幕間 マリアンヌ

「では皆さま。本格的な交流は明日以降よりお願い致します」


 忍野と名乗るメイドがそう言って飛鳥聖さんを連れ、この広間から出て十数分。

 既にこの場にはワタクシ、マリアンヌ・ニュウ・アルビオンしか居ない。

 自ら淹れたお茶を口に含みながら、考えているのは用意された屋敷で唯一の男性のこと。


(飛鳥……聖さん)


 かつて我が国であるアルビオンだけでなく『オーテク』を襲った未曾有の危機、大魔王の襲来。

 いがみ合っていた国同士でさえ共に手を取り合ってすら歯が立たなかった脅威。

 そんな大魔王を倒したのは異世界である地球から召喚された勇者、飛鳥剣。

 つまりはワタクシの義理のお父様になろうとしてる人である。


 大魔王は『オーテク』の世界に住んでいる者には敵わない。

 ならば異世界より召喚した者に戦わせよう。

 そんな他力に頼るような手段、もしワタクシならば受け入れなかったでしょう。

 けれどもその決断を責める気にもなれない。

 それほどまでに、『オーテク』全体が追い詰められていたのです。


 そして紆余曲折ありながら、飛鳥剣は仲間と共に大魔王と戦い打ち破った。

 それが今から二十年前の話。

 今では戯曲化もされている人気の演目、ワタクシも何度も観賞した物語です。


 ですが、現実は物語のように美しくは終わらないもの。

 大魔王の脅威がなくなったと同時に、ある問題が浮上しました。


『次に大魔王クラスの脅威が現れた時の対処』


 それが長年の共闘で国同士に友好が結ばれ、攻撃する気力も無くなった我々が直面した問題でしたわ。

 何時までも異世界の人間である飛鳥剣に頼る訳にはいかない。

 人情的な意味でも政治的な意味でも、です。

 ですが、そう簡単に答えが出る訳もありません。

 明確な指針が無いまま復興が進み数年の時が経った時、事態は大きく動きました。


 異世界より勇者を召喚した地。

 つまりは飛鳥剣が最初に降り立った国であるホリエス。

 多くの聖女を輩出したその国、その王女が飛鳥剣の子を宿したのである。

 当然それは『オーテク』全体を揺るがす大事件となりました。

 一部の宗教家は聖女でもあった王女の妊娠に動揺してましたが、多くの国々は悔しい思いをした事でしょう。


 飛鳥剣の血脈を『オーテク』に残す。

 それはどの国も考えていた事です。

 ですが幾ら縁談を、またはハニートラップを仕掛けても揺るがない飛鳥剣には無理かと思われた矢先の出来事でした。

 思えば飛鳥剣が如何なる誘惑に揺るがなかったのも、その愛を貫いた結果なのでしょう。


 それはそれで美談ですが、そうなると困るのは他の国々ですわ。

 幾ら国同士の争いがなくなったとは言え、国の繁栄は考えなければなりません。

 事実ホリエスの王はその事件をきっかけに、他の国に揺さぶりをかけてきました。

 ほとんどの国が飛鳥剣に対し間接的、直接的に子を生すように頼み込みました。

 ですが、一部の国はそのような事はしませんでした。

 我が国もそうですが、それらの国にはある共通点がありましたわ。

 それは飛鳥剣が旅の途中で立ち寄った国であり、尚且つこう宣言した国でもあります。


『俺に子どもが生まれたら結婚させようぜ』


 それはまさしく言質という物でしたわ。

 本人がどのような意図でそんな事を言っていたかは知る由もありませんが、言われた国はそれをただの口約束とは思いませんでした。

 ホリエスに飛鳥剣との子どもが生まれたとしても。

 そして他に子どもを成す予定がなくとも良いのです。

 少しだけ出遅れるだけ。

 要は血脈さえ繋げば問題ないのですから。


 それを知った他の国々も、その言葉を引き出そうと躍起になりましたわ。

 飛鳥剣がその言葉を言わなくなったのは、既に三十の国に宣言した後だったそうです。

 そしてついにホリエスの王女と飛鳥剣の子ども、つまりは飛鳥聖さんが生まれました。

 多くの『オーテク』の民が喜びに溢れる中、国々は男子である事が分かった瞬間に自国の王女との縁談をまとめようとしました。

 中には二十歳近く離れた女性との縁談も入っていたとか。

 あまりに多くの国が言ってきた為か、困った飛鳥剣は国々の代表の前でこう言い放ちましたそうです。


『いいぜ、どの国とでも結んでやる! ただし息子が十八になるまでに誰も気に入らなければ、この話はなしだ!』


 この宣言を受けて動揺した国々ではありましたが、最終的には受け入れました。

 このままでは婚約どころではないと判断した結果でした。

 そして協議の結果として平等になるよう誘惑等は十五になってから、尚且つその子どもは地球で育てる事が決まりました。

 そうして、飛鳥剣とその子どもである飛鳥聖さん。

 その両名は地球へと戻っていったのです。


 時は経ち、十四年後。

 つまりは一年前にワタクシはその話をお父様から聞きました。

 そして我が国アルビオンからは第一王女たるワタクシ、マリアンヌをと考えているとも。


「そのお話、考えなおしてはもらえませんか」


 それがその話を聞いたワタクシの第一声でした。

 王女として事の重大さは重々承知しておりましたが、幾ら勇者の息子とは言えど複数の中から物のように選ばれる。

 それがワタクシにとっては、どうしても受け入れない事でした。

 その上、ワタクシは王女でもありますが騎士団長でもあります。

 心情の問題だけではなく、軍事的な意味においても最良とは言えないでしょう。


 もし我が国に王女が一人ならば受け入れねばならないでしょうが、下に腹違いの三人の妹がいます。

 それでも妹がそのような扱いされる事に腹は立ちますが、王女である以上は受け入れねばなりません。

 ワタクシの言葉を受け、アルビオンの王であるお父様が悩み始めます。

 ……まあ妹たちの性格を考えれば、ワタクシを送り出したい気持ちは分かりますが。


『少し、考えてみてくれないか』


 そう言ってお父様は一枚の紙を渡してきました。


『写真という地球の技術で描かれた飛鳥剣の息子だ』


 ため息を吐きたくなる気持ちを押さえつつ、ワタクシはその写真とやらを見る。


 その瞬間、体に魔力が駆け巡るような感覚に火照りました。


『調べた限り無害であるし、相性も悪く……マリアンヌ?』


 お父様が何かワタクシに声をかけていますが、それすら耳に入らずただ写真をみつめます。

 ご友人とのお話中なのか、笑顔な彼。

 それを見てワタクシは全ての恥と誇りを捨て、こう言いましたわ。


「……ます」

『ん?』

「このお話、受けさせてもらいますわ!!」


 所謂一目ぼれ。

 それがワタクシが彼に掛けられた魔法の正体でした。


 そこからはひたすらこの時のための準備でしたわ。

 さすがに騎士団長を辞める気は無かったが、ワタクシが居なくとも問題ないような体勢作り。

 答えを保留にしてきた他の男性とのお話を終わらせる。

 地球の常識を詰め込むなど、忙しい日々。

 ですが、それも飛鳥聖さんに会うためと思えば苦ではありませんでした。


 そして本日。

 ついに空想ではなく、本物を目にしました。

 写真より輝いて見え、話より純粋そうで、どんな時よりも緊張しましたわ。

 普段通り優雅だったでしょうか?

 衣装がはしたなくはなかったでしょうか?

 魅力的に映ったでしょうか?

 そんな不安を落ち着けるために今もお茶を飲んではいますが、まだ手が震えます。


「ですが、負ける訳にはいきません」


 もしワタクシが第一夫人にならなくとも、誰かが落とせば結婚はできます。

 ですがそれでは彼との時間が減る、もしくは取れないかも知れません。

 故に、ここは勝たねばなりません。


 実力で勝ち取った騎士団長としての剣の腕も。

 文官に引けを取らない頭脳も。

 アルビオン随一と言われた美貌も。

 騎士として実りすぎたこの身体も、全てを使って彼を自分の物にする。

 他でもなく、自分自身のために。

 自分の体が興奮するのを押さえつつ、ワタクシは自室へと足を向けます。


「覚悟してくださいませ? 飛鳥聖さん」


 —―必ずその心、もらい受けますわ。




 あとがき

 今回はここまでとなります。

 マリアンヌの幕間、如何でしたか?

 少しでも彼女の魅力が伝わればと思います。

 次回はしっかりと第5話、書かせてもらいます。

 お楽しみに!

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