【800字小説】衝動買いした理想の住まい【KAC20242】

睡蓮

第1話 : 衝動買いをした

 何もない部屋というのは案外広く見えると思う。


 まっさらの空間に何をどう配置するか、どうすれば気持ち良く過ごせるか。そこに何があれば楽しいのか。

 限られた空間だというのに想像力は無限に広がっていく。


 床に敷く物、そこに置く物、掃除のしやすさ、快適な室温……

 考えれば考えるほど細かなところまで思考は広がり、そこにある無限大の可能性に脳が興奮していく。単純とも言えるが。


「どうしよう……」


「お客様、いかがですか」


 ここに来る前に見せられたモデルルームは素晴らしかった。

 完璧な配置、主張しないがそれでいて個性ある色彩、そしてどの方向から見ても美しさを感じさせるセンス。


 これならば……


 予算はタップリある。

 一人暮らしのOLであっても頑張ればそれ相応の貯金はできるのだ。


「今でしたらこういうシミュレーションもできます」


 そこにあったのは大画面のディスプレイ。

 自分で物を好きに配置して、アクセントになる植物を置き、そこにいるかのような迫力の映像が目の前で流れていく。


「素晴らしいですね」

「お褒めにあずかり恐縮です」


 ここで決めてしまって良いのだろうか。

 必死で貯めたお金をここで使って良いのだろうか。


 そんな疑問を跳ね返すだけの説得力が映像にはあった。

 百聞は一見にしかずという諺は事実だと悟った。


「こちらに決めます」


 自らは理性的な人間だと思っていたのに欲望はそのハードルを易々と越えていく。

 こんな大きな物を衝動買いして良いのか。


「宜しければ置物などもこちらで選べます」


 殺風景な部屋だけがあっても仕方がない。

 いくら私でもがらんどうな空間で過ごすのは辛い。まして……


「お願いします」


 私は一人でいる辛さに押しつぶされそうになっていたのだろう。

 衝動的に全てを委ね、お金を支払ってしまった。



 数日後、私の部屋には大きな水槽が備え付けられていた。

 中には種々の水草とメダカが気持ち良さげに泳いでいる。

 私が彼等の住宅の内覧をしただけのことはあるのだ。

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【800字小説】衝動買いした理想の住まい【KAC20242】 睡蓮 @Grapes

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