都内高級住宅地の一角は騒然としていた

普段なら閑静な住宅街なのだがある一軒家の周りを警察隊が包囲し家の中では刃物を持った男が住人を人質に取り立て篭っていたのだ


「ったく…まだか!」

SIT隊長の本間はイライラを隠せず右手の人差し指と中指を交互に机を叩いた

「もうすぐ着くとの事です」

「女が活躍するだがなんだか知らねぇが広報が大袈裟に取り上げたからメディアも取り上げる…アイツは優秀だが命令を聞けない、組織人…警察官としては失格だな!」


バァン!


本間は指揮車の机を力任せに叩きそう言いうと

「失格者の到着でーす」

指揮車にパンツスーツの女が入ってきた

「やっと来たか」

「アタシ休暇だったんで」

「フン!方々からチヤホヤされて天狗になっていい身分だな?!」

「で?状況はどうなんです?」

「立て篭ってるのは牧 慎也。 付近から怪しい人物がうろついてると通報があり向かった警官が番かけたらそのまま逃走してあの家に押し入った。そしてお前を指名したとの事だ」

「指名料もらいたいなぁ、休み返上だし…」

そう言いながら女隊員はインカム、防弾ベスト、背骨後ろのパンツの中にコンパクトキャリーガンのカーヴを装備した

「この牧って男はどういう?」

「奴は12年前に樽原 金吾宅に侵入し強盗傷害致死事件で収監、半年前に出所してる、お前は牧に指名された、なんか関係あんのか?」

「何もないっす、んじゃまぁまた檻の中に送り返しますかぁ。向こうさんの要求は?」

本間から資料を受け取り目を通す

「とりあえず「警視庁初の女ネゴシエーターと話をさせろ」だそうだ」

「よーわからん…まぁ行ってくるっす」

そういい指揮車から女隊員が降りて警察隊をよけ立て篭り犯のいる家のチャイムを押した


ー誰だ?!ー


「牧さんに交渉役を指名された戸川 志津と申します」


ーやっとかよ!待ってろ!今鍵を開ける、余計なマネすんなよ!お前と同時に警察が…ー


「しませんよ、私は貴方を含めた全員を無傷で助けたいんです」


ドアからカギが開く音がしたので戸川が家に入ると

「意外と小柄なんだな、テレビで見るより」

人質の女に包丁を突きつけた牧が出迎え

「初めまして、牧さん」

「とりあえず中入れよ」

「助けて…早く…お願…」

「黙ってろ!」

人質の女が震えながら小声で戸川に懇願するが牧の一言で一蹴され

牧の案内で家のリビングに案内されるとそこには首の動脈を切られた男が横たわっていた

「これで無傷で解放は無理だなぁ…」

牧はヘラヘラしながら戸川に言う

「…私を呼んだのは訳があるんでしょう?」

「警視庁初の女交渉人に会って真実を伝えたかったんだ」

「真実?」

「…違!」

「てめぇは黙ってろ!」

牧に捕まってる女が何か弁明しようとしたが牧は聞く耳を持たない

「話ってなに?」

「俺が捕まった事件の真相だ」

「真相?」

「そう、俺はアレとこの女に騙された!」

牧は転がっている男の死体に目をやりまた女に刃物を突きつけた

「事件の詳細は見させてもらいました、牧さん?貴方は当時全部自分でやった単独犯と供述してます、何故当時それを取り調べなり公判で証言しなかったんです?」

「それは…」

「どうせ言ったって誰も信じない!そこに転がってる男が主犯だ!あのクソ成金は詐欺紛いな行いで金を稼いでいた!俺のお袋はあの成金に騙され根こそぎ金を奪われ自殺したよ!俺は恨んだ!そんな時このクソ野郎がどうにか奪い返して被害者に返金させると俺に持ちかけてきてこのクソ女をあの家に家政婦として侵入。税務署も見つけられなかった隠し金庫があったがそれはあのクソ成金野郎の網膜、声、指紋が無ければ開けられない…だから俺が必要だった!それを…」

「待って待って!資料見たけど金庫は空だったわ、貴方が隠したんじゃないの?それに何故あなたが必要だったの?主犯がいるなら脅せば良かったんじゃない?!」

「あの強欲成金は自分が死んでも金は渡さないって言ってたよ、俺は金よりお袋の仇が取りたかった!だから…」

「結果牧さんが殺したんじゃない、それを今更…」

「違う!最後まで聞け!こいつらは俺に復讐をさせて金は被害者に返すと約束したから俺は罪を被りこいつらを逃がしたんだ!でもどうだ?ムショにいてもある程度情報は入るからな、一向に返すつもりも無い…出所して居場所を調べたらこいつらは2人で金を持ち逃げして悠々と暮らしていたんだ!」

牧は声を荒らげて言い牧が喋り終わると戸川が尋ねた

「そもそもわからないんですけど…理解力が無い私にも分かるようにご説明頂きたいのですが…どうやって殺した後にそんな厳重な金庫を開けたんです?」

「簡単だよ、死体を操ったんだ…こんな感じでね!」

牧が死んでいた男に目をやると男がピクピク身体を痙攣させながらまるでデキの悪いC級映画の逆再生のような体勢でゆっくり起き上がり人質になっている女にゆっくり向かっていった

「や、やだ!何?!こっち来ないでよ!」

「俺を散々使わせやがって!死ね!クソ女」

「牧!その人を離して!早く!」

戸川は警告するが聞く耳を持たない

その間も白目を剥き出しにした死体はゆっくり近づいてくる

戸川はこれ以上は無理だと判断し拳銃を抜き牧に発砲


パァン!パァン!


口径の小さい拳銃弾が牧の頭を直撃し持っていた刃物で人質の女を刺しながら倒れると死体もまたその場に崩れ落ちるように倒れた


「キャァァァァ!」

刺された女の悲鳴が室内に響くと同時に銃声を聞いた他のSIT隊員が部屋になだれ込むように突入

戸川はただ呆然とするしかできなかった…




ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


あの事件から3日後


警視庁のお偉方数名が戸川に査問を掛けていた


「何故許可も待たずに発砲したんだ!」


「犯人は錯乱状態でした、それに報告書にも書きましたよ?読んだんでしょ?何回同じ事を言わせりゃ…」


「君!口を慎みたえよ!」


「現場にいないアンタらに何がわかんの?じゃあ何?死体が動いてる時どうすりゃ正解だっんですか?」


「君が発砲をした結果、人質の岩村 果穂さんが胸部を刺され生命に別状はないが重症、君の発砲が問題だったと弁護士を通じて抗議がきてる、マスコミも嗅ぎ付けた。おそらく訴訟問題になるだろう、誰かが責任を取らなきゃならんが我々が取るのは御免こうむる」


「じゃあアタシはクビですかー…助けてもらっといて…元々あの死体だった男と女が…!」


「君の私見は聞いてないんだよ!家や口座を調べたがそれらしき金はない!それになんだ?この報告書は!!死体が動く?バカも休み休み言え!被疑者の言う事を真に受けおって!それでよく交渉人なんて言えたもんだな!え?!戸川!」


「事実を言ったまででありまーす」


「もういい!反省してないんだな!追って処分が出るまで謹慎!今度こそお前は懲戒解雇だ!クビを洗って待ってろ!」


警察制服に身を固めたお偉方が最後の一言を合図かのように立ち上がり順に部屋を去って行こうとした時


「ひとついいすかー?」

査問にかけられていた女SIT隊員が尋ねた


「あんたら何がしたくて警察やってんすか?安全に出世して稼ぎたいなら他の…」


「黙れ!小娘が!組織人の自覚もないクズは警察には必要ない!」

お偉方達はそれを最後に部屋を後にした


ーフン、事実も受け入れず現場にも出ないオッサン共に何が分かんだよー


そんな捨て台詞が頭を過ぎったが警察なんてそんなもんと諦めて女隊員も部屋を後にし査問委員会後、SITのブリーフィングルームに戻るとそれまで騒がしかった男達が女の顔を確認すると全員口を閉じた


「なんすかー?」


誰も戸川の言葉に耳を貸さない


「あ、邪魔っすよね?アタシ謹慎なんで帰りまーす、もう会うことも無いと思うのでお世話になりましたーんじゃ」

戸川が私物を持って部屋を出ようとすると本間が呼び止めた

「戸川!」

「…なんですか?説教はもういらないですよ」

「お前は優秀なのにどうしてそう突っ張るんだ?」

「…別に…アタシはアタシの正義を貫いてるだけです、私からしたら本間さんも含めた皆さんの方が何をしたいんですか?上からの目を気にしてやりたい事もできない、青臭いですが人を守るために我々がする事は上の顔色を伺う事じゃないっすよ、失礼します」

そういい戸川は部屋を後にした


ー正義なんて意味無いの分かってたのに…アタシもバカをしたもんだー


そんな皮肉を思いながらエレベーターに乗り1階のボタンを押すと扉が閉まり動き出した


1階に止まりエレベーターを降りて正面玄関を抜けると「警視庁」と掘られた石碑を蔑んだ目で見下し門をくぐり警視庁を後にした


目の前の地下鉄駅から電車に乗り最近通いだしたメンタルクリニックの予約をスマホで確認すると偶然今日の予約が取れたのでそのまま確定、住まい近くのクリニックなので戸川は内心ホッとした

目下の悩みは

「眠れない、頭痛が酷い、耳鳴りがする、全員が全員では無いが人の目を見続けると相手に吸い込まれる感覚に陥る」

だった

3ヶ月前には謎の高熱で精密検査をしたが身体に疾患は全くなく原因不明だったのでメンタルクリニックに頼る事にした


ーまた眠れなくなる……しばらくは謹慎、どうせクビだ、時間はたっぷりある。ゆっくり休もう…やっぱり科捜研にいけばよかった…ー

悩みのスパイラルに陥るのが嫌だったのでカバンからワイヤレスイヤホンを取り出し耳に装着してプレイリストを適当にかけて目をつぶった


2回ほど乗り換えをし地元の駅に到着

駅前は昼過ぎだったが活気に溢れていた

商店街の中程にあるメンタルクリニックに行き診察を済ませたがテンプレ的な問診だけで何も解決してないのと薬が増えた事に嫌気が差し昼から飲んでやろうと町中華の暖簾をくぐった


「らっしゃーい!おぉ志津ちゃん!今日は休みかい?」

皿を洗ってる店主とは顔馴染みなのか気さくに話かけられた

「そろそろクビかもね、アタシ」

「まーたなんかしたんかー?」

「話たくない」

「まぁいいさ、丁度客も途切れたからゆっくりしとき、とりあえずいつもの三点盛り穂先メンマ増し、デカ焼売、バカ春巻きでいいかい」

「うん…あと」

戸川が何かを言い終わる前に


ドンッ


店主がキンキンに冷えた大瓶ビールと銘柄の違うグラスを置いた

「飲め飲め!これは俺っちのサービス、いつもご苦労さんな」


キンキンキン…ポンッ!


店主が栓抜きで瓶を叩いた後栓を抜きグラスにビールを注ぐと戸川はそれを一気に流し入れた


「はぁぁぁぁぁ!うんま!」

「相変わらず飲みっぷりがいいねぇ!志津ちゃん」

店主が笑いながらそういうと


ガラガラガラガラ


引き戸が開き長身で髪型がオールバックの男が店に入ってきた


「らっしゃーい、お好きな所にどうぞー」

「んじゃ俺は…隣いいかい?」

男は戸川にそう尋ねた

戸川は正直鬱陶しかったが断る理由もなく黙って頷いた

「ありがとうね、あんまり美味そうに飲んでるから俺も飲もうかな、流石に酒は…ジンジャエール頼むわ」

「こんなところでナンパっすか?」

「いやいや、そんなんじゃないよ、戸川 志津さん」

男に名前を呼ばれ軽く動揺したが直ぐに落ち着きを取り戻した

「…尾行っすか?」

「無許可で発砲して射殺、処分も決まってないのに昼間っから酒をかっくらう…訴訟問題かもしれん状態でいいご身分だなぁ」

「あんた内務調査部?」

「はいよ、ジンジャエール」

カウンター越しに店主から栓を抜かれた瓶とグラスを渡されたが男はラッパ飲みスタイルで飲む

「ング…ング…ング…プハァ!うめー俺が内務調査部に見えんのかよ?」

「じゃあ何?」

「まぁそれはおいおい…君と話がしたいだけだよ」

「何が聞きたいわけ?」

「報告書を読んだが…実際君しか見てないからね、死体が動く…だったか」

「ング…ング…ング…はぁ〜」

戸川はグラスにビールを注ぎながら口を開いた

「…どうせ信じてないんでしょ?アンタも?」

「ング…ング…おいちゃーんジンジャエールもう一本」

「はいよー」

「…何故撃った?」

「は?」

「どういう判断をあの瞬間にしたんだ?」

「…牧が嘘を言ってるように思えなかったんです、牧は興奮してましたがあの状況で嘘つくメリットは無い、それに過去の事件がホントかどうか別としてあの死体は確実にあの人質を殺してました。あの死体ができなくても牧が殺してましたよ、それに牧が意識を飛ばしてまでそれができると思わなかった、だから牧を止めればと…思い発砲しました」

「だから頭を撃ち抜いたと…そもそもアレが死体だとどうして瞬間的に判断した?」

男は禁煙パイポを口に咥えながら戸川に尋ねた

「刺傷が多数ありましたが心臓と肝臓を直撃する傷も見えたしあの出血量…紛うことなくアレは死体だと判断しました」

「死体が動く事に驚かなかったのか?」

男が喋っている時に店主が戸川の前に料理を置いた

「はい三点盛り、焼売、春巻きお待たせ〜」

「なんだこれ?すげぇな」

「これ美味いんすよ、どうっすか?」

そういい戸川出来たての焼売に酢醤油、辛子をつけて口に放り込んだ

「ハフハフ…あっつ…うっま!高まるぅー!」

「んじゃ俺も…ムグムグ…美味い!こりゃ凄い!」

「春巻きも美味いですよ?」

「美味いのは分かったよ、俺の質問に答えてくれない?」

焼売を飲み込みジンジャエールを飲んで男は続けた

「よくその状態で非常識な事を受け入れられたな、あれだけ細かく報告書を書いてるし」

ビールを飲み戸川が答えた

「ありえないなんてありえない」

「ん?」

「有り得ないと思った事象でも目の前で起きたら受け入れないと次の行動に遅れがでる、それに…目の前で起きてることを否定する材料もない…なら受け入れて次の行動に移す。それに…」

「それに?」

「人間は文明を受け入れた代償に第六感を失った、人間って脳をどれくらい使ってると思います?」

「まぁ2割にも満たないだろ?」

男の返答に戸川は少し驚いた

「…へぇ…優秀なんですね、これ答えられるの脳科学を専攻してる人以外見たことないですよ」

「お褒めの言葉ありがとよ…さすがIQ200オーバー、脳科学、犯罪心理学を専攻しただけある…なんだこのバカ太い春巻きは」

男は太く巻かれた春巻きをマジマジと見ながら尋ねた

「具材にタケノコ、長ネギ、ピーマン、モヤシと辛口味の粗挽きひき肉が入ってるんす、美味いすよ、バリ…バリ…うんまー!高まるぅ!」

「いちいち元気なリアクションだな…バリ…バリ…んーーー!うめぇ!」

「でしょ?」

「こりゃ美味い!」

「私の事調べたんだから食の好みも調べりゃいいのに」

「そんなもんこれから知ればいいさ」

そういい男は1枚の名刺を出した

名刺には


ーRACK 特別主任捜査官 三日月 宗近ー


と記載されていた


「RACK?何それ?」

「お前が見たような能力…俺達はabilityと呼ぶがそれを使う連中を保護、もしくは逮捕する組織だ」

「へぇ〜そんな所あるんすね」

「お前には今2つ選択肢がある、1つはこのまま自分で腐り処分を待つ…まぁ懲戒解雇だな。それともう1つ…俺の下につけ」

「冗談」

「大マジだわ」

「RACKなんて聞いた事もない」

「そりゃそうだ、極秘部隊だしな。知っているのは数名の政府高官、警察、公安調査庁、内調、陸軍情報調査室の責任者ぐらいだ」

「警察幹部…アタシの評価は知ってるでしょう?無駄よ、それにもう警察の為…いや、人のために何かをするのはバカバカしい、私は組織人として欠陥品歯車…どうせ使い捨てる事が見え見えよ」

戸川はビールを一気に飲み干し呆れ顔で返した

「だから俺はお前を選んだ」

「は?」

「欠陥品?結構じゃないか、俺は組織人なんていらん。大切なのは信念を曲げない事だ、信念を持ち正しい事をする…正しさが世の中に広がれば虐げられる弱者を守る事に繋がる。お前は…結果はどうであれ正しい事をしたよ」

戸川は肩を震わせた

「……だからって……私の居場所なんて……」

「そんなもんクソ喰らえだ、俺がなんとかしてやる、お前を警察幹部に好きにさせない。あの状態でベストを尽くしたお前は凄いよ、もっと誇れ、自分の気持ちを、行いを。」


誰にも言われなかった言葉を言われ戸川の目に涙が流れた


「……ありがとうございます…」

「おぉ、いいってことよ。ただ俺の話を受けるなら1つだけ約束してくれ」

「なんです?」

「発砲するなとは言わん、でも人を殺すな、特殊な事案に巻き込まれても…そうするのは最終手段だ、彼らだって異能を持って苦しんでる…それを…」

「んなもん当たり前ですよ、何も私は人を殺したい訳じゃない…牧の時はああするしか…」

「分かってるよ、辛いことを思い出させてしまってすまない。改めて三日月 宗近だ。よろしくな。」

三日月と名乗った男はジンジャエールの瓶を持ち戸川に向けた

「ようこそ、RACKへ」

戸川もグラスを持ち三日月の瓶に合わせた

「よろしくお願いします、三日月さん」


チン…


グラスと瓶が当たった音が小さく響き2人は自身の飲み物を喉に流し込んだ

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