第35話 受け

 王都で暮らす老若男女の魔界の民たち。

 分け隔てなく俺たちに向けて罵詈雑言の言葉を飛ばした。


「クソガキ、俺がふっとばしてやらぁ!」


 そんな中で俺に直接殴り掛かるのは、多少の腕っぷしに自信のあると見える魔族の男たち。


「お、おお、オークのトンソークさんだ!」

「酒場の怪力マスター! かつて魔界相撲で名を馳せたマスターだ!」

「やっちまえ、マスター!」


 しかしそれも……


「おう! 俺のツッパリで――――――」

「ふんぬっ!」

「うおおお、ツッパリ弾幕ぅうううううう!!!!」


 強烈な張り手を顔面に受けても、俺は首すら僅かも動かねえ。

 たとえ、左右で何度も連打されても、少し鼻がツーンと来たが……



「はあ、はあ、ぜえ、ぜえ、……はあ、はあ……」


「……おう、まさかもう恨みが晴れたのか?」


「ッ!?」



 先にバテて、更に両腕がもう痺れちまったのか腕も上げられないぐらいに汗をかいているオークは、すぐに顔を青ざめさせた。


「げ、き、き、きいてねえ!?」

「う、うそだろ、マスターの張り手が!?」

「だ、だって、あの張り手は酔って暴れる兵士たちも一発でぶっ飛んじまうぐらい強力な……」

「なんであんな小さい人間のガキが正面から受けて……し、しかも、無傷なんだよ!?」


 無傷じゃない。だけど……



「遠慮しないでもっとやっていいんだぜ? こんなの十発やそこらじゃ屁の突っ張りにもならないぜ?」


「なっ、ん、こ、こ、このガキ……」



 いくらでも受け入れられる。俺を殺すことはできない。


「くそっ、あいつ調子に乗りやがって……」

「誰か、誰か他にいないの!? ほら、男ども!」

「そ、そうは言ってもマスターよりだなんて……」

「カルビィさんといい……な、なんなんだよ、あのガキは! 何かやってんのか!?」

「男ども、しっかりしなさいよぉ!」


 そして、二人続けてこんなことになれば、民たちも流石に動揺したようだ。

 一切反撃せずに、それでいて殺すことのできない俺に。


「くそぉ! こうなったら、一斉にやっちまえ!」

「おう、数で……おい、武器を持て!」

「おおう!」

「全員でかかりゃ、こんなガキィ!」


 だが、それでも臆していられるかと、周囲の男たちが手に棒きれや石や、中には刃のついた武器を持って一斉に向かってくる。


「ああ、そうだ……俺の息子の……恨みを思い知れええ!」


 兄さんとの戦争で息子を失ったというあの酔っ払いも酒瓶を振りかぶって向かってくる。

 しかし、それは全て力任せで、特に己を鍛え上げていない「素人」のものだ。


「がっ、かっ、かってぇ!」

「おらああああ! げっ、石が割れた!?」

「くそぉ! おらおらおらぁあああああ! ……いっ、いってええええ!?」

「う、うそだろ……け、剣が……か、欠けた!?」

「ば、バケモノ……」


 だからこそ、誰一人として今の俺を殺すことはできない。


「すごいです……アレだけの恨みを込めた攻撃を受けて……エルセには一切……」

「うん、むり。あの状態のエルお兄ちゃんはズルい」


 流石にこうなっては、最初は慌てて止めようとしていたクローナも呆れたように苦笑した。

 俺の「大丈夫」という言葉をようやく納得してくれたようだ。


「どうしたぁ! 俺はまだまだ受け入れるぞぉ! もっと俺が憎くて仕方ねえやつは居ねえのかぁ!」


 そしてやがて、民の男たちも疲れ切り、バケモノでも見るような目で俺を恐れ、後ずさり始めた。

 街中から沸き起こっていた罵詈雑言もやがて静かになった……かと思った、その時だった。



「ふむ……随分と雄々しいでござるな……個人的に拙者は恨みはないが……少々試させてもらいたいでござる」



 と、そこで民たちが道を開け、奥からまた誰かが出てきた。

 腰元に長い剣を差し、黄色の長い髪を後ろに結い、人間に近い感じの顔。

 頭部は獣の耳と尾……目元に独特の紋様が入った……女。


「え? だ、誰だ、あの女!?」

「さ、さぁ……」


 どうやら、王都の奴じゃないのか、民たちは次々と首を傾げていく……と思ったら。


「おぉ、あ、アレは……虎人武士・プシィじゃねぇか!?」

「それって、最近よく辺境の方で活躍していると聞くあの女賞金稼ぎの!?」

「王都に来ていたなんて……」

「いいじゃない、やっちゃって!」


 どうやら、只者じゃないようだ。

 たしかに、街に居る力自慢・喧嘩自慢……とは圧倒的に違う。

 身に纏う雰囲気も、どちらかというとこれまですれ違った魔王軍の兵士たちのように、鍛えて磨き上げ、自分の力に自信を持っている感じがする。

 いや、というより普通に六煉獄将の連中を除けば、これまで擦れ違った魔王軍の兵の誰よりも……


「戦争に出ていない拙者でも、八勇将・テラの名は聞き及んでいる。その弟がどうして魔界にいるかは不明でござるが……なかなかの守りの力。是非我が剣で試させてもらいたいでござる」


 そして、女は俺や兄さんや人間そのものに対する恨みはあまりないのか、どこか武人として戦ってみたいというような雰囲気だ。

 


「って、いやいやちょっと待て。俺はあくまで俺が憎い、気に食わねえって思っている奴らに殴っていいと言ってるだけで、そうでないなら――――」


「そうは言っても止まれないでござるよ。民衆も煽る声を上げているでござる……ならば、彼らの想いを込めて代わりに拙者がそなたを斬る……で、どうでござるか?」



 と、やけに真っすぐな目で俺にそんなことを言ってくる、少し変わった女剣士だ。

 腰を少し低く構え、そして腰元の剣に手を添えて……あっ、これは……


「……まぁ……全部受け入れると言ったからなぁ……」

「ほう……豪気!」


 完全に防げるレベルじゃない……パワーというより、技術で斬られる……全身硬質化なんて言っても、身動き一切取れない弱点丸出しの俺のこの防御の穴をついてくるんだろうな。

 だけど……


「では……その鋼鉄の肉体と、魔鉄をも斬り裂く我が剣……尋常に勝負!」


 速い! まさに獣の瞬発力。そして、その速度から腰を捻りながら腰元の剣を抜いて両断する気だ。


「抜刀術・瞬光殺ッ!!」

「静かなること林の如し……柳風」

「ッ!?」


 その瞬間、俺の視界は世界を何周もするかのようにグルグルと回った。


「なっ、え、エルセ!? そんな!」

「ん~……アレも大丈夫」

「え!? ジェニ……?」


 これまであらゆる剛腕や怒涛の攻撃をも不動で受け止めてきた俺が、獣人女の剣で回転しながらふっ飛ばされる。

 

「おおおお! や、やったぞ!」

「ついにあの生意気なクソガキを……流石は期待の新星!」

「ざまぁみやがれ、人間!」

「私たちの恨みを少しは思い知りなさい!」


 今のこの場で、何が起こったか分かっているのはジェニだけだ。

 皆が俺が斬られたと思ったようだ。

 もっとも……



「ば、ばかな……な、なんでござる……今のは。手ごたえが……」


「……ぷは~~~~……あー、怖……ほんと神経すり減るぜ」


「ッ!?」



 うまく受けて、流せたけどな。……受け止めるって言ったけど、ま、これぐらいは許して欲しい。

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