第20話 料理と涙
「ザンディレ、分かっていますね? 心の傷ついた幼いジェニも居ますので、ほっぺた落ちちゃうようなゴハンをお願いします!」
「お任せください、クローナ様。傷ついた子供……ただ、言い換えれば所詮子供。子供は皆……オムライスかカリーを食わせておけば大喜びです!」
何やら気合を入れてエロメイド……じゃなくて、ザンディレが駆け出した。
そして、俺たちは晩餐会でも開けるような大理石の巨大な長テーブルに座らされた。
これも俺たちが住んでいた屋敷にはなかったものだ。
家はデカくなってもメシを一緒に食う時は近い距離がいいみたいな感じで、俺たちはあまり大きくないテーブルで、三人で、時には四人でワイワイ話しながら食べていたからな。
「ん~……むぅ……」
「んふふ~、もうちょっとだけ待ってくださいね~、ジェニ。ザンディレの料理は絶品ですから♪」
「むぅ、ん~、むぅ……」
それはジェニも同じ気持ちだったのだろう。向かい合う距離が遠いテーブルに座らされているため、妙に落ち着きがない。
そしてついに耐え切れなくなったジェニは……
「むぅ!」
「あ、あら? ジェニ?」
ジェニは椅子から降りて、行儀悪くテーブルの下をくぐり、そして素早く俺の足元まで寄って、そのまま俺の膝の上まで昇って座った。
「ジェニ、行儀わりーぞ?」
「やだ。エルお兄ちゃんと一緒に食べるよ」
「あらあら♪ ジェニは甘えんぼさんですね」
「ったく、余所の家だぞ?」
「やだ。エルお兄ちゃんの膝の上がいい! だからいいの!」
「あら~、って、エルセ! ここは余所の家ではなく、今日から二人の家です!」
頑なにジェニは俺の膝から降りようとせず、その様子をクローナも微笑ましそうにするだけで特に辞めさせる気はないようだ。
クローナがそれでいいなら、今日ぐらいは……と俺も仕方なくジェニの頭を撫でてされるがままになった。
そして……
「お待たせしました、クローナ様、婿殿、ジェニ殿……大魔オムライスにございます!」
「わぁ!」
「おぉ……」
ザンディレが両手と頭に器用に皿を乗せながら持ってきたのは、まさに出来立てで黄金の輝きと湯気立つ見事なオムライスであった。
こ、これをこの変態なメイドが作ったのか?
確かに腹も減ってたし、これはスゲーウマそうだ。
それにジェニも目をキラキラと輝かせている。
「んふふ~、どうです? ザンディレはすごいのです!」
そして俺たちの反応で自分のことのように誇らしそうなクローナ。
だが……
「まだこれで終わりではない。ジェニ殿……好きな動物は何かないか?」
「え? 動物?」
「うむ、なんでもよい」
「じゃあ……ねこさん」
「猫だな。では、にゃーにゃーと」
何で動物の話? 意図が見えなかったが、とりあえずジェニが聞かれたことに応えると……
「そら、ソースで猫の出来上がりだ」
「わぁ~~~! すごい!」
な、なんかすごい可愛い猫の絵をオムライス用のソースで描きだしたんだけど……ものすごく子供ウケしそうな絵だ……
「エルセ殿は?」
「え、あ、いや……じゃ、じゃあ……犬で」
「承知した。では、ワンワンっと……」
「うま……」
犬まで……いや、本当にガラじゃなさそうなことをこいつ……
「わあ、上手ぅ! エルお兄ちゃんの犬さんもかわいい~、ザンお姉ちゃんスゴイ!」
「ふふふ、まだまだ甘いぞ、ジェニ殿。これで私の仕事が終わったと思ったら大間違いだ」
「え?」
そしてまだ終わらないぞと不敵に笑うザンディレは、手でハートマークを作り……
「これが仕上げの魔法! おいしくな~~れ、デレデレキュン♥」
「「————————ッ!!??」」
魔力は……特に感じなかった。
「では、ご賞味あれ」
「はい、二人とも、た~んと召し上がれ♪」
クローナも平然としている……普通なのかアレ……
「と、とにかく頂こうぜ、ジェニ」
「……ん、分かった」
ジェニもポカーンとしたが、とりあえず食べていいみたいだし、お腹も空いているということで、スプーンで小さくオムライスを切ってパクリと一口。
すると……
「んんん~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!」
ジェニは兄の俺でも珍しく思うぐらい目をバッチリ開けて……
「おいしいいいいいいいいいい! これ、美味しい! エルお兄ちゃん、これ、すごいおいしい! 今まで食べたオムライスの中で一番美味しい!」
と、大はしゃぎで大絶賛だった。
「くはは、そんなにか。ジェニは一切お世辞を言わねえからな……」
「あらあら、だそうですよ? ザンディレ」
「ほう、それは誇らしい」
そういえば、姉さんが俺たちのためにと手作りオムライス……という名称の焦げた謎の物体を食わされたことがあったな……アレとは比べ物にならないぐらい……
「どれ、俺も…………………ウマッ!?」
思わず背伸びしてしまうぐらいの激ウマじゃねえかよ! これに比べたら姉さんの作ったものとは……
「すごい……シスお姉ちゃんと全然違う……シスお姉ちゃんのはただの真っ黒のものだったし」
と、どうやらジェニも姉さんの作ったあのとんでもない物体を思い出していたようだ。
それを聞いて、クローナも興味深そうに身を乗り出した。
「あら、シス姫はお料理苦手だったのですか?」
「うん。シスお姉ちゃんはヘタ。スゴイヘタ。チョーへた」
哀れ、姉さん。ここまでジェニにボロクソ言われるとはな。
でも、確かに姉さんの料理はまずかった。
センスもないし、不器用だし、一生懸命だったけどまずかった……
「すっごくまずかった……まずくて……まず、くて……」
そう、まずかった……まずかったんだ……だけど……
「まず、く、て……シスお姉ちゃん……ひっぐ……へたっぴ、で……ひっぐ」
そう、だけど……楽しかった……
――う~~~、がんばる……がんばる! いつか二人に、ぜ~~~ったい、美味しいって言わせるんだから~!
楽しくて……あたたかくて……
「ひっぐ、うぅ、う……」
「ッ、ジェニ……」
気づけば膝の上でジェニの身体がプルプル震え、そして嗚咽し……
「う、うう、うわ~~~~~ん、うわ~~~~~ん!」
ついに堪えきれなくなり、ジェニは大粒の涙を流した。
「ジェニ……」
「むむぅ……元気にするはずが、な、泣かせてしまった……」
そんなジェニの姿にザンディレも少しオロオロとしてしまう。
「ほら、ジェニ。冷めちまうぞ……いっぱい食べて、早く元気にならねーとな」
「うぅ、ぐしゅ、う、うう~」
「ほーら、じゃないと、兄ちゃんが食べちまうぞ?」
「だべるよぉ~!」
まだあれから数日。
いきなり兄さんが死に、姉さんが死に、故郷から罵倒され、追放され、逃げて、暴れて、そしてようやく落ち着いて温かいメシを食えるようになり、そして落ち着いたことで失った幸せを思い出して俺もジェニも感極まってしまった。
俺もジェニが傍にいなければ泣いていたかもしれない。
泣きながらパクパクとオムライスを食べるジェニの頭を撫でながら、俺は改めてジェニだけは必ず守ると誓うと同時に……
――今回のことは全部……全部……帝国の所為なんだぁああ!!
ビトレイのクソ野郎が明かした真実……やはり、そのままになんてしておけねえよな。
帝国を、このまま何もせずに流すなんてできるはずがねえ。
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