第2話 兄と姉

――ねえ~、二人とも~そろそろ……私をお姉ちゃんって呼んでもいいんだよ?


 お姫様だけどお姫様っぽくない、ちょっと子供っぽいところもあるし、気安く……だけど……俺たちと一緒で兄さんのことが好きで……優しくて……そして必死に俺たちの本当の姉さんになろうとした人が……


「うわ、あ、し、シス姫!? うわ、なんで!?」

「まずい、お、俺たち……あ、あわ……」

「ま、待て、俺の所為じゃねえぞ! だ、だって、い、いきなり……」


 騎士団の連中や民衆が顔を青くして取り乱しているが、そんなのどうでもいい。

 俺とジェニは、俺たちを庇うためにその身を剣で刻まれたその人を……


「な、なんで! なんでこんなことに!」

「血が……回復……できない! わたしできない、回復魔法! だれか!」


 訳が分からない。どうしてこの人がこんなことに?

 この国のお姫様が、いくら婚約者だったとはいえ、戦犯勇者なんて言われた兄さんの弟と妹である俺たちを……


「エルセ……ジェニ……にげて……」

「ッ! 喋っちゃだめだ! 血が……」


 なのに、血だらけのその人は自分の身体よりも俺たちのことを……

 

「ごめん、ね……おとう、さまと、おねえ、さまたちが今回のことを……わたしには、とめられなくて……」


 ダメだ、もう血が止まらない。

 俺もジェニも魔法は使えても回復の魔法は使えない。いや、それどころかもうこれは……身体がどんどん冷たく……



「おねがい、いきて……あなたは……テラのたからもの……わたしにとっても――――」


「イヤだ! 逝くな! 逝くなよぉ、『姉さん』!!」


「やだ……『お姉ちゃん』、ヤダぁ! うそだから! おねえちゃんっぽくないってうそだから! だから、やだあ!」



 本当は、俺とジェニは嬉しかったんだ。兄さんが取られるわけじゃない。新しい家族ができる。

 優しくて美人で俺たちのことも本当に家族のように接してくれたこの人を、ただ照れくさくて俺もジェニもずっと言えなくて……とっくに認めてたのに……


「あは……うれしいな……私、やっと……おねえちゃんに――――」


 本当はもっとたくさん言いたかったんだ。

 呼びたかったんだ! 「姉さん」って!

 だから、俺とジェニは、兄さんが本当に結婚するときにはちゃんと言おうって―――


「ひいいい、シス姫が!」

「どどど、どうなるんだ? お、俺たち……」


 それなのに……俺たちを守るために―――



「まったく、とんでもない恥さらしな娘め! この国を貶めた戦犯勇者の一族を庇おうとするなど!」


「本当ですわねぇ、お父様。我が国の出来の悪い勇者に加えて、我が妹まで出来が悪いなど」



 そのとき、信じられない声が聞こえた。

 この国の王と、『第一王女トワレット』。

 シス姫の……姉さんの実の父親と実の姉。

 姉さんが死んだというのに、悲しむどころか罵倒し、嘲笑う。

 何でだ?

 何で……



「ふふふ……まったく、本当に心が痛みますね、陛下、トワレット姫。洗脳されたのか、戦犯一家を擁護する堕ちたシス姫には。ただ、これで良かったのかもしれませんねぇ。これ以上見苦しい姿を見るぐらいならいっそ……嗚呼、なんという悲劇だ。全ては……戦犯勇者テラとその家族に責任がある」


「ッ!?」



 そして、俺は目を疑った。

 国王。そして、トワレット王女。その傍らに……


「ビトレイ……お、お前……」

「うるさい! 下級国民の……いや、今やそれ以下となったお前が俺を呼び捨てにするな!」

「ッ!?」


 そこには、兄さんの友達の……公爵家という貴族だが、兄さんの絡みもあって親しくなったビトレイが……どこまでも俺を蔑むような笑みを浮かべていた。



「本来下級国民の分際で八勇将などという分不相応な勇者の地位に就いた上に、肩透かしで期待外れの負け犬……いや、我が国に多大なる被害を与えた下級以下の男の弟の分際で、いつまで私に馴れ馴れしくする?」


「ビ、ビトレイ……何を言って……」


「だが、この度の敗戦や悲しみを糧に……我ら王国はより一層の団結と決起をしなければならない! テラのような偽物に代わり、新世代……俺とトワレット姫が中心となってね!」


 

 その瞬間、ビトレイはトワレット姫と俺に見せつけるように寄り添って笑みを浮かべた。



「ええ、私とビトレイでね。うふふふ、テラのような不浄な下級国民の血を入れようとしたシスと違い、正統なる由緒正しい高潔なる血……私と、私の婿となるビトレイが新たなる時代を作るのよ! その手始めに……戦犯勇者の一族をこの世界より永久追放……すなわち、死罪とする! いいえ、王族失格のシスの罪も含めて苦しんで贖いなさい!」


「……あ゛?」


 

 ダメだ……なんか……もう、何も頭に……ただただ、俺は兄さんを罵倒中傷されたこと……そして今、目の前で……シス姫を……姉さんを殺されて罵倒されたことが……


「ふふん、安心するんだな、エルセ。君に付いて回っていた、アルナたちについては、むしろ被害者で罪はない……全員まとめて、俺の側室にでもしてずっと可愛がってあげるからさ……」


 そして、ヘラヘラと笑うその男の後ろから……



「……エルセ……ゴメンね……こんなことにならなければ本当はあんたと……でも、ごめん……なさい。私たち姉妹はビトレイ様の妻になる……」


「エルセくん……恨んでください……呪ってください……私たちを……姉さんと私はこの方と結婚してこの方の子を産みます……サヨナラです」


「すまぬ、エルセ殿……これは、どうしようも……これも戦乱の世の女の運命……私は死ぬわけにはゆかぬ……守るべきもののために」



 小さい頃からよく遊んだアルナとヴァジナ、兄さんと親父さんが戦友ということでその絡みで知り合って仲良くなったストレイア。

 

「彼女たちは僕が癒して幸せにしてあげるよ」


 あの男と一緒に……ダメだ……もう、どうなってもいい!


「騎士団よ、何をしておる! さっさとその戦犯勇者の弟妹二人をひっ捕らえよ! シスもまた反逆者! 王族である立場も忘れた王女失格の恥さらしの死に構うでない!」


 次の瞬間、国王の言葉に俺の中で完全に何かがブチ切れた。


「おい、国王様が仰られている! やるぞ!」

「おう、あの恥さらし戦犯勇者の家族を―――――」


 俺はどうなろうと構わない。この瞬間だけは押さえられなかった。

 


「テメエらぁああ! よくも姉さんをッ!!」


「よくも、お姉ちゃんを!!」



 俺が蹴りで素振りをした瞬間、向かってきた騎士団は吹き飛ばされる。

 ジェニが魔法を発動した瞬間、他の騎士団たちも衝撃波でふっとんだ。


「こいつら、暴れやがって!」

「へっ、腐っても戦犯勇者の弟妹ってか?」


 そしてこの瞬間、俺とジェニはもう後戻りできない道へと進むことになった。



「どいてろ、お前ら!」


「兵長!?」


「平民のカスのテラが死に、今度こそ貴族であるこの俺が次期八勇将になるためのアピールとして、ここは俺がやらせてもらうぜ!」



 兄さんを侮辱するものも……姉さんを殺した奴らも!



「お前らのことは少しテラから聞いているぞ! 確か、弟エルセ、16歳。一定時間の間、魔力で肉体を活性化させて数倍のパワーを得られる魔法、『肉体活性エボリューションスピリット』を得意とする……」


「…………」


「妹のジェニ、8歳。幼いながらも魔力の才能が有り、常人の平均が魔力30なのに、既に100あるとか……物体を浮かせたり飛ばしたりの念力魔法を得意とする……」


「……ぐすっ、ひっぐ……」



 たとえ幼馴染だろうと……昔からの顔なじみだろうと……たとえ相手が正義を名乗る勇者だろうと……


「だがな、それがどうした! 俺もエボリューションを使いこなし……10倍パワーになることができる! そして、俺の魔力は200だ! そう、平民のテラなんかよりも、俺の方が本当は勇者に――――――ぷちゃげらじゃぶあああ!!??」


 全員……


「ぷぎゃ、ば、あば……な、なんれ?」


 俺たちの敵だ!



「あ? 数倍? 10倍? だからどうしたってんだ! 俺のエボリューションは……100倍パワーだ! 兄さんに少しでも近づけるよう、兄さんのいない間特訓しまくって……ようやくここまで強くなったんだ!」


「魔力100はこの前テラお兄ちゃんが戦争行く前のこと……この前計ったら……999でそれ以上計れなかった……テラお兄ちゃんが帰ってきたら……びっくりさせて褒めてもらおうと思ったのに……」



――――――ッ!!??



「お前ら全員、何様だぁあああああ!」


「テラお兄ちゃんをばかにして……おねえちゃんまで……ゆるさない……ぜんいんゆるさないから!」



 気づけば、俺とジェニは感情を爆発させて暴れ、魔力が尽きる前に故郷から飛び出した。



 最初からこうすればよかったんだ。そうすれば、姉さんも死なずに済んだ。



 だけど、どれだけ後悔しても、もう遅い。



 だが、それはあいつらも同じだ。



 どれだけ後悔しようとも、俺たちは一生許さねえ。



 絶対にだ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る