視えるボクの初めての一人暮らし

天雪桃那花(あまゆきもなか)

『桜志と兄と猫又と』〜初のドキドキ物件めぐり〜

 春から、大学生だ。


 東京に行く。


 ボクは一人暮らしをすることになった。


 ……生まれて初めての内見、ドキドキだ。



 ボクはわくわくとちょっと心細い気持ち。


 だけど、ボクには頼れる兄ちゃんがいるから、きっと大丈夫だ。

 東京で働く社会人の兄ちゃんと、学生も住みやすそうな部屋を求めて物件巡りに出掛ける。



     ◇◆◇



 ボクの目の前に薄い色素の動物と人間が歩いて、走って、飛んでいく。

 今日も安定の視え方だな。

 

 ちっちゃい頃から視えちゃった。

 なにがって?


 うーんと、オバケとか?

 あとはもののけ、妖怪の類とかかな。


 ボクには少し変わった能力があった。


 そう、ボクには他の人には視えない【モノ】が視えるのだ。

 視える、ただそれだけ。


 アニメや映画の主人公の陰陽師みたいにかっこよくお祓いが出来るわけでもなく、その【モノ】とおしゃべり出来るわけでもない。


 

 視えるだけのボクが、人生初めてのアパートやマンションの内見に行ったら、やっぱり視えちゃいました。

 そして出会いました。


 これは運命だと思えた。


 いくつめかの内見、あるアパートのある部屋でボクは【猫とおじいさん】に出会ったんだ。


 穏やかな空気――。

 無念とかを感じる黒い妖気は漂ってはいない。


 負の怨念も感じない。


 ボクは、おじいさんと目が合った。

 しっかりと、真っ直ぐに――。


 幽霊のおじいさんはにっこりとボクに向かって微笑んだ。

 ボクもつられて、笑った。


 おじいさんの腕から二本の尻尾を持つ妖怪猫又がぴょこんと跳んだ。

 


 古いアパートをリノベーションしたその建物の名前は『春風荘』だった。

 元は普通のアパートだったが、学生専用の寮なんだ。

 寮母さんがいて、共同スペースがあって、食堂も完備されている。

 もちろんWi-Fiスポットも完璧だ。



 おじいさんはにっこり笑いかけてくる。

 怖くない。

 ちっとも。


「桜志、ほんとにあそこの部屋で良いのかよ」

「ああ、良いんだ」


 兄ちゃんの蓮斗が確認してくる。


「俺の家に一緒に住むんでも良いんだぞ? だってあそこ……」

「兄ちゃんの彼女に悪いよ。ボクが居たんじゃ来づらいでしょ?」

「会うのもデートも外ですりゃあ良いし、俺の彼女は事情を話せば分かってくれる。ふっふーん、心が広い素敵な子なんだぞ」

「さり気なく惚気けるのやめてくれませんか? 彼女が出来たことがないボクには刺激が強いんですけど」

「はははっ、お前も俺に似てイケメンだから彼女がすぐ出来るって」

「そんなにイケメンじゃないよ。ボクら兄弟は顔面偏差値は至って平凡、かなり普通のほうだと思う」

「いいのいいの、思うのも言うのもタダなんだから。イケメンだって思うのはモチベ上げるためと自信つける魔法の言葉なんだぞ」

「はいはい」

「あのなあ、桜志。自分の機嫌は自分でとってかないと。……で、もう一度聞くけど、ほんと〜うにあそこの物件で良いわけ?」

「うんっ。もう決めたんだ、あの部屋が良い」


 兄ちゃんが近くに住んでいるなら色々大丈夫そうだし、大都会の東京に住む不安も紛れる。

 まっ、東京ったって、〇〇区ではなく〇〇市だから、そんなにビル群はない。

 むしろ、ここは自然たっぷり。

 少し行けば山に川がある。

 時々、冬から春にかけて雪も降るらしい。


 ナイショだが、兄の蓮斗もボクと同じ【視える人】だ。




     ◇◆◇



 ひととおり、不動産屋さんの準備していた紹介物件を見て回り、ボクと兄ちゃんは帰路に着いた。

 数日、兄ちゃんの家に世話になるつもり。



 ボクと兄ちゃんの足元に交互に猫又が絡んでくる。

 遊んで欲しいの?


「その猫又、地縛霊じゃねえのか。学生寮から付いてきたんか」

「おじいさんもそこに……」

「じいさん、居なくなったぞ」


 あれ、おかしいな。


 幽霊のおじいさんも一緒に来てたはずなのに……。


「桜志、あれっ」

「うん?」


 短く言葉を発した兄ちゃんが指をさした先には、うちの母さんが居た。

 母さんは小さいボストンバッグを持って、兄ちゃんの住むマンションの玄関の門扉の前に立っていた。


「なんだ、母さん来たのか。桜志の住む部屋のことなら俺にどーんと任せろって言ったのにぃ」

「どこに決めるか親としても当然心配するじゃない? 桜志のこれから暮らす部屋は見ておきたいもの。それにね、母さん久しぶりに蓮斗とも会いたかったのよ。元気してた? あなた御飯ちゃんと食べてるの?」

「しっかり自炊してます。彼女が料理上手でさ、ちょっと食べすぎてるぐらい。そういや父さんは? 一緒に来てないの?」

「釣りに出掛けたわよ」

「相変わらずだな。釣れもしないのに」

「お父さん、ほんとは来たかったのよ。あの人『桜志のことは蓮斗に任せれば良いんだ』とか意地張っちゃって。その実、桜志には一番に父親の自分を頼って欲しかったの。面倒くさい人でしょ? ……それに。とうとう息子二人とも親元を離れるのが寂しいのよねぇ」

「父さん、子煩悩だかんなぁ」


 兄ちゃんと母さんが玄関口で話し込んでる時、不意にあの気配がした。


「んっ、桜志? どうした」

「おじいさんだ」


 母さんの横で、幽霊のおじいさんが微笑んで泣いている。

 そして…………、消えた。


「やっぱりか」

「何がやっぱりなんだよ、桜志」


 ボクだけが納得してるもんだから、兄ちゃんが不満顔で肩を突っついてくる。


「あのおじいさん、母さんのお父さん。つまりはボクたちのおじいちゃんだ」

「はあっ? どういうことー?」

「おじいさんがね、ちょっと母さんに似てるって思っていたんだ。当然ボクらにも。兄ちゃんだって、なんとなく親近感湧いてたでしょ?」

「ふーん、そっか。そういや似てたかもなあ。桜志はよく観察してんな。そうだな、……まあ、怖くはなかったよ。すっげえ、笑いかけてくる陽気なじいさんの幽霊だと思ってたけど、そういうことか」


 ボクと兄ちゃんは、父方の祖父母しか知らなかった。

 母さんの方の祖父母は、写真すら見たことないし、話も聞かせてもらえない。

 それは母さんがあまりいい顔をしなかったから。

 子供ながらに、哀しそうな表情を浮かべる母親に聞くのも躊躇われた。



 兄ちゃんの部屋に上がって、ボクたちは母さんに事情を話した。

 意外なことに、母さんは視える体質たちではなかったが、幽霊などの気配や声を感じる体質たちなんだと発覚した。


 母さんも懐かしい気配を感じたそうだ。


 ボクの母さんの実家は、ずいぶん昔は『春風荘』や他にもいくつか会社や不動産を経営する地主でお金持ちだったんだって。


 親が決めた婚約者がいた母さんだったが、母さんは父さんに恋をした。


 駆け落ちして、貧乏な父さんに嫁いだ母さん。

 結婚を反対され、両親と縁が切れた。

 

 ショックで意気消沈したおじいさんは事業を縮小し、残ったのは『春風荘』だけだった。


 そうして月日が経ち、祖父母が亡くなって。

『春風荘』は人の手に渡った。



【「にゃーん」】


 妖怪猫又が、兄ちゃんちを駆け回って縦横無尽に遊び回ってる。



 おじいちゃんは、母さんや孫のボクたちやがいつか迎えに来るのを待っていたのだろうか。


 ボクの住む予定の部屋には、妖怪猫又だけが残った。



 ボクは『春風荘』に住むことに決めたと母さんに告げた。

 そっと涙を拭いた母さんの足元に、あの猫又が身体を寄せて甘えていた。



 母さんが教えてくれた。

 ――母さんが子供の頃ね、飼っていた猫の名前は『はる』って言ったのよって。



「はる、これからよろしくな」

【「にゃーん、なぁーん」】


 妖怪猫又のはるが、まるでボクに『こちらこそよろしくな』と応えて鳴いたように視えた。

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