幕間 忍野

「あー。どうしよう」


 今後の事を考えながら、用意された自室へと向かう聖さま。

 そんな彼が迷わないよう、出来るだけ歩くペースを落としながら先導する自分こと忍野。


「……」


 ふと、自分の主人となった彼の事について考える。

 飛鳥聖。

 今年高校に入学……するはずであった十五歳、性別はもちろん男。

 成績、平均よりやや上。

 運動も同じく。

 友好関係は広く、浅く。

 交際経験なし。

 中学時代に告白したが玉砕。


「……」


 一瞬思考が止まるが、すぐに思考が再び回り始める。

 危険思想、なし。

 食べ物の好物は卵料理、嫌いな食べ物は苦みの強い野菜。

 利き手利き足、共に右。

 父親との関係、反感こそあれど良好傾向。


「……」


 そこまで考え、再び思考が止まる。

 父親。

 そう彼の父親である飛鳥剣こそが全ての始まりであった。


「俺は異世界から帰って来た!!」


 数年間行方不明であった飛鳥剣は、事情を聞く警官を前に堂々と大真面目にそう言ったそうだ。

 もちろん当初はそれを信じる者はおらず、もう少しで精神病院に入院させらる所であったが。


「あーもう! めんどくせぇ!!」


 そう言いながら次々に魔法を見せていったらしい。

 そうなると流石に無視できなくなった政府は、ありとあらゆる彼の魔法を解析しようとした。

 下手をすれば一緒に異世界から戻って……という発言が正しいかは不明だが、ともかく彼の子どもである聖さまも研究対象。

 いや、悪くすれば解剖されていたかも知れない。

 だが流石に幼すぎた事と、飛鳥剣のこの一言。


「俺をいくらでも研究してもいいが、もし息子に手を出してみろ。……この国、滅ぼすぞ」


 がとても効いたようである。

 飛鳥剣の発言が事実であるならば、国を滅ぼす事ぐらいは容易い事だろう。

 そう考えた政府高官たちは、研究対象を飛鳥剣一人に絞っていた。

 そして数年間の研究の結果、彼の魔法はインチキなどではなく全てが我々にとって未知の領域である事が判明。

 一部の過激派は飛鳥剣を危険分子として対処すべきとの声を上げたが、多くの者はこう考えた。


「彼の力を利用すれば、世界はもっと発展する」


 それが純粋なものであろうと何か不純が混ざったものであろうと、結果として飛鳥剣と聖。

 その両名とも政府の保護下に入る事となった。

 表向きには普通の生活を。

 しかしその裏では魔法の解明や世界各国への根回し。

 そして異世界『オーテク』との極秘の交流を進めていた。

 こうして十年以上の時を費やし、先日の『オーテク』の存在が発表されたのである。


「……」


 屋敷の角を曲がりながら、今度は聖さまとの出会いについて考える。

 あの時。

 彼の元の家で会った時にまるで初めて会ったような言葉を言ったが、それは嘘である。

 実を言えばその前、それこそ政府の保護下になったその時から自分は飛鳥聖を知っている。

 忍野家は明治の頃から政府の要人を裏で護衛してきた忍びの血を引く家系である。

 忍び云々は誇張かも知れないが、とにかく自分も幼い頃から訓練の日々であった。


「今日からこの子どもの護衛に当たれ」


 久しぶりに聞いた父親の声は、そんな命令一言であった。

 それを特に不満に思う事もなく、自分は渡された写真を受け取る。

 そこに写っていたのが、自分より幼い。

 それこそ幼稚園に通うような年頃の聖さまであった。

 自分が専属の護衛に選ばれたのは、歳が近い方が何かと便利という一点であった。


「了解いたしました」


 当然、断るなどという選択肢。

 そして理由もない自分はそれを受け入れた。

 とは言え、彼と自分の歳の差は六つ以上。

 本来ならば同じ学年どころか学校にも入れないが、そこは当然裏から手を回す。

 流石に同じ学年では何かしらで印象が残る可能性があるため、上級生ないし下級生として常に同じ学校にいた。

 無論、念には念を入れて変装をしてである。

 こうして六年と三年間、常に聖さまの傍にいて思った事が一つある。


(似ている)


 幼い頃から訓練してきた自分と、何も知らずに生きている彼。

 本来であればそんな事は思わないだろう。

 だが自分も彼も一族、もしくは血によって運命を縛られている。

 それが分かるのが早いか遅いか、ただそれだけなのではないかと。


 そう思い始めたら最後、自分は心の中ではまるで姉のように見守っていた。

 彼が怪我した時、心が沈んだ時にどれだけ横に居たかったか。

 彼が中学の時に振られるのを近くで見ていた自分が、相手の女をどれだけ憎んだか。

 もし聖さまに話しても、分かってはくれないだろう。


(けれど、それでいい)


 そう。

 そんな事、彼は知らなくてもいい事である。

 彼にとっては自分はただの護衛であり世話係、それだけでいい。

 そしてこの感情を何と言えばいいか分からないが、確かに思う事が一つある。


(どうか彼が、飛鳥聖が幸福であるように)


 それが今の自分にとっての全て。

 だからこそ、四人の姫との話は全力で成功させるつもりだ。

 聖さまにとっては迷惑な話だとしても、だ。

 広間にいた四人、いやその国は『オーテク』の中でも力を持っている。

 極論誰と関係を結ぼうと、聖さまの将来は約束されているも同然である。


 だがもし、彼が誰とも結ばれず自由になればどうだ。

 彼を誘拐し金品を、もしくは要求を突きつける者が必ず出る。

 いや、もっと過激ならば彼を実験の道具にするかも知れない。

 そしてそれは、一般人レベルではなく国家規模で動く可能性もなくはない。


(そんな事はさせない)


 例え相手が国であろうと守り抜くつもりはある。

 だが万が一、という可能性も考えなければならない。

 それらを踏まえれば、あの中の誰かと結ばれる。

 それが一番である。


(……けれど)


 そう、けれど。

 ないとは思うが万が一にも。

 その選ばれた姫が聖さまを不幸にする場合、その時にはどうすればいいのか。


(……)


 そう考えた時、自分の中で恐ろしく不敬で傲慢な考えが支配していく。

 どう考えてもそれは悪手、幸せとは程遠い選択である。

 だがもし彼にとってそれが救いになるならば、例え最善でなくても。

 そんな考えが頭の隅に残ってしまう。

 その考えを振り払おうとしている内に、聖さまの自室を通り過ぎかけた。

 焦りを悟られないよう、冷静を装いながら彼に声をかける。


「着きました、聖さま」

「あっ……ありがとう、忍野さん」


 どうやら聖さまも考え事をしていたようで、少し呆けながら扉を開ける。


「用向きがあれば中にあるベルにてお知らせください。では」

「あ、あの忍野さん!」

「何でしょう」


 その場を去ろうとする自分を呼び止めた聖さまは、不安げに見つめながらその口を開く。


「忍野さんは味方……で、いいんだよね?」

「……」


 その言葉に、どれだけの不安が込められているか。

 それを察するような術は無いが、どのみち答えは決まっている。


「もちろんです」


 その一言が自然と自分の口から出てくる。

 彼を守ろうという気持ち、それが脳より口を動かした。


「……ありがとう」


 心の底から安心したようにそう感謝を口にして、聖さまは自室へと入っていった。


「……」


 ああ、本当にあんな顔をして欲しくはない。

 あんな顔を見てしまうと、頭の隅に巣くっている考えがまた脳内を駆け巡る。


(どうか姫さまたち、早く聖さまと結ばれてください。でないと)


 そう、でないと。



 ――彼を、聖さまをどこかへ連れ去ってしまいそうなのだから。




 あとがき

 今回はここまでです。

 忍野さんの過去や、異世界交流までの道が説明された今回のお話は如何でしたか?

 面白いと思ってくれれば幸いです。

 次回も恐らく幕間です。

 一体誰の心情が描かれるのか、こうご期待ください。


 感想・意見は今後の参考になります。

 してもいいよ、と思われたら是非に。

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