぃ!」
「ふざけるな、何だその態度は!」
「人間風情が姫様に取り入り……殺されるつもりもないだと!」
「せめて謝罪ぐらいしたらどうだ! クソ人間が!」
「お前たち人間は存在だけで悪だ!」
「人間なんぞに……私たちの気持ちが分かるものか!」
まさに怒号。俺たちを飲み込まんとするほどの激しい憎悪。
ああ、分かってる。
止まらないことを。
そして、それは……
「あんたたちの気持ち……分からなくはねえ……俺とジェニはまさに……今のあんたたちと同じように止まれなかったから」
「「「「ッッ!!??」」」」
俺とジェニもそうだった。
「俺も兄さんを殺したキハクに殴り掛かった。姉さんを殺した王国の連中を滅ぼすキッカケになった。そして……帝国も……だから、俺自身は復讐のために動いたし、これからも動く。あんたたちが復讐心を抱くのを否定しないさ」
そう、結局俺たちだって同じなんだ。
復讐のために動いた俺に今更綺麗ごとを言う資格なんてねえ。
こいつらも俺たちと同じ。
だから否定なんてできるはずがねえ。
その代わり……
「そう、あんたたちを否定しない……ただ、殺されるつもりはないし、ジェニには手ぇ出すなってことだ」
否定しないが、拒否はする。
勿論そんなことを言ったところで……
「ふ、ふざけるなぁあ!」
「何だその言い草は!」
「許さねえ、テラの血縁ってだけで我慢ならねえのに、その言い草!」
「コロシテヤル! 殺してやるぞォ!」
火に油。
「エルセ、何という……下がってください! やはりここは私が!」
「エルお兄ちゃん……」
そして民たちを逆なでした俺の発言に怒ったクローナと心配そうに伺ってくるジェニ。
だけど、俺は……
「殺されるのは拒否するし、ジェニに手を出すのは許さねえ……だけどその代わり……殴らせてやるよ。あんたらに」
「「「「ッッ!!??」」」」
「俺はあんたたちに一切反撃しねえ。手も出さねえ。好きにしてくれりゃいい。その代わり、今言ったようにジェニに……そしてクローナのことも勘弁して欲しい」
可能な限り受け入れることで少しでも……今の俺にはもうそれぐらいしかできないから。
「なっ、だ、駄目です! 何を言っているのですか、あなたは! 私はそんなこと許しません!」
「エルお兄ちゃん、だめだよぉ!」
もちろん、そんな俺の提案をクローナもジェニも許すはずがない。
だけど……
「安心しろ。俺は死なねえし」
「そういう問題じゃ……それに殴らせるって何ですか! そんな力加減をできると思っているのですか!?」
確かに、相手は常人の人間よりも力が強いと言われている魔族。
種族によっては単純な腕力だけで人間の何倍もある奴らは居るだろう。
だけど、俺は……
「大丈夫、心配すんな、クローナ。俺は死なねえ。だからちょっと……俺にここを任しちゃくれねーか?」
「そ、そんな、い、嫌です! ダメです! 言ったではないですか、あなたとジェニは私が守ると!」
「もう十分守ってもらってるし、癒された。だから、俺にもジェニと、そしてあんたも守らせてくれよ」
「そ、っ、で、でもぉ!」
クローナは民たちの怒りの攻撃を受けようとすることがどれほど危険なことか分かっている。
だけど、俺には確信と自信があった。死なないという。
「おい、人間! お前、殴らせてやるだと? 手を出さないだと? 正気か? あ?」
すると早速、奥の方からデカいのが出てきた。
半人半牛の筋肉に溢れる怪物。
「ミノタウロス……」
「殺されるのは拒否するって言ったが……殴られてアッサリ死んだりとかされても困るんだがよぉ」
デカい。俺の三倍以上のデカさに、おまけにパワーも凄そうだ。
普通の人間なら拳骨されただけで頭が潰れるだろうな。
「…………じゃあ、俺を見逃してくれるのか?」
「はっ! できるわけねえだろうがよぉ! 殴らせるって言ったのはテメエだ! もう我慢できねえから、やってやらぁ!」
そして、その拳を勢いよく振りかぶり、俺めがけて振り下ろしてくる。
それに対して俺は……
「潰れろクソ人間がぁ!」
「動かざること山の如し、不動峰ッ!!」
動かず、正面から、全身に力を込めて……腰を少し曲げて重心を低くし……
「あ……あれならエルお兄ちゃん大丈夫だ」
「エルセッ!? え、ジェニ?」
顔面でその拳をよけずに受け止めた。
――グシャッッ!!!!
響いた。肉が潰れ、骨がバキバキに砕ける気持ちの悪い音。
「くっ、つ……う……うごおおおおおおおおおおおおお!!???」
そして、響き渡るミノタウロスの悲鳴。拳を抑えてのたうち回る。
どうやら拳が完全にイッたようだ……
「な、ど、どうして……」
「ちょ、お、お前、何をしたんだ!」
「ミノタウロスのカルビィさんが……こ、こんな……」
「反撃しないんじゃなかったのか、この野郎!」
尋常ではないミノタウロスの痛がりに、民たちは一斉に俺に罵詈雑言の声を上げる。
だが、俺は……
「俺は手を出してねぇぞ? ただ、死なないようにグッと身構えただけ……ほら、額からも少し血が出てる」
「「「「ッッ!!??」」」」
「ほら、俺はあんたらの攻撃は一切避けねえ。気のすむまで殴ってくれ」
ちょっとだけ額を切ったようで、血が少しだけ垂れてきた。
だけど、それだけだ。
「あの状態のエルお兄ちゃんには何やっても痛くない……私の念力でもあの状態になったお兄ちゃんは動かせない。動けないし攻撃もできないけど……だけど痛くない」
「ッ!?」
俺の風林火山の「山」の防御方法の一つ。これをやるとジェニの言う通り、俺は一切身動き取れなくなる。その代わり、あらゆる攻撃を弾き返す鋼鉄化……いや、俺もまだ未熟だから少しだけ頭切ったし、たぶんキハククラスの攻撃は普通に通っちまうから完璧じゃないかもだけど、でも……
「さあ……殴らせてやるって言ってんだよ! 俺が憎いんだろ! 兄さんの弟である俺も許せねえんだろ! クローナに取り入ってあんたらの税金で飯食わせてもらってる俺をぶっ殺したいんだろうが! 殴れよ! 気のすむまでどんどん殴れよぉ!」
この場で見渡す限り、今のミノタウロスよりも腕力のある奴は居なそうだから―――――
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