戦犯勇者の弟妹

アニッキーブラッザー

第一章 

第1話 掌返しの人類

「戦犯勇者テラ! 奴の弟と妹を取り押さえて裁け! 一族残らず縛り首にして、敗戦の責任を取らせろ!」



 俺たちの兄さんは世界最高の勇者だった。


 世界で八人しかいないと言われている選ばれた八人の勇者にして将軍、『八勇将』の一人、『太陽勇者テラ』の名を知らないものなどこの世にはいなかった。


 頭脳明晰。剣や魔法の才能にも溢れ、強く、努力家で、器用で何でもできて、そして人望厚く仲間想い、そして何よりも家族想いだった。



――エルセ! ジェニ! ただいま! さぁ、兄さんにハグをしてくれ!


――兄さん、お帰りィ!


――……おかえり……ん、だっこ



 ちょっとブラコンでシスコンなところもあったけど、俺も、そして妹のジェニも兄さんのことが大好きだった。


 ジェニが生まれたばかりの頃、戦争で父さんと母さんが死んでしまい、その頃から兄さんは一人で俺とジェニを育ててくれた。


 戦士になるための学校に通いながら、訓練と勉強で毎日大変でも、まだ小さかった俺や物心つくまえのジェニのために必死に頑張ってくれた。


 そんな日々に兄さんは泣き言も弱音も俺たちの前では一つも漏らさなかった。

 だから、そんな兄さんが人類連合の戦士となり、大功を上げて、八勇将に選ばれた時は、俺もジェニも泣いて喜んだ。


 俺たちだけじゃない。故郷の国中が称えた。


 俺たちの故郷であるクンターレ王国は、国の経済や軍事力の面では連合の中で真ん中より少し下程度とそれほど強くない立ち位置であったため、王国から八勇将が選ばれたことに国中が祝福し、国王からも強く讃えられた。



――我が国の宝、勇者テラ! 魔王軍を打倒し、王国の名を世界に轟かすのだ! その褒美として、我が娘、第三王女シスの婿としよう


――テラ様ぁああ! 素敵いィィ!


――勇者テラ、万歳! 王国に我らの英雄が誕生だー!


――テラ様! どうか、我らを率いて魔王軍を!


――我ら、命を懸けてテラ様とどこまでも!


――他国にも帝国にも負けはしない! テラ様率いる我らこそ世界最強の正義の軍!



 そして、誰もが兄さんを褒め称える英雄になっても、兄さんはそれに驕ることなく、そしていつまでも変わらず優しい俺とジェニの兄さんだった。

 また、



――お留守番大変ねぇ、エルセくん、ジェニちゃん。はい、夕飯のお裾分けよ。おほほ、お礼はお兄さんによく言っておいてね♪


――なあ、エルセくん、君のお兄さんはすごいな! 君もモテモテで嫉妬しちゃうな。ああ、俺は公爵家の長男、ビトレイ。君の兄さんと友達だよ。よろしくね!


――いやー、テラが王族入りするとなると、エルセも弟ということで……なぁどうだね? うちの双子の娘、アルナとヴァジナのどちらかと……小さい頃からお似合いじゃないか?


――うう……エルセの争奪戦の倍率が……妹なんかに負けらんない! ねぇ、エルセ~、今度さ……私とお出かけ……べ、別にあんたなんかなんとも思ってないんだから勘違いしないでよね! たまたま気分なだけよ! うぅ~、私のバカぁ


――……エルセくん……姉さんと違って……私は素直です…………ぽっ♥


――騎士団長の娘、ストレイアです、初めましてエルセくん。我々も父やそなたの兄に負けぬよう切磋琢磨して研鑽し、共に高みを目指そうではないか!



 国の連中も俺とジェニを気にかけたりしてくれたし、何よりも皆も俺自身のことを認めてくれて、周囲には友たちも集まっていた。

 そして……



――えっと……エルセとジェニね……初めまして。私はシス。その……あなたたちのお兄さんの婚約者で……えへへ、是非挨拶を~っと……あ、あなたたちと仲良くなりたいな~って


――え、シス姫が……むぅ……兄さんと結婚か……となると、兄さん家から出ていくのか? 


――やだ! あげない! テラお兄ちゃんはジェニとエルお兄ちゃんのだもん! あげないもん!


――違う違う! 取らないわ……テラはいつまでもあなたたちのお兄さんのまま……取るんじゃなくて……私を加えて欲しいの……私はまだまだテラと比べて未熟だけど、きっとあなたたちのお姉さんになってみせるから! 


――ひ、姫様がお姉さん……いや、なんか言いづれぇ……


――ん~……お姉ちゃん? ……お姉ちゃんっぽくない。ご飯も下手


――ガビーン! うう、がんばるよぉ! 私頑張るから~! とにかく、テラが戦争に行っている間、私があなたたちの面倒を見るから! しばらく、私もこの家に通わせてもらうから!



 照れくさいけど新しい家族が増えた。

 戦争に一区切りついたら、兄さんはこの国のお姫様と結婚だってする……そのはずだったんだ……そして、正式に俺たちには新しい家族が……


 俺もジェニも何も心配していなかった。


 だって、兄さんは世界最高最強の勇者だから。


 たとえ相手が大魔王だろうと負けるわけがないんだ。


 とはいえ、それでもこれから結婚したりと大変になる兄さんの負担を少しでも減らせるよう、俺もジェニも兄さんのように強くなろうと努力したし、たまに兄さんに稽古も付けてもらった。



――くっそー、やっぱ兄さんはツエーぜ! 俺、一発も当てられねえし……もっと走って走って走りまくらねえと!


――……いや……エルセ、お前……本当に強くなってる。そして、なるよ。俺と一対一でやって、これだけ……俺が一発当てるのにむしろ苦労したというか……


――そうかな? まぁ、あれだけ鍛錬しまくってるから、兄さん限定なら俺は兄さんと戦うのは得意かもな! でも、他の奴とまだ戦ったことねえから分からねえ。なあ、俺、兄さんみたいに強くなれっかなぁ?


――なるさ。というか……現時点でこれほど……お前なら絶対に俺以上の―――



 まぁ、兄さんは本当に兄バカだから、身内には超過剰評価だったけどな……



――テラお兄ちゃん……教えてもらった魔法……なんかできた。ほら、樽、浮いた。


――おおおっと、えええ? ジェニ、お、お前、天才か!? さっき教えた『念力魔法』をもう!? これは、将来は間違いなく大魔導士だぞ!



 俺にだけじゃなく、ジェニにもべた褒め。 



――エルセ、お前はただでさえ超人的な身体能力と魔力の肉体活性による強化は怪物級。そしてジェニの魔法の才能と魔力量は大魔導士級……もう、お前たち、とんでもない弟と妹だぜ!


――おおい、兄さん、暑苦しいぜ~


――ん、汗臭い。ハグはいいから、ナデナデにして



 だけど、俺もジェニも悪い気分じゃない。兄さんに褒められるのが好きだから、兄さんが留守中もコッソリ二人で特訓してたりする。

 もっとしっかり、そして立派になって、兄さんの負担を少しでも減らしたい。

 そして、俺たちも兄さんの力になりたい。

 それが俺とジェニの二人で誓い合ったことだった。  

 なのに……


「何が勇者だ! テラがしっかりしてないから、人類連合は大敗した!」

「歴史的大敗! ほぼ全滅とはどういうことだ!」

「この国は世界中からの笑いものになっちまったよ!」

「あいつが、魔王軍の『六煉獄将』を倒しさえすれば……俺の弟も死なずに済んだんだ!」

「責任を取れ! テラは死んだが、その弟と妹にも責任を取らせろ!」

「王国の恥さらし! 偽勇者の一族!」

「くっそが、帝国の勇者たちはあんな立派だってのに、どうして一番ダメなカスが俺たちの国の勇者だったんだよ、ハズレもいいところだぜ!」

「主人を返せー!」


 兄さんは負けた。

 兄さんは死んだ。

 先の大戦で、魔王軍の将が率いる軍と戦い、兄さんは戦死した。

 そして、兄さんが死んだことで兄さんが率いていた軍は崩壊し、多くの戦死者を出して人類連合は大打撃を受けた。

 特に兄さんの軍はほとんどこの国から出兵した戦士で構成されていたので、この国の多くの兵がその時に死に、そして残された遺族や民たちから大敗による兄さんへの激しい非難や中傷が飛び交い、俺たちの屋敷を取り囲んで火をつけた。


「ひっぐ、エルお兄ちゃん……どうしてぇ……ひっぐ、どうしてみんな……テラお兄ちゃんが死んじゃって……ひっぐ、う……みんなやさしかったのに……ひっぐ……」


 国中が俺たちに掌を返した。

 ついこの間まで、兄さんを最高の勇者、最高の英雄と褒めたたえていた奴らが、一斉になって兄さんを非難し、そして俺たちにもその矛先を向けてきた。

 まだ兄さんが死んだという事実すらも受け入れられない俺とジェニには、もう何が何だかわからない。


「チクショウ、どうして……どうして皆して兄さんを! 兄さんは、兄さんは勇者だ! 偽物なんかじゃない!」


 泣きじゃくるジェニを抱きしめながら、俺も涙が止まらずに叫んだ。

 だけど、俺たちの声も涙も世界に届かない。


「あ、火が……エルお兄ちゃん、火が! 私たちのおうちが!」

「あ、くそぉ! 俺たちの……兄さんが建ててくれた家が! くそぉ!」


 火の手が俺たちを取り囲み、俺はジェニを抱えて必死に飛び出した。

 とにかく、ジェニは何があっても俺が守らないとダメなんだ。

 


――いいか、エルセ。俺がいない間は、ジェニはお前が守ってやるんだぞ?


――ああ、任せてくれよ、兄さん! 


――おう、男と男の約束だ!



 約束したんだ!

 だから……


「あ……」


 そして、屋敷から飛び出した俺たちの前には、農具や武器を持って俺たちに殺意と憎悪の籠った眼で見る連中、そして兄さんと仲間だったはずの王国駐屯の騎士団たちがいた。


「この国から出ていけー! 永久追放だ!」

「いや、捕まえろ! そして、首を斬り落とせ!」

「磔にして引きずり回してやれ!」

「殺せ! 殺せ!」


 兄さんが敗れた罪。これがそうなのか? 


「まったく、こんな偽物一家に我が娘のアルナとヴァジナを嫁にしようなどと、危ないところだった」

「お、おっちゃん……」

「馴れ馴れしいわ、このクソガキが!」

「がっ!?」


 幼馴染の、小さい頃から世話になったおじさんにまで罵倒されて足蹴にされる。

 戦争で将が、勇者が負けるってことはこういうことなのか?

 まだ戦争がどうとか、魔族がどうとかは俺には分からない。

 だけど、一族郎党皆殺しに合うほどの……その罪を俺たちも……でも……


「た……頼みがある! 俺は……俺はどうなっても構わねえ! でも、せめてジェニだけは見逃して欲しい!」

「っ、エルおにいちゃ……」

「頼む! どうかジェニだけは……」


 ジェニだけは……

 俺以上に何も分かっていないジェニに罪なんて何もない。

 俺は必死に頭を下げて土下座するしかなかった。

 だけど……


「バーカ、見逃すわけねえだろうが!」

「戦犯勇者の血脈は断て!」

「そもそも平民の分際で我らの上に立とうというのが間違いだったのだ!」


 俺の声は届かなかった。

 そして、一斉に目の前の連中が俺たちに襲い掛かった瞬間―――



「だめええええええ!!」


――――ッッ!!??


 

 兄さんの婚約者でお姫様の……シス姫が……俺たちを庇うように割って入り、その身体を剣で引き裂かれた。












――あとがき――

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