お住まい前には事前内見師へ
碧美安紗奈
お住まい前には事前内見師へ
世の中にはよく知られていない職業がある、事前内見師もうち一つだ。
真夜中。これから住宅が建つ街角の更地に、彼はやってきた。
寒い季節でも若干怪しいくらいの、目深に被った帽子、ロングコートを羽織り、サングラスを掛けている。
フェンスに囲まれた敷地の前に建つや、誰もいなかった草と土が剥き出しの土地から声がする。
「う~ら~め~し~や~」
目前に、いまどき真っ白な死装束の女幽霊が現れる。黒髪黒目で痩せ細った純日本幽霊といった感じの、薄幸の美少女だ。
「邪魔」
強面の彼。事前内見師は、持っていた金属バットで女幽霊をぐいと横にどかした。
「あうっ!?」
情けない悲鳴を上げて、彼女は横に倒れる。
「な、何すんのよ!」
あまりの扱いに怒る。
何もない土地ゆえめったに人は訪れないが、訪れた人のうち〝見える〟連中はみな彼女を目撃するやビビりちらかしていた。
こんな仕打ちは初めてである。
「あたいは、数百年前から祟ってる由緒正しき怨霊なのよ!」
「数百年じゃ新しすぎんだよ、小娘」
女幽霊には目もくれず、金属バットを担いだ男は宣った。
「はあ?!」
納得がいかず、幽霊は立ち上がってがなる。
「今時の若者が四谷怪談とか牡丹灯篭とか語る? 近現代の都市伝説が主流よ! そん中において、あたいはこんな古くさい衣裳まで着た昔ながらの幽霊なの! それで新しきゃ何が古いって――」
「原始人の幽霊」
事前内見師の言葉に、女幽霊は言葉を失う。
「人間が幽霊になるならいるはずだ」そこに男は捲し立てる。「だが、目撃されない。なぜか?」
空き地の奥深くから、数人の新たな影が出現した。
「くぁwせdrftgyふじこlp!」
みたいな声をあげながら襲い掛かってきたのはまさに。
素肌に獣の毛皮を纏い、石器を掲げた原始人たちだった。
「おれたちが祓ってるからだ」
石斧や棍棒による打撃を金属バットで払い、原始人たちを打つ。
彼らは、文字通り空の彼方までホームランボールのように飛び、星になった。
「動物霊まで広げりゃこうも思わないか?」事前内見師はさらにバットを構える。「恐竜の幽霊はどこにいるのか」
続いて、土地全体からわき出るように巨大な影が浮上してくる。
「な、な、な、なんなのよこれ。龍~?!」
幽霊ともあろうものが尻餅をついてそいつを見上げてしまった。
まさに巨大なドラゴンのようなシルエットが二人を飲み込もうと巨大な口を開けたからだ。
「竜か、いい得て妙だな」事前内見師は、そいつも軽々と星空の果てに打ち上げて呟く。「古代生物の知識は昔の人間になかったからな。そいつらの幽霊が、妖怪やら妖精やらに間違えられたりもした」
ひたすら呆気にとられる女幽霊を置いて、男はくるりと身を翻した。
「さて、この土地も終わりだ」
数歩、元来た道を引き返していく。
「ちょ、ちょっと待ってよ」あまりの唐突な展開に、思わず自分を指差してしなくてもいい問いをしてしまう女。「あたいはこのまま!?」
すると事前内見師は足を止め、自分で訊いたにも係わらず幽霊はびくりとする。
「あとはおれの仕事じゃねぇよ。神主だの坊さんだの、普通の霊媒師にとっとかねぇとみんな失業しちまうだろ。成仏したきゃそいつらに頼めや」
彼は顔だけ振り向いて続けた。
「この世に事故物件じゃねぇ土地なんざねぇんだ。地球誕生時まで遡りゃ、どこでも何かが死んでる。それを最低限整えるのが事前内見師の役割だ。原始人やら恐竜やらの幽霊の目撃談なんかねぇように、おれらの方がすごいんだよ。なんせ神だの仏だのが生まれる前の、そいつらの威光なんて効かない霊を払えんだからな。だから業界牛耳ってんのさ。調整しねぇとな」
「……ま、待ってよ」
よくわからないが、女幽霊は一歩踏み出してしまった。土地の外へと。
「ほう」
それを一目見て、男は興味深げに目を細める。
「地縛霊が外に出るのは難しいんだが、おまえ見所があるかもな。来るか? おれの〝純鉄バット〟に触れて、少しは記憶も人間性も取り戻したろ。普通、幽霊は夢を見てるようなもんだ、現実じゃ変なことに夢では気付けないみたいにな」
それを耳にして女幽霊ははっとする。
さっきからこの男と交わしていた人間くさいやり取りが、ずいぶん久しぶりなことに。こいつについて行けば、何か新しいことが待っていそうな気がした。
「来るなら勝手についてきな。おれも代わり者って言われてんだ。気まぐれにおまえに自意識取り戻した責任くらい負ってやるよ」
言って、今度こそ男は元来た道を引き返して歩きだした。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ」女は、わくわくを隠して迷惑そうについて行った。「あんたのせいで、知りたいことが山ほどできたんだからね!」
これが、世の裏側で働く事前内見師の仕事の一端である。
お住まい前には事前内見師へ 碧美安紗奈 @aoasa
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。お住まい前には事前内見師への最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
わたしが体験した不思議な話/碧美安紗奈
★3 エッセイ・ノンフィクション 連載中 44話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます