第33話 心の傷
「ク、クローナ様!」
「や、あ……!」
「あ、やべ!」
王都の民たちが、クローナの姿を見て一瞬固まる。
そしてすぐに両膝を地面について頭を下げた。
つい先ほどまで騒がしい声が聞こえていたというのに、一瞬で場が静まり返った。
「みなさん、ごきげんよう」
その様子に、クローナは直前までの民たちの声を知っているためか、笑顔もどこか複雑そうにしながらも声をかける。
ただ、問題はこの後だ。
「……クローナ様よぉ……」
「あっ……」
そのとき、一人頭を下げていない奴がいることに気づいた。
「ば、ばか、お前、何やってんだよ!」
「無礼だぞ! 頭を……おい!」
他の民たちが制止するも、構わず酒瓶片手にフラフラとこちらに向かってくる。
青い肌で頭に角と尖った耳の巨漢の魔人。
「その隣に居るのと……そっちの小さいの……」
それは、さっき息子が戦争で死んだと嘆いていた男だった……
「……この二人は……」
クローナが真っすぐ男を見つめる。
そして、その様子に他の民たちもハッとした。
クローナの脇に居る俺たち二人が誰なのか……
「この二人は、私が保護した戦災孤児です」
「ッ……そ、それって、つまり……」
当然それで納得するはずがない。
流石に姫であるクローナに直接乱暴に言うことには抵抗があるのかもしれない……が……
「……そうです。この二人はテラの弟と妹です」
「「「「ッ!!??」」」」
それでもやはり流せるはずがないと判断したのか、クローナは笑顔を消し、真っすぐ真剣な強い目でそう答えた。
「テラの……」
「あの二人が……」
「テラの家族……あのテラの……」
するとどうだろうか?
これまで咄嗟的にクローナの前に頭を下げていた連中も立ち上がった。
だが、それでもその場から足を踏み出したのは、さっきの魔族の男。
「へ……そう……かよぉ……そいつらがテラの……で、何の用で来たんだ? 姫様と一緒に……大魔王様の決定に文句言う奴らでも眺めに来たってのか? そんで処罰でも与えるってか!」
姫のクローナ相手に、最初は少しずつ、だが徐々にヒートアップして箍が外れてきたのか、やがて男は乱暴に叫んできた。
「大魔王様や姫様が何をお考えかは分からねえけどよぉ、人間が! 俺たちから、俺たち魔族の命を数えきれないほど奪ったテラの家族がァ、一体何のつもりでここに足を踏み入れてやがる! 姫様はそんな俺たちの気持ちを無視して……なあ、俺たちがどんな気持ちでいるか笑いに―――」
「そのテラは、我らが六煉獄将のキハクが既に討ち取りました!」
「ひっ!?」
だが、乱暴な男の叫びにクローナは、クローナに似つかわしくない大きな声を張り上げ、その圧に男はビクッと震えた。
「この二人は人類連合でもなければ、魔族に危害を加えているわけでもなく、何よりもそのテラのことで人類からむしろ虐げられた哀れな存在……この二人にあなたたちは何を望むのでしょうか? この二人には何の罪もありません」
「何をって、そんなの―――!」
「何よりもこの二人は私の恩人でもあるのです」
「……え……」
そしてクローナが語った。
「それは――――――」
俺とジェニとの出会い。
人類連合の手で辱められそうになったこと。
その場を俺たちに助けられたということ。
そして俺たちの境遇を。
その言葉を民たちは黙って聞き……
「皆さんの痛みは私も重々承知しております。テラだけでなく人類との戦争で、私も幼少期より共に過ごした仲間たちを多く失ってきました。それこそ……憎くて、苦しくて、……人類を滅亡させてしまおうとすら……だけど……だけど……私はこの二人に罪は無いと断言します!」
そして改めてクローナはそう宣言した。
それがクローナの意志であり、決定だと。
しかし……
「仮に今はそうでもいつかは分からねえじゃないか……」
誰かがそう口にすると……
「そうだ、兄の仇とか言って俺たちを襲うかもしれねえ……」
「ああ……危険な存在だ……」
「それに、やっぱり……テラの家族ってことには変わらねえよ……」
すると、納得できないと他の民たちも呟き始めた。
それこそが純粋な民たちの想い。
そして……
「罪が無い……そんなの知るかよぉ! じゃあ、姫様は俺たちに……俺に……テラの家族だった人間と仲良くやれって言いたいんですかい! 納得できるはずがねえ!」
最初に叫んだあの男が再び叫んだ。
「あいつは……あいつは俺のたった一人の息子だったんだ! 俺みたいな飲んだくれのバカオヤジにはもったいないぐらいの……デキがよくて、優しい奴だった、大事な息子だった! そんなあいつは俺のために、そして魔族のために、命を懸けて……それを人間が奪った! テラが! 何がその家族に罪がないだ! 俺の息子を殺した奴らの弟と妹と仲良くしろってか? 出来るわけがねえ! 息子の墓前に、お前を殺したテラの弟と妹が魔界で暮らしてるって……言えるわけがねえだろうが!」
その心からの叫びをクローナは目を逸らさず真っすぐ受け止めている。
そしてそれをキッカケに……
「そうだよ、やっぱり人間は受け入れられねえよ!」
「当たり前だ、俺の弟は人間に嬲り殺された!」
「私の娘を人間は……う、うう!」
「人間は敵だ!」
「人類は皆殺しだ!」
ついに溜まりたまった民衆の怒りがピークに達する。
「………………」
クローナは取り乱すことなく、あくまで落ち着いた様子だが、拳が強く握りしめられているのが分かる。
それも全て踏まえた上で、クローナは俺とジェニに関する意思を変えないという決意を抱いてくれているんだろう。
だから俺は……
「……もう、いいよ……クローナ……お前ばっかり」
「ッ、エルセ!?」
「エルお兄ちゃん?」
いつかこうなるんなら……
「俺がテラの弟……エルセだ……今は角が生えてるけどな」
「ッ!?」
「「「「ッッ!!!???」」」」
俺は公衆の面前で外套を外して顔を晒した。
姉さんの時のようにしない。
余計なことをして返って状況を悪くするかもしれないから黙っている……のが正しいのかもしれない。
だけど、何か余計なことをして後悔するのと、何もしないで後悔するのだったら、もう動く。
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