第3話 飛び出した弟妹

――逃がすなぁ! 戦犯勇者の弟妹を逃がすなぁ!


 兄さんと姉さんの死の上で、クソ野郎どもが喚いてやがる。

 俺だけにじゃなく、幼いジェニにまで暴言を吐き、殺意を込めて睨んできやがった。

 ふざけるな。



――テメエら全員何様のつもりだああああ!!


――ゼンインユルサナイ!! 



 俺たちを殺せだと? 責任を取れだと? 兄さんが戦犯勇者? 姉さんが恥さらし?

 ふざけるな。

 そんなの受け入れられるか。 

 俺だけならまだしも、それでジェニを奪うことまで受け入れられなかった。

 俺たちは必死に抵抗した。

 暴れた。

 相手は何百人以上もの武器を持った連中だったが、構わなかった。


 とはいえ、多勢に無勢過ぎた。

 流石に国王と女王にまでたどり着けなかった。


 力の限り暴れ、そして魔力や体力が尽き切る前に包囲網から脱出。


 もう燃えてしまった屋敷と二度と住むことができない故郷に背を向けて、俺とジェニは飛び出していた。


「……追ってこねえな……」


 周囲を森に囲まれて、故郷の王都からどれだけ離れたのか、どこへ来てしまったのかはよく分からない。

 いずれにせよ、俺たちは奴らから逃げ切ることができたようだ。

 だが、逃げ切ったら逃げ切ったで、俺の心は悶々とする。


「ちっ……こっちはもう体力も魔力も回復したし、エボリューションも使える……いつでも来やがれってのによ!」


 悶々とする理由。それは俺の怒りがまだ収まっていないからだ。

 俺は身近にあった巨木を手刀で斬っていた。

 すると……


「エルお兄ちゃんが大暴れして、あいつらビビったんだよ……私ならもっとスマートにボコボコにできたのに……」


 ムスッとした顔で手をかざし、俺が斬った巨木を浮遊魔法で空中に留め、それを小さく振りかぶって、モノを投げるように彼方へ放つ。



「いや……お前は戦わなくていいんだ、ジェニ。あいつらはお兄ちゃんに任せろ。お前に何かあったら兄さんとシス姫……いや、姉さんに顔向けできねえ。だから、お前は危ないことをするな」


「やだ」


「ジェニ……」


「私もあいつら許さない……覚えてる……全員の顔……言葉……全部……全部! ……それに、エルお兄ちゃんが危なくなるのもヤダ。だから戦う」



 ジェニがそう言って、俺の胸にダイブしてきた。

 普段から恥ずかしがり屋で人見知りなところもあるが、俺と兄さんにだけはどこまでも甘えんぼ。


「エルお兄ちゃん……」

「おう」


 この数日は兄さんのことがあって全然笑わなく……それは俺も同じだけど……ただ、こうやってハグしていると……


「っ、ひっぐ……うう……テラお兄ちゃんが……お姉ちゃんが……うぅ……」


 すぐに寂しくなって泣いてしまう。

 物心つく前に父さんと母さんが死んでしまったジェニにとって、兄さんと姉さんは、親でもあったんだ。

 俺にとっても同じだ。

 泣きじゃくるジェニを抱きしめているだけで、もうこの世に血の繋がった家族は俺たち二人だけなんだって思い知らされるから。


「エルお兄ちゃんまで……いなくなったらぜったいイヤだから……」

「……おう」


 そして、少しずつ俺もこうしている時だけは収まり落ち着いてくる。

 どちらかがいなくなったら、もう本当にこの世で一人ぼっちになってしまう。

 何よりも、兄さんがいないからこそ、何があっても俺がジェニを守らなくちゃいけない。

 今はジェニの安全と心のケアが第一なんだ。


「……あいつら、来ないみたいだし……これからどうするかな」

「……おうち……もうなくなっちゃった」

「ああ」


 着の身着のままだったから金もない。

 俺もジェニも強さには多少自信があるけど、金や食事や寝る場所確保とか、どうにかしなくちゃいけない。

 この数日は逃げたり戦ったりで気を張っていたから、野宿もそれほど気にしなかったけど、いつまでもこうしているわけにはいかない。

 兄さんが居ないからこそ、俺がしっかりしないとダメなんだ。

 俺がジェニを守るんだ。

 そう思った……



「きゃああああ! やめるのです! 私にそのようなことは許しません!」


「「ん?」」



 女の悲鳴が聞こえた。

 何事だ? 


「……気配がするな」

「いっぱいの魔力感じる……多い。五十人ぐらいいる」

「騎士団か? でも、女の悲鳴が……まさか山賊とかじゃねーよな?」

「……分かんない」


 誰かは分からないが、女が誰かに襲われていそうで、しかも結構な数の気配を感じる。

 騎士団が女を襲う理由は分からねえが、山賊とかの可能性もあるわけだ。

 そこで俺は……


「ちょうどいい。金と食料とかも色々持ってるだろうし……ぶちのめして奪っちまうか……」


 相手が悪いやつならそれでもいいかも……それに……


「エルお兄ちゃん、悪いお顔」

「くはは……そっか? ま、背に腹はってのもあるが……何だか女が襲われてるっぽいし、これを見捨てたら、兄さんや姉さんに顔向けできねーだろ?」

「……うん……わかった」


 俺がそう言うと、ジェニも納得したようで強く頷いた。

 いや、それどころかジェニは姉さんのこともあるから、目がメラメラと燃え……


「私がぶっとばす。お姉ちゃんを助けられなかったんだ……今度こそ!」

「って、ジェニ、お前はやる必要はねえよ。俺が」

「私!」

「俺!」

「私!」

「早い者勝ち!」

「あっ、エルお兄ちゃんずるい!」

 

 ジェニに危ないことはさせられないので、俺が……と、気づけば俺は走り、ジェニは飛行で、我先にと悲鳴の方向へ向かった。

 そして……


「ふふふ、さて、僕がまずは頂くとしよう」

「くひー、たまんねえ! その可愛い身体を嬲り回して、楽しませてもらうぜぇ~!」

「おいおい、また隊長が最初かよ、ズリーっすよ!」

「早くパンツ脱がしちまえよ!」

「うっひ~、かわいい白ってか? この下はどうなってる~?」

「こんだけ可愛けりゃ、俺らの便器として十分だぜ!」

「だが、気を付けろ! その女、もう魔力は使い切ってるようだが、何をするか分からねえからよ!」


 まず間違いなくジェニの教育に悪そうなゲスな声が聞こえてきた。

 これは賊の方だろうな……と思った俺たちは、あまりにも意外なものを見た。


「くっ、無礼なのです! あなた方は、このようなことをして恥ずかしくないのですか! 離すのです! 誰にも、私に触れることは許しません!」


 外套を被っているので顔はよく見えないが、体つきや声からまだ若い? 女が数十人の男たちに囲まれ、取り押さえられ、その衣服を脱がされようとしている。

 ただ、問題なのはそれをやろうとしている連中。


「あの鎧は……騎士団じゃない……アレは……」

「エルお兄ちゃん、アレ……前、テラお兄ちゃんが……」


 白く独特の紋様が刻まれた甲冑の兵士たち。

 それは王国の騎士団ではない。

 兄さんがかつて所属していた……人類の正義が結集した……


「な、なんで、人類連合の連中が……」


 人類連合軍の兵士たちが、一人の女を取り囲んで、無理やり辱めようとする目を疑う場面だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る