第3話
カナンの案内の元、ティアとバルアンはダンジョンの候補地へと訪れていた。
「一からダンジョンを作製しても良いんだが、それだと時間がかかり過ぎる。そこで、過去のダンジョンや人族の遺跡などを
そういってカナンは犬小屋のような大きさのかまくらを指さした。
バルアンが見て全員が思うであろう疑問を呈する。
「小さすぎでは?」
その言葉に指を振ってカナンは否定する。
「甘い。甘いぞ」
カナンはかまくらの中に入って手招きする。ティアはそこに体をねじ込むと、奥は驚くほど広かった。
草木が生い茂り、川が流れ、光るコケやきのこの淡い灯りが満ちて、屋内なのに昼様な明るさを誇っている。あるいは満天の星空に近く煌びやかな空間ともいえる。
「空間魔法を駆使すれば、外見は小さくとも中身は山一つ入っておかしくないほど広くできる!」
「おお! すごい! すごいよカナン!! これが、オレの、オレたちの新しいダンジョンだ!!」
などと感動しているティナを、外から顔だけ突っ込んだバルアンが否定する。
「駄目です」
「なぜ!?」
バルアンは頭を突っ込んだその姿勢が辛かったのか、首を引っ込めようとして頭をぶつける。何とか首を引っ込めつつ、バルアンは理由を、半ば不機嫌そうに口にする。
「まず、入り口が小さすぎる」
「それは……バルアンがデカいのでは?」
「いいえ、僕は風の徒の中では大きい方ではありません」
「そうなの!? オレよりデカいじゃん!」
「なんでそこでティナが驚くんですか……」
ため息交じりにバルアンは続ける。
「それに、風の通りが良くないですね」
ティナは言われて「確かに」と納得してしまう。
カナンはその様に少し落ち込んだ様子で口を開いた。
「そんな。ダメだったのか……」
ティアは背の低いカナンに視線を合わせながら励ます。
「そんなことないって。ただ……その、言い忘れてたんだけど、オレら風の徒にとって、風は大事なものなんだ。風通しは良くないといけない」
風の徒は風を受けることで様々な恩恵を受ける。ある種族は風を受け続けなければ命に係わるほどである。そうでなくとも、風は彼らにとって生活用水ほどの重要性を持っているため、風通しが良くないのは致命的だった。
「いっつもだめなんだ、拙は……ついダメな建築をしてしまう」
「そんなことない! この内装は正直気に入った! 星灯りみたいで、それでいて穏やかで、川のせせらぎもすごくいい。それは間違いないよ」
カナンは申し訳なさそうにティアを見上げる。
「そう、言ってもらえると少し浮かばれるよ」
ティアは微笑みで応え、対応策を一緒に考えようとする。
「うーん、入り口を広げるのと窓を設けるのが必要、なのかな?」
「ああ、それぐらいなら……というか」
カナンはティアに申し訳なさそうに聞く。
「そっちからの要望を、その、ちゃんと聞いてなかったな、なんて今更……」
「あ……そういえば、言ってなかった」
外からバルアンの大きなため息が二人の耳に聞こえた気がした。
「というわけで! オレの要望を聞いてもらったぜ!!」
などと案内されたのは、人族の里のすぐ近くの廃墟の屋敷である。
昔は人族の貴族が住んでいたが、その貴族に嫁いだ娘が吸血鬼であったばかりに一族は壊滅。吸血鬼と化した一族は討伐され、今はもぬけの殻である。が、長らく手入れが成されていなかったにもかかわらず荘厳な雰囲気を持つ大きな屋敷は、細部にわたり細やかな細工が成されており、当時の面影を今に残している。とはいえ、庭は荒れ放題、噴水には藻が浮いており、もっぱらお化け屋敷と言った方が今はしっくりくる。
「お店まで歩いて行ける距離! 御近所付き合いも良好な近すぎず遠すぎない距離! 庭付き噴水付きで今は風通しもばっちりな造り!!」
バルアンは、幼かった頃父に言われて菓子を二人分、ティアの元に持って行ったら、目を放した隙に自分の分まで食べられていた過去に現実逃避していた。
「はっ! 僕は今何を!? 違う、待ちなさい、待ちなさい、ティア!」
「なんだよ、さっきまで呆然と宙を眺めてたくせに」
「そこはいいんですよ今は! そうじゃなく……」
バルアンは身をかがめながら人族の街を指さした。
「なんで人族の住居に近いところなんですか!!」
「交通の便は良い方が良いかなって」
「こんなにアクセスが良い四天王のダンジョンが有って良いわけないでしょ!!」
バルアンが唾を飛ばして説教する中、ティアは口をとがらせて対抗する。
「何言ってんだよ! ダンジョンなんだぞ?」
ティアは「だからそう言ってるじゃないですか」というバルアンの言葉を遮って続ける。
「ダンジョンたるもの、維持してなんぼだ! ……ってカナンから聞いた」
カナンは頷いてティアの味方をする。二人は目配せし、ティアはバルアンを説き伏せるために持論を展開する。
「ダンジョンの維持には、豊富な魔力と持続可能な食糧、そしてそこに住む連中のメンタルケアが必要だ! ……ってカナンから聞いた。だ、だから、人族の住んでるところの傍にダンジョンを構えようと」
次第にしどろもどろになってもじもじし始めるティアを前に、バルアンは目頭を押さえていた。というのも……
「ティア、誤解していました……」
「へ?」
「確かに、人族の里自体をダンジョンの一部に組み込んでしまえばよかったのです」
「え゛?」
「まさか、魔王様すらなされていない人族の家畜化に取り掛かるとは……しかも他の人族に勘づかれないようにするには、我々は人族のふりをするのが一番効率がいい」
勝手な誤解からティアの手を取って、誤解による感動を持ってバルアンはまんまと流される。
「いいでしょう! ではこの屋敷、この町を! 我らが風の徒の、風の四天王のダンジョンに!!」
その意外な熱量に押され、ティアは「そこまでは考えてない」とは言い出せなかった。
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