第6話 証拠集め



 いつものカフェのいつもの席で、先に来ていた弥生と向かい合う。


「絢子さん、あの後大丈夫でしたか?」

「うん。ありがとう。大丈夫。二人のおかげで冷静になれて助かりました」

「……いえ」


 何か言いたげにチラチラと視線を向けてくる弥生に、絢子は首を傾げる。

 

「……弥生さん?」


 もじもじとコーヒーカップをいじっていた弥生は、しばらくすると意を決したように顔を上げた。

 

「あの……こんなこと聞いて申し訳ないですけど……その、絢子さんは……」

「ごめーん! 遅れたー!」


 今日は薄いピンクのジャージのみのりが、いつもは手ぶらの手に紙袋を下げて元気にやってくる。


「あ、みのりさん。こないだはありがとうございました。おかげで旦那を殴らずにすみました」

「そんなことしたら一発バレじゃん! 殴る前に連絡してね、止めるから! 弥生さんもだよ!」


 荷物を置いて席に着いたみのりが、俯く弥生に気づいて覗き込む。


「弥生さん?」

「すいません。話の途中でしたよね? それで弥生さん、聞きたいことって……」

「あ……それは……」


 気が挫けたように視線を泳がせ、顔を上げない弥生にみのりが首を傾げる。


「何? ウチがいたら言いにくいこと?」

「いえ! 全然そういうのじゃなくて……! むしろ色々聞きたいっていうか!」


 勢い任せに声を上げた弥生が、慌てて口を閉じる。弱りきってあちこちに視線を彷徨わせる弥生に、絢子はできるだけ穏やかに口を開いた。


「あの、弥生さん。なんでも聞いてくれていいですよ?」

「そうそう、ウチらチームじゃん」

「みのりさん……あの名前、変えません? 残念感がすごくて、見るたびに気がぬけるんです」

「えー、ウチ、結構気に入ってるんだけど。これからますますムカつくこと増えるんだから、気が抜ける方がいいって!」


 脱線しかけていく話を引き止めるように、弥生がバッと顔を上げる。

 

「あ、あの! お二人はご主人に誘われたりするんですか!?」

「ふぇ……?」

「週にどれくらい……それと、普通何回くらいするものなんですか?」

「え……っと、それはどういう……?」


 思っても見なかった質問に、絢子とみのりは口をぽかんと開けた。


「すいません、おかしなことを聞いてるのはわかってます。でも昨日、絢子さんが旦那さんに誘われたって……みのりさんもそれで色々話してて……私、直樹さんに誘われたこと、ないんです……」

「え……? 誘うって、行為をですよね? 一度もですか?」

「はい……いつも自分からで……」

「弥生さんから……?」


 忙しなく指を動かしながら、弥生が頷く。


「どうしてしたいのかとか、しつこく聞かれるんです……納得するとやっと……だから嫌なのかもって思って取り消そうとしても、最後まで言わないと話が終わらなくて……」


 眉根を寄せて絢子はみのりに振り向く。みのりも弥生の話を渋面を浮かべている。


「どうしてしたいかって聞かれるって?」

「はい」

「そんで弥生さんは、なんて答えるの?」

「好きだからとか。そういうとどうして好きなのか、とかどこが好きなのかとかを延々と聞かれる感じです」

「それは……」

「きもーい!」


 確かに。みのりに同意して頷く絢子に、弥生は小さく項垂れた。


「……やっぱり普通とは違いますよね?」

「うん……正直おかしいと思います」

「なんでそんなこと聞くわけ? 普通にキモいんだけど……散々そう言うこと言わされて、ちゃちゃっと済ませられたりするの? ないわー」

「ちょっと……みのりさん、言い方……」

「いえ……一度始めると何回か……」

「え……何回かすんの?」

「はい……だから嫌なわけではないのかなって……」


 ますますわけがわからず、首を捻る。

 

「じゃあ、弥生さんが誘わないと何も言って来ないんですか?」

「はい……でも誘わないでいると、不機嫌になるっていうか……ドアを強く閉めたりとかするようになって……」

「……ねえ、それってモラハラじゃない?」

「そうなんでしょうか……別に直樹さんのことを好きだと伝えるのはいいんですけど、でも普通とは違う気がしてて。メールでのお二人のメッセージを見たら、やっぱり変なんじゃないかって気になってしまって……」

「なんでそんなことすんのかは謎だけど、絶対! 普通じゃないから! 超キモい! 見て! ウチ、鳥肌立った!」


 みのりが身震いしながら腕を捲り上げて見せる。絢子も控えめに頷きながら、困ったような心許ない表情を浮かべる弥生に頷く。


「私にもそうする理由は思いつかないですけど、一般的とは言えないと思います」

「録音とかしてみたら? 普段の会話とかも。スマホに録音機能あるし」

「そうですね。録音機も色々あるみたいですし」

「でも……そこまでするのは……」

「弥生さん、嫌ではないって言ってましたけど、そうしなくてもいいならしたくないんじゃないですか? いやだと思ってなかったなら、普通かどうかなんて気にもならなかったはずですし……」

「そう、なんでしょうか……」

「無理にとは言いませんけど、録音内容を私たちが聞いて判断することはできますよ?」

「そうそう。現在進行形のサレ仲間とか、聞きにくいこともめっちゃ聞けるじゃん!」

「サレ仲間って……」


 ちょっと絢子は眉を顰めたが、弥生はちょっと元気が出たようだ。


「そう、ですよね……今まで聞ける人がいませんでしたけど、今はあんな赤裸々なやりとりができる人がいるんですもんね!」

「あれは……みのりさんが……」

「そうそう、サレ友にならなんでも聞けるっしょ?」


 胸を張るみのりに、絢子はやれやれと首を振り弥生に向き直った。


「まぁ、みのりさんの言う通りです。聞きにくいことでもなんでもいいので、何かあったら相談してください」

「お二人ともありがとうございます……!」


 嬉しそうに笑った弥生の笑みに、絢子とみのりはぽかんと見惚れる。


「……やっぱ、弥生さん、離婚した方がいいよ。こんな美人、そんなキモいやつにもったいないわ……」

「そんな……」


 照れたように俯く弥生の可憐さに、絢子もうんうんと頷く。ちょっと和んだ空気に、コーヒー飲む間を挟み、絢子は今日の本題へと振り返った。


「それでみのりさん、証拠集めの件なんですけど……」

「それ? ふふっ、ばっちりだから!」

 

 みのりが得意げに鼻を鳴らして、持参していた紙袋から封筒を取り出す。


「はい、先週分の証拠!」


 豪快にひっくり返した封筒から、バサバサと写真がテーブルに広がる。


「え……これだけの量、一人で……?」


 出てきた写真の多さに、弥生が目を見開いてみのりを振り返る。


「任せてって言ったでしょ!」

「これ、三人分ありますよね……どうやってこれを……」


 絢子もバラバラに混在している写真を確かめながら、みのりを見上げた。


「実はね友達に手伝ってもらったんだ! 事情を伝えたら、みんなノリノリで手伝ってくれたし!」


 ポケットから取り出したスマホを、みのりが自慢げに突き出す。河原でバーベキューをしている写真に映る面々が、証拠集めを手伝ってくれた面子らしい。

 金髪だけではなく、赤や青、緑のさまざまなカラフルな髪色。何人かの肌にはタトゥーも彫られている。耳たぶ以外の場所にもつけられたピアスと、ド派手な服装。いかにもみのりの友人という顔ぶれは、集まって楽しげに笑っている。確かに面白がって手伝ってくれそうに見えた。


「すごいですよ、みのりさん! 証拠集めをどうするか、悩んでたんです」

「ウチらが後つけたりしたら、バレるかもしれないしさ。じゃあ、探偵とかってなったら三人分なわけで、お金だってかかるからさー」

「そうなんですよね。これってこれからも継続してお願いできるんですか? 謝礼とかって……」

「ああ、友達だから、お金とかいらないし。でも全部終わったらみんなに食べ放題奢りたいかな」

「ぜひ! この写真は一旦、私が預かってもいいですか?」

「別にいいよ。スマホで撮ったのを印刷したやつだから、データもあるし。そっちも後で送っとくー」

「ありがとうございます!」

「……心強いご友人がたくさんいて、羨ましいです……」


 散らばった写真を見ながら、弥生が呟く。その呟きに絢子は手をとめ、みのりが盛り盛りの目元をパチパチと瞬かせた。


「あ、すいません。私、ほとんど友達っていなくて……こんなふうに手伝ってくれる友達ってすごいなって……」

「弥生さん……」

「え……ウチらももう友達でしょ? ねぇ、絢子さん?」

「え、あ……」


 きょとんとするみのりの、高速友達認定に少し面くらいつつ、絢子は顎に手を当てた。

 

「友達というか……同志というか……でもそれに近い味方であることは間違い無いです!」

「絢子さんの線引き細かくない? 友達でいいじゃん!」

「でも……私たち会って話すようになったのも最近ですし、経緯も特殊ですし……」

「弥生さんも細かー……でもそんなの関係なくもう友達じゃね? ウチはそう思ってるんだけど?」


 いかにもなみのりの回答に、絢子は弥生と顔を見合わせ同時に吹き出した。


「そうですね……友達ですね……」


 ゆっくりと嬉しそうに笑みを浮かべた弥生に、絢子も頷きみのりがニッと笑みを浮かべた。


「じゃー、多分あれだね。弥生さんとウチは逆だね」

「逆、ですか……?」

「弥生さんって見るからに育ちいいですって感じ! 両親が仲良くて大事にされてましたって滲み出てるもん」

「あー、確かにすごく丁寧でそういう感じしますね」


 意外と良く見ているみのりに驚かせながら、絢子も頷いた。


「確かに両親は仲良くて、いつも心配かけちゃってるかもしれないですけど……」

「ウチはさー、友達はいっぱいいるけど、家族はクソだったんだよねー」


 カップを両手で包み込んで、珍しく静かな表情を湛えたみのりはゆっくりと語り始めた。

 

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