Singularity -未解決事件詳細保管解決課- /-弐

乾杯野郎

海の見える教会の墓地に石碑がある


石碑には


「Rest in Peace」


と刻まれていた


石碑の前に男が手に持っていた花束を供え、しゃがみ手を合わせた



松永、瀬戸、黒木…


俺が不甲斐ないばかりに


謝っても済まないよな


俺の信念は間違えてるのか?


俺の信念を伝えなければお前らはもっと生きられたか…


秘密任務とはいえ誰も弔わないのか…


ふざけんな


俺は忘れない…


柄木、江原、…


望まぬ力なんていらないよな


無ければお前らももっと楽しく平和に生きられたろう


俺は忘れない


全部背負うよ


だからゆっくり休んでくれ


みんな同じだ…分かり合える



男は石碑の前に立ち、一礼してその場をあとにした


「正しい」とは何だ


弱者を守り秩序を守る


ひいてはそれが社会を守る事になる


違うのか


どんな「能力」でもそれは持たざる者や弱者虐げる為に使うものではない


しかし「無知」は集団になると怪物になる


弱者とは何だ?


疑問を抱くな


前に進め


後ろを見て嘆く資格など俺にはない…


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ー…以上だ、定例会議を終了するー


Webカメラ付きのモニター画面に高級オーダーメイドスーツに身を包んだ中年の男が喋っていた


「待ってください!」


ーなんだ?ー


「個別回線でお願いします」


ーいいだろうー


「最近のRACKはどうしたんです?!何故短絡的に「処分」を優先するのですか?!」


ー仕方ないだろう?相手は人智を超える力を持っている、我々「普通」の人間では太刀打ちできんよー


「彼らも人間です!国土安全保安庁長官は現状をご理解されているのですか?!」


ー長官はもちろん知っている、確認されているabilityの種類はとっくに想定を超えているよ、状況は君が入った時とは変革している。ー


「だからと言って特別捜査官が派遣されるような事案に何故若い捜査官を向かわせるのですか?!」


ー秘匿性ゆえに人は足りない、わかるだろ?仕方な…ー


「仕方ない?!そんな言葉で濁さんでください!人手が足りないからって俺が育てた松永、黒木は2人とも訓練明けで直ぐに特S任務なんて有り得ないでしょう!何のための俺達特別捜査官なんですか?!」


ー少し現場の人間に懐かれているからっていい気になるなよ?口を慎め、これは長官の方針だ、特別捜査官とはいえ一捜査官が口を挟むな!ー


「…まだ話は終わってない!」


ーなんだ!ー


「俺達特別捜査官でもアクセスできない情報があります、あれは何ですか?」


ー君達は独立している、特に特別捜査官達はね、ある程度情報はまとめなきゃならならんだろう?これは長官と私しか知りえないー


「そのアクセス権…俺にもくださいよ」


ーバカ言っちゃいかんよー


「俺達に身体を使わせてアンタらは安全圏から指示かよ!情報がもっとあれば死なずに済んだ人間は沢山いる!それを…」


ーたらればの話をする気はないー


「なら…せめて死んでいった者達を弔うくらいしてやってくれ…」


ー遺族達には多額の遺族年金を…ー


「違う!手を合わせて頭を下げろ!長官や役人達と会食やら根回しする暇があるなら散っていった連中に…」


ー立場を弁えろ!高度な政治判断も必要な事でも超法規的措置として処理しているのは誰のおかげか理解して言ってるのか?!ー


「だから!そういう話じゃねぇ!散っていった連中に敬意を払えと言ってる!じゃないと俺達現場は…」


ーこれ以上は平行線だな…君と話す事はもうないよ、それじゃ…ー


「局長!待ってくれ!最後だ!Edenに保護した奴らと会わせてくれ」


ー会ってどうする?ー


「前は普通に面会できていた…なのに3ヶ月ほど前から俺達特別捜査官でも簡単に出入りできない…いや、一方的に封鎖しているようにしか思えない!連絡もつかない、俺には保護した責任がある」


ーなんだいきなり…手がかかる連中だが元気にやっとるよー


「じゃあ会わせろ!」


ー…保護した連中より任務に集中させるための処置だ…特にお前にはな。長官から許可を貰えたら連絡するー


画面から男が消えた


「なんだこの違和感は…クソ!」

ヘッドセットを投げ捨て禁煙パイポを咥えた


ー先手を打つか…優秀で柔軟性がある人間を探そう…ー


ブーブーブー


男のスマホに着信がありスライドさせて電話に出る


「もしもし……あぁ、分かってる……いや、俺が独自に探す…RACKは人手不足だろう?自分の組む相手くらい自分で探すさ…もちろん最終的に局長の許可も取る……」


RACK…何が起きてる…何が変わった

何のために犠牲なっていったのか…

男は長財布から写真を出して見つめた


その写真にはどこかの飲み屋なのかその男を中心にみんな笑顔でグラスを持つ男達が写っていた


ブーブーブー

今度は緊急用の連絡端末に着信

感傷に浸る暇もなく通話


「どうした?……?え?!なんだって!……捜査官の2人?!……それで?相手も……ちょっと待て…佐竹が?!………すぐ行く!」

男は慌てて身支度をビジネスホテルの部屋を後にした



ーーーーーーーーーーーーーーーー


「長官、奴はもうこちらを嗅ぎ回っています」

「やはり彼か…彼は初期メンバーなんだろう?君の方でなんとかならんか?」


初老の男と局長と呼ばれた男が料亭の個室で酒を酌み交わしていた


「そういう奴ではありませんよ、長官」

長官と呼ばれた初老の男はその言葉を聞き流し椀の蓋を開け軽く香りを嗅ぎスプーンで掻き回した後、中から椎茸を取り出し避けた

「うーん…どこにでもあるな…ワシは茶碗蒸しは好きなんだがこの椎茸だけは苦手でね、出汁だけ取れればいらんか…まとまっているのに残念だよ…調和を乱す者は…退席願うしかないな」

「それは…処…」


パチン!


長官は強めにスプーンを置くと

「いちいち言わすな、誰が聞いてるかわからんぞ?やるにしても上手くやれ、あと特別捜査官達をこちら側につけさせろ、いいね?」

「他の特別捜査官達は問題ありませんが…奴は…」

「…君が隠れてやってる実験体でも使えばいのでは?」


局長と呼ばれた男の額から汗が滲み盆に垂れた


「それは…!」

「隠し通せるとでも思ったか?」

「直ちに善処します!なので…」

「今後もいい関係でいようじゃないか…日本が覇権を取り傀儡政権を作って後ろ盾にワシがなれば…なぁ?」

そう初老男性が盃を突き出し局長は徳利から酒を注いだ


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


警視庁地下遺体安置所


入口には特別捜査官の生島が負傷したと思われる腕を抑えながら座っていた


「生島!佐竹の事は本当か?!」

「…あぁ…」

「どういう状況だった!」

「どうもこうもない…説得に応じず交戦、あっという間だった」

男は生島の胸倉を掴み無理やり立たせ

「本当に説得したのか?!」

「離せよ!説得はした!俺だって必死だった!」

「何が必死だぁ?!何のための特別捜査官なんだよ!えぇ!」

「なんだとコノヤロウ!その場にいなかったお前に何が分かる!そもそもてめぇの理想論をこっちに押し付けるな!共存?!はなっから無理なんだよ!中の遺体見てみろ!てめぇの理想を下の奴に押し付けた結果だ!!」

検案所のドアを開けると鳩尾辺りから2つに切れた成人男性の遺体と顔を潰され正中線に沿った切り方をされた遺体があった

「そっちが佐竹だ、相手は水を操る奴でな…あっという間だったよ。理屈は分からんがおそらく水を圧縮しそれを自在に振り回してたよ、佐竹がやられて木下も…俺が頭を撃ち抜いた」

「すぐに交戦状態になったのか?」

「あぁ…」

「ソイツの遺体は?」

「RACKの処理班が持ってったよ、いい加減下の奴に共存なんて言うのやめてくれ」

「……相手だって人間だ…一方的な理屈…」


バキッ!


生島が男を右手拳で殴る


「一方的に死を与えられたんだよ!佐竹も水野も!佐竹はてめぇが育てた奴だろう?!水野は俺の後輩だ!なのにまだそんな綺麗事言うのか!いい加減目を覚ませ!共存なんて無理なんだよ!現実を受け入れろ!ガキじゃねぇんだから!」

そう言い生島は安置所から出ていった

男は佐竹の遺体に近寄り

「……ごめんな…俺の我儘をお前ら押し付けて…ごめん…本当にごめん…」

そう小声で言い男も部屋を後にした


警視庁から出ると外は雨だった


傘もささずに正面玄関から出ると立番の警官に呼び止められたが耳に入ってこない


雨に打たれたまま近くの公園のベンチに座る

男には雨が丁度良かった


この仕事を選んだ時に決心はしていた


はずだった…


「死」は分かっていた


誰にでも訪れる


自分は運が良かっただけ


弱者生存の為に自分はやってきた


弱者とはなんだ…


意図せず異能が開花しそれを悪用させないように保護をする

悪用した者も逮捕する


それが自分の役目…


強者とはなんだ…


何から何を守ればいい…


仲間の遺体を見る度に何が正解なのか分からなくなる


死体の山…


共存…


理想じゃない


心があるもの同士


分かり合える……


「フッ…アハハ…アハハハハハ!」

雨に消されていたが男は泣いた

子供のように

両手で顔を覆い

憂いを流すかのように…


泣きながら腰に装備していたオートマチック拳銃を顬に押し付け引き金に指をかけた


ー所詮俺は引き金を弾けないクズだ…怖いんだ……クズのくせにー


「アァァァァァァァァァァ!」


誰にも届かない叫びが夜の公園に響く


しかしその叫びは雷鳴にかき消され誰にも届く事はなかった







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