第54話 ジグソーパズル
同じ席の上条が席を立ち、絢子はスタンドマイクに歩き出すの見送った。
健人は上条とは学生の時から付き合いがあったそうだ。上条の有能さを社長が気に入り、時々社長宅への夕飯に招かれていたとか。その頃から健人にとって上条は兄のように慕う存在で、特に実際の身長より背が高く見えるスッキリとスタイルの良さを、尊敬していたらしいと弥生が苦笑しながら話していたことがある。
弥生と釣り合うようにイメチェンをする際のモデルは、この上条を参考にしたそうだ。そのおかげでだいぶスタイリッシュで、できる男風に変身できている。今では仕事面でも上条を目標に掲げ、スタイルの良さだけでなく尊敬しているのだろう。
「ご紹介に預かりました、上条です。まずはお二人のご結婚を心よりお祝い申し上げます。さて、私と新郎の健人君とは彼がまだ十代の頃に出会いました。兄のように慕ってくれる健人君に、私もやんちゃな弟ができたようでした。お父様である社長は、健人君のやんちゃぶりを随分と心配しておられましたが、実は私はそれほど心配はしておりませんでした」
ちらっと上条に視線を向けられ、健人がちょっと緊張したように次の言葉を待つ。そんな健人の様子に、弥生が微笑ましそうに瞳を和ませている。
「正義感が強く、明るく前向きで素直で優しい。そんな健人君はきっとこれだと思うものを見つけたら、真っ直ぐに努力するとわかっていたからです。今、健人君は世界一幸せにしたい人と出会い、日々幸せそうに努力をしていて、私の考えは間違っていなかったと確信しております。今は共に仕事をするようになり、健人君は私にもいい刺激を与えてくれています。そんな彼に上司として一言言わせてもらうとするならば、もう少し視野を広く持つようにといったところでしょうか」
穏やかな語り口から冗談めかした口調になった上条に、和やかな笑いが起きて壇上の健人が照れたように頭を掻いた。
「健人君は真面目で熱心に仕事に取り組んでいますが、張り切りすぎて一人で背負い込んでしまう。だから健人君には完璧な人間などいないと伝えたい。得意・不得意を知り、負担を分け合い支え助け合う。その意識が部署全体で質の高い仕事を成し遂げられることにつながると知ってほしい。それは家庭においてもきっと同じです。お互いに支え合い、助け合うからこそ、お二人にしか作れない家庭が出来上がっていくのだと思います。おめでたい席で、ついお小言じみてしまうのは長年の……」
まだ上条の祝辞は続いていたが、絢子は衝撃で続きが入ってこなかった。仕事への姿勢、夫婦の在り方。絢子が掲げる理想をそのまま言葉にしていく上条を、今初めて出会ったかような心地で見つめる。
祝いの言葉で締めくくり席に戻ってくる上条を、呆然と見つめる絢子の様子に、壇上の健人と弥生、隣のみのりがこっそり目配せを交わした。
「超いい感じの祝辞でした! ね? 絢子さん?」
「え……あ、は、はい。本当に素敵な祝辞でした……」
席に戻った上条にみのりが興奮したように囁き、間髪入れずに絢子に同意を求めてきた。話を振られると思っていたなかった絢子は、咄嗟に無難な返事を返しながら顔を上げた。ちょうど視線がかち合った上条が、
「あ、ありがとうございます」
驚いたことに照れたように口元を片手で覆って俯いた。クールな印象の上条の予想外の反応に、照れが伝播したようで絢子も咄嗟に俯いて視線を外した。その様子をみのりがニヤニヤと眺める。
「続きまして、新婦ご友人・杉山絢子様より、祝辞をいただきます」
気まずくなったタイミングを見計らったような呼び出しに、絢子は慌てて立ち上がった。ぺこりと上条に軽く会釈をして、そそくさとマイクへと向かっていく。祝辞への緊張のせいなのか、妙に心が落ち着かなかった。
マイクを前に無意識に壇上を振り仰ぐと、健人が瞳を潤ませて弥生が笑みを浮かべて小さく頷いてくれた。そのおかげでスッと気持ちが落ち着き、絢子は祝辞のために一礼をする。
「ご紹介いただきました、杉山絢子と申します。健人さん、弥生さん、本日はおめでとうございます。心からの祝福の気持ちと共に、人の縁の不思議さを感じています。弥生さんとは前職の仕事で顔見知りでした。ですが一緒に人生の危機を乗り越え、こうして新たな門出に立ちあわせてもらえるほどの関係を、出会った頃は築けるとは思ってはいませんでした」
視線を上げると弥生が苦笑し、巡らせた視界の先でみのりが得意顔だ。本当にこうなるとは思っていなかった。惨めなサレ妻同士として関わり始めたのに、それが今では親友で戦友となった。小さく二人に笑みを浮かべて、絢子は再びマイクに向かいあう。
「弥生さんと親しくなる中で、健人さんともご縁ができました。初めて顔を合わせた時はびっくりしました。私とも、そして弥生さんにとっても正反対な人柄に思えたからです。でも友人としてお二人を見守っているうちに、そんなことも気にならなくなりました。お二人にはお互いの違いを、ジグソーパズルのように埋めていける信頼関係がありました」
一人ではデコボコで不完全でも、その凹凸はうまく埋め合っていけるかもしれない。友人として夫婦として同僚として。凹凸をピッタリと重ね合わせていくうちに、見えてくる景色はきっと一人では描けない絵であるはずだ。
「お互いの凹凸を楽しみ、愛おしみ、埋め合いながら、共に手を取り合っていく未来には、お二人だけの幸福が出来上がっていくのだと思います。健人さん、あの日、弥生さんを見つけてくれてありがとうございました。弥生さん、誰よりも幸せになってください。お二人がこれから少しずつ作り上げていく、幸せの形を楽しみにしています」
絢子の言葉の意味をよく知る、サポートチームがワッと拍手に沸いた。弥生がそっと涙を拭い、その肩に健人が優しく触れる。みのりも興奮したように頷きながら、手を打ち鳴らしている。
絢子は小さく笑みを浮かべた。絶望を共に乗り越えた戦友たちに、祝辞は真っ直ぐに届いてくれた。二人に届けたかった言葉は、曖昧だった絢子の気持ちも明確にした気がした。
自分を形作る凹凸のありのままで、相手を形作る凹凸としっかりとハマるように。話し合い、認め合い、支え合う。単体での完璧ではなく、二人だから目指せる完璧を。
根底を揺るがすような哲也の裏切りでも、三年の時間が流れた今でも、絢子は自分が求める理想は変わらないのだと知った。決意が固まるのを感じながら、絢子は祝辞を終えて席へと戻っていった。
※※※※※
(なんか……)
一礼して清々しい表情で席に戻る絢子を、大地は冷や汗が流れる心地で眺める。
(内容が完全にシンクロしてる祝辞だったんですけど……)
隣の哲也の表情を確かめる勇気が出ないまま、大地は壇上の健人と弥生がキャンドルサービスに立ち上がるのを見守った。
各テーブルに歓談しながら、火を灯していく健人と弥生が、絢子とみのりのいるテーブルで足を止める。健人が上条に一言二言耳打ちし、弥生が持っていたブーケを差し出した。
(あれ? ブーケを今、その人に渡すの……?)
みのりでも絢子でもなく、花嫁のブーケを上条が渡されている。しかも今。首を傾げた大地は何気なく哲也を振り返り、ヒエっと息を呑んだ。
(うわっ……哲也さん、めっちゃキレてる!!)
盗み見た哲也はブーケを戸惑ったように受け取りながらも、決意を固めたように受け取った上条を呪ってすらいそうな目つきだった。
(まあ、シンクロしてるみたいな祝辞だったもんな……)
見ている限り微妙な距離感の絢子と上条。多分特別親しいわけではなさそう。でも別々に読み上げた祝辞は、示し合わせたように同じ理想を説き、まるで二つで完成のようだった。哲也が危機感を感じるのも無理はないだろう。
(結局、哲也さんでもダメっぽいな……)
どう考えても無理な直樹と違って、哲也は今も部署一のモテ男だった時と変わらない。それでもどうやら復縁は難しいようだ。
(まあ、そうだよな)
哲也は見た目ではなく、中身に問題がある。見た目も中身も変わってなさそうな哲也は、何一つ変わっていないからこそ、復縁できないのかもしれない。
(……縁切ろう)
視界の端で哲也の怒りの形相に、直樹が嘲笑うように肩を竦めている。目糞が鼻くそを笑っている様子に、大地は決意した。みのりが大切にする絢子と弥生に、切り捨てられたこの二人とはもう縁を切る。きっとこの先は繋がっていても、デメリットにしかならないだろうから。
(みのり……)
上条にも話を振りながら、絢子たちと楽しそうに話すみのりを見つめる。
心なしか絢子が上条に見せる表情が柔らかくなったような気がして、大地は哲也と同じく焦燥感に唇を噛み締めた。そのうちみのりにも凹凸を埋めあって、幸せを描こうとする相手が現れるかもしれない。
もし現れたとして、健人のように大地では太刀打ちできない相手だったら、どうしたらいいのか。哲也が画面越しに上条を睨むことしかできないように、大地もこの場に隔離されて何も言えず何の権利も持っていないのに。
画面の向こうでは、次の祝辞が始まっている。大地の焦燥にお構いなく、披露宴は順調でもうすぐフィナーレを迎えようとしていた。
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