第52話 魔王様的、ご招待
魔王様の招待プランは実にシンプルだった。
結婚式に乗り込み花嫁を攫うという、バカな妄想に浮かれてきっている直樹を逆に招待。のこのこ現れたところを即捕獲し、受付も通さず警備員が扉を守る隔離部屋に放り込むというもの。
無事、「別室に隔離する」という任務を完了したユウヤは、連れてきた直樹が絶句しているのをチラリと盗み見た。
どんな妄想していれば、そんな顔をできるのか。まさか本気で攫いにきた直樹の愛に感激し、弥生が差し出した手を迷いなくとって、瞳を潤ませて一緒に逃亡してくれるとでも思っていたのだろうか。途中であり得ないと気づかなかったんだろうか。
なぜ張り切って突撃準備している出鼻を挫くタイミングで、招待状が届いたのか考えもしなかったんだろうか。めっちゃ怪しいのに。多少は怪訝な顔はしながらも、新調したらしいスーツでのこのこ現れてユウヤの方が衝撃を受けた。こんなにバカになれるものかと。とんでもない不倫劇を繰り広げ、分不相応な美人妻を失ったことで、脳みそが退化しているのかもしれない。だから生理的嫌悪のレベルで嫌われると気づけないのかも。普通は招待されたからと顔を出せるものではない。
(びっくりだろうなぁ)
突撃しようとした結婚式の招待状が届いたら。きてみたらあっという間に捕獲され、連行された別室にかつての浮気仲間である哲也と大地がいたら。浮気仲間だった二人は魔王様への点数稼ぎに、隔離部屋での監視を引き受けている。
(まぁ、これにて完全隔離完了だな!)
お出迎えした大地と哲也に、目を見開いている直樹を置き去りに、ユウヤは隔離部屋の扉を静かに閉めた。
ただ普通に考えて来るわけないと、ユウヤ達、チーム・サレ妻のサポートチームは頭を悩ませていた。健人だけど御曹司。式には健人の実家や仕事関係のお偉方が参席するのだ。邪魔をされるわけにはいかなかった。
(本当に来るなんてな……バカすぎるだろ。多少は賢かった
ユウヤは会場に戻りながら、時計を確認した。
招待状が免れたのは、今も静かに生活をしている理香子だけ。招待状を送ったものの由衣と留美は直樹よりは多少賢く、速攻欠席の返事が出してきた。でも見逃してもらえるわけがない。来ないのならばと弁護士の派遣が決定し、今頃は名誉毀損として結構な金額の「ご祝儀」の説明をされているだろう。
(こんだけ未練たらたらなのに、なんで浮気なんかしたんだか……)
こうして恥を晒しに来るほど執着するのに、なぜ浮気をしたのか。これほど情けない現状もないだろうに。とんでもない慰謝料を取られて、手ひどく捨てられてからではどう考えても手遅れなのに。
(いや、捨てられたから未練たらたらなのか……? 魔王様達相手だと未練も、木っ端微塵だもんなぁ……)
正直かっこいい。裏切りに敢然と立ち向かい、助け合い支え合いながら、自分の力でけじめをつけた。鮮やかに未練の手を振り払って、一切振り向かずに前を向いて歩き出す魔王達は、かっこいいから自分達も手を貸したいと思えた。最初は面白半分だったが、今では尊敬の念を持って、積極的に手伝いさえしている。
ユウヤも嫁にするなら魔王がいい。だから未練たらしくなるのはわからなくもない。メソメソと悲劇に浸る女より、自分の足で立ち真っ向から立ち向かう女の方が、かっこいいとわかったから。裏切りへの報復はえげつなくても、裏切らなければいいだけだ。味方でいてくれるなら、きっと自分のためにも敵にそんなふうに立ち向かってくれる、最強の味方でいてくれる。
(でもまあ、自業自得だ)
振り払われるたびに自分達が裏切ったものの価値が、身に染みて未練を募らせようとも、しでかしたことがしでかしたことだ。真っ当に反省したなら、顔なんか出せたものではない。裏切らなければよかった。ただそれだけなのだから。
(せいぜいイベントを存分に堪能して帰ればいいさ)
隔離部屋ではこの後、ユウヤなら是非とも遠慮したい、非常に惨めになれるイベント開催予定だ。退屈しないように魔王様が準備してくれた。ただ閉じ込めておくだけのわけがない。
「しっかり目に焼き付けて帰ってくれよ」
裏切って失った女たちの「今」を。そしてもう二度と邪魔をするな。ユウヤは任せられた任務を終えて、結婚式会場へと鼻歌まじりに戻っていった。
※※※※※
「なんでお前らが、ここにいるんだよ!!」
隔離部屋に放り込まれた直樹が、大地と哲也を怒鳴りつけた。
「……なんでって招待されたからですよ。直樹さんが暴れたりしないように、ここでの監視を引き受けたんです」
「……お前ら、嫁への点数稼ぎに俺を売ったのか!」
「……まあ、否定はしませんよ。でもそのおかげで直樹さんが命拾いしたんですよ? 会場にいるのはC社の上層部だけではなく、T商事の上役もきてますからね」
「うちの上役がなんで……!」
「C社の御曹司の結婚なら当たり前じゃないですか……企業の規模的に無関係じゃないんですから……」
「代償に懲戒解雇と賠償請求がついてきたとしても、やり遂げたかったんなら恨んでもらっても構いませんよ」
「……っ!」
「この規模の結婚式の費用、いくらだと思います? もし取引に影響でたら損害賠償も乗っかってきますよ? こんな場で恥を晒せば懲戒解雇は間違いないです。繋がりのある企業には再就職もまず無理。田舎で農家でもやるつもりですか?」
二人から冷ややかに現実を突きつけられ、直樹は青くなって押し黙った。
由衣と留美に煽られて噴き上げていた気炎が鎮火したのを見て、大地はたとえそこまでしたとしても結局
「……式が終わったら、少し時間を作ってくれるそうです」
そのためだけに招待に応じた。ほんの少しでも顔を見て話せるのなら。未練しかない元夫達は、そのわずかな時間のために、恥を晒してここにいる。
「…………」
気が抜けたように直樹は、がっくりとパイプ椅子に座り込んだ。
「……本気を、見せれば……」
「いや、乗せられただけっすよね? それも離婚原因の不倫相手たちに。バレてるっすよ……」
「正気とは思えない、単なる迷惑行為ですね。末代まで嘲笑われる愚行ですよ」
「…………」
言い返す気力もなく直樹が黙り込むと、隔離部屋は気まずい沈黙が流れた。その沈黙をかき消すようにブツっという機械音の後、ざわめきが流れ出してくる。
何事かと眉を顰めた三人が顔を上げると、我が物で隔離部屋に鎮座していた大画面テレビが、急に映像を流し始めた。
「なっ……!」
驚いて固まっている夫達は、その映像が直樹が乗り込もうとしていた、結婚式会場の映像だと理解して衝撃に絶句した。そればかりか軽い叩音が響いたと思うと、隔離部屋のドアが静かに開かれる。
入ってきたのはホテルの制服を着た従業員。いそいそとワゴンを運び入れ、一流ホテルの洗練された給仕で、安っぽい長机の上に次々と豪華な料理が並べていく。呆気に取られているうちに、手際よく仕事を終えると、きた時のようにまた静かに出ていってしまった。
「えぇ……」
料理、出るのかよ。大地の戸惑ったような呟きに、呆然としていた直樹がヤケクソのようにフォークを取り上げた。開き直ったように、苛立ちながら食べ始めた直樹に大地は料理に視線を落とした。
招かざる客だとわからせるような簡素な部屋と、会場で出されているのと全く同じだろう豪華な料理。そのチグハグさが余計に惨めさを際立たせている。
(いっそ、料理でもてなさないで欲しかった……)
惨めすぎてちょっと泣きそうだ。
「……まあ、これから三時間だしな」
ため息をついて哲也も、フォークを取り上げた。
(三時間……結婚式の様子を流されながら、飯でも食ってろって……?)
かつての同僚で浮気仲間という汚点と一緒に。どんな時間なのかと、暗澹たる気持ちで大地もフォークに手を伸ばす。
「……豪華っすね」
相当お金がかかっているとわかる料理に、招待客への心遣いと主役の二人が結婚式にかける意気込みを感じる。直樹との結婚式とは別次元のもてなしに、直樹は黙ったまま黙々と食事を口に運び続けていた。
「あ……」
覚悟を決めて料理を食べようとした大地が、画面に映し出された映像に思わず声を上げる。つられたように直樹は顔をあげ、その瞬間にフォークを取り落とした。
画面の向こうでは弥生は健人の腕を取って、ゆっくりと会場を横切り雛壇へ向かっていた。
「いや、マジでとんでもなく綺麗ですね……」
ウエディングドレスの弥生に、大地が掠れた独り言を漏らした。その美しさに直樹も目を見張る。
『元からすげぇ美人だったけど、今はもう限界値を突破してたよ。愛されて幸せだからかね? 自信に溢れててオーラがすごかったよ……御曹司が羨ましい』
直樹の脳裏にあり得ないと思っていた知人の声が蘇った。三年ぶりの弥生は、いつも隣にいた女とは別人だった。
「……嘘だろ……」
弥生の美貌のピークはとっくに過ぎている。悲しそうに俯く辛気臭い顔でも、今よりも三年若かった弥生。もう衰えるだけだと思っていた美貌は、なぜか輝きを増していた。照れたように浮かべている微笑みは、揶揄ではなく本当に妖精かのように見えた。思わず蒼白になった顔を覆った直樹に、大地はちらりと視線を向け顔を顰める。
(マジで奇跡だったんだな……)
直樹と弥生が結婚できたのは。不摂生のせいか太って脂ぎっている直樹を盗み見る。せっかくのブランドスーツも台無しだ。背の高さを生かす、嫌味のないセンスの良さはもう片鱗もない。
「絢子……」
哲也の呟きに大地も画面を振り返ると、弥生が嬉しそうに笑みを向けた先に、絢子とみのりと息子のひばりが映っていた。楽しそうな笑みに、大地の胸がギュッと締めつけられる。
(みのり……)
画面の向こうのみのりとひばりに、ぎゅっと心臓が切なく縮んだ気がして苦しくなった。今の居場所がここであることがますます惨めに感じる。バカなことをしなければ、自分もみのりとひばりの隣で笑っていられた。画面の向こう側に大地もいられたはずなのに。
雛壇に上がった健人が誇らしげに頬を高揚させている。もうすでに瞳を潤ませているのか、照明に照らされ目元がキラキラと輝いていた。弥生はその横で、慎まやかにまつ毛を伏せている。来賓に一礼し壇上の席に二人が座ると、軽快な口上が響き渡った。
「これより黒羽家と
祝福と期待に満ちた温かな拍手が沸き起こった。
突きつけられた手放した妻達の「今」が、未練に縛られ「過去」に留まる元夫達を無口にさせる。無慈悲に垂れ流れる映像が、足枷を外して置き去りにした妻達の、軽やかな笑顔を見せつけてくる。後悔も未練もどこにもない。
料理を食い散らかす気すら失せてしまっても、健人と弥生の祝福に満ちた披露宴は幕を開けたばかりだった。
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