第22話 魔界の朝

 明るくない魔界の朝を迎え、俺とジェニは用意された正装に身を包んで身だしなみを整えて、クローナの屋敷から出かけて王都を包む外壁の上を歩きながら魔王城へ向かっていた。

 

「……いいのか? 人類の怨敵とも言える魔王軍の総本山にこんな簡単に招かれて?」

「もちろんです。一応、昨日報告だけはしてますから……今日連れて行くと」

「そ、そうか……」


 人類と魔族の全面戦争。

 人類は魔王軍を統べる大魔王を倒すため、そこに辿り着くため、その道に立ちはだかる軍とそれを率いる六煉獄将と歴史に刻まれる死闘を繰り広げてきた。

 ある時には伝説。ある時には神話。そして、その戦の中で何百何千の命が散っていった。

 それでもまだ人類が到達できないでいる大魔王の待ち構える魔王城。

 そこにクローナに招かれてとはいえ……こんなの兄さんや八勇将たちが聞いたら卒倒するぞ?


「俺とジェニは所詮は無名だから、招いたところでどうとでもなるって思われてるとかかな?」

「んも~、エルセもそういう野蛮な考えはメッです。エルセとジェニは私の恩人なのですから、大魔王様たちにとってもあなたは感謝する相手なのです」

「いや、そりゃお前はそうだったとしても向こうは――――」


 昨日はもう考えないようにしていたが、やはりこうやって魔王城が近づくに連れて少しずつ不安になる。

 やはり俺とジェニは人間であり、何よりもその身元は――――



「急報うううううううう! 人類連合加盟国、クンターレ王国の滅亡ぅ! キハク大将軍たちが歴史に残る大戦果を挙げたぞおおおおお!!!!」



 と、そのとき、外壁の下に広がる王都で大きな声が響き渡り、そしてその報を聞いた王都中の民たちから一斉に歓声が上がった。


「うおおおお、さすがキハク様だぁ!」

「キハク軍バンザーイ! 魔王軍バンザーイ!」

「でかしたぞー、キハク将軍!」

「よくぞやってくれた!」

「六煉獄将最強! キハク大将軍万歳!」

「あの仇敵八勇将テラをも自らの手で成敗され、更には王国まで!」

「キハク様こそ魔王軍の大英雄!」


 それは、俺たちの故郷が滅亡したことの報と、それを成したキハクとその軍を讃える、鳴りやまない熱狂的な大歓声だった。


「わぁ……すごいね、エルお兄ちゃん。空気がビリビリで、足にもビリビリってくる」

「ああ……王都中が歓声で揺れてる……人類にとっては仇敵も、やっぱ魔界では大人気の英雄なんだな。六煉獄将キハクは」


 これがある意味でカルチャーショックというものなのか、魔界ならではの光景だった。


「むぅ……でも、キハクは言っていましたよ? 王国をあんなに簡単に滅ぼせたのは、エルセが大暴れしたからだと」

「いやいや、俺がそこで出てくるのはマジーだろ。それに……はは……仇敵八勇将テラか……」

「エルセ、そ、それはですね、その……」

「いーんだよ、気を使わなくて。魔界で兄さんや八勇将は憎まれて当然の存在ってことはな……」


 クローナが少し気にしそうになったから、俺は「気にしてない」と口では言ったものの、やはり内心では複雑だった。

 なぜなら、兄さんが魔界で嫌われる存在だってのは当然だ。

 戦争の相手であり、それこそ兄さんとの戦いで魔族が何人死んでるかと考えれば当たり前のことだ。

 ただ一方で、兄さんは今では故郷の奴らや帝国やら人類からも烙印を押されている……それはある意味で、人類からも魔族からも嫌われている存在ともいえ、それはやはり胸が苦しいというのが本音だった。


「……ほら、エルセ、ジェニ、着きましたよ~」


 そんな風に朝からちょっと感傷に浸っていたら、気づけば俺たちは魔王城に到達していた。


「ああ。……しかし……遠目からでも思ったけど……近くに来れば猶更……」

「おっき~……すごい大きいね、エルお兄ちゃん」


 目の前まで来たら改めて、デカい。

 王国の宮殿とは比べ物にならないほど、その全長も横もとにかくデカい。

 巨大な門の前には見るからに屈強な獣人兵が警備しており、クローナから話はしているはずとはいえ、人間である俺とジェニを見た瞬間、警備の連中から鋭い視線と空気が飛んできた。


「歓迎はされてねーみてえだな」


 仕方ないことなのでそこは理解しつつ、見た感じの警備兵の連中の雰囲気から、常人からすれば確かに屈強だろうけど、とりあえず万が一襲われたとしても俺とジェニならどうにでもなりそうな力だというのは分かった。

 だが、そんな中で……



「はっはっは、わらわたちがそう簡単にテラの弟妹を歓迎できぬじゃろう? それに、なかなか生意気そうな目つきもして、危なそうな童たちのようだしのう」


「ふふふふ、そうかな? 僕は可愛い坊やレディだと思うけどね」


「ひはははは、さ~て、キハクの旦那が褒めてた弟妹……どの程度かねぇ?」



―――ッッ!!!??



「ッ、エルお兄ちゃん……」


「ああ……」



 襲われたら、ちょっとどうにかするのは難しそうなレベルもいきなり感じた。

 姿は見えない。

 だが、今間違いなく次元の違う気配と視線を感じ、まるで査定されているかのような感覚に襲われた。

 なんだったんだ? 今のは。

 するとクローナはムッとした表情で俺とジェニの手を繋ぎ……



「むぅ……早速イジワルなことして怖がらせようとする人たちがいます……お姉さま二人と参謀さんあたりですね……今日出ると言っていましたし」


「クローナ?」


「エルセ、ジェニ、ここからは気を引き締めてください! そして堂々としていてください! オドオドしていると笑われますし、見下すイジワルな人たちです!」



 なるほど……どうやら査定が始まっているようだな…… 

 


 そして俺たちは仰々しい魔王城の門を潜り抜け、そしてたどり着いた場所で―――

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