第2話 初めまして異世界、さよなら自宅

  三月二十二日、いや二十三日になりかけな時間帯に電話を掛けている。

 何度鳴るコール音にイライラして、さっきから貧乏ゆすりが激しい。


「どうした聖? 何か用か?」


 ようやく出た親父の第一声にイラッときて、俺は腹の底から言葉を吐き出す。


「どういう事だ親父ぃぃぃぃ!!」

「うおっ! びっくりした!」

「やかましい! びっくりしたのは俺の方だアホ!!」


 ある意味、親父がこの場に居なかったのは幸運だったかも知れない。

 そうでなければ暴行罪を犯して新聞の一面に載っていた事だろう。


「何をそんなに怒ってるんだ? 相談に乗るぞ?」

「親父のせいでイライラしてんだよ! あのニュースは何だぁぁ!?」


 俺が電話を掛けている間にも点けたまましてあるテレビからは、先ほどからどのチャンネルだろうと同じ内容しか報道していない。

 ネットも同じ状況で、世界中どこもかしこも混乱しているだろうというのは明白だ。

 そんな事態を巻き起こしているニュース、それはこうだ。


『政府、異世界との交流を発表! ファンタジーはいま現実に!?』


 そう。

 本日三月二十二日の九時をおいて政府から異世界『オーテク』との異文化交流を本格的に開始すると発表された。

 質の悪い冗談だと誰もが思ったその発言であるが、首相の後に出てきた人物が日本の観光スポットであるタワーを氷漬けにした辺りから流れが変わる。

 政府をバカにした発言しか無かったネットも、その映像を信じる発言が目立つようになっていった。

 だが、俺の注目はそこじゃなかった。

 タワーを氷漬けにした、その人物が俺にとっては問題であった。


 というかぶっちゃけ親父だった。


 口をアホみたいに開けている俺とは関係なしに、親父はいつの間にかこの国に来ていた各国のお偉いさんと握手をしていく。

 ニュースの解説で親父の名前が大々的に公表され、かつて『オーテク』を救った勇者として紹介されている。


「……」


 が、理解できたのはそこまでだった。

 脳がそれ以上の情報を拒んだのか、まさに脳内は真っ白で思考が停止したまま一時間は経過していた。

 ようやく頭が動き出したのは電話の着信音が耳に入ったからだ。


「……うわぁ」


 そこに表示されていたのは今まで見た事がないような通知の数。

 友人や学校、親類まで実に多様な人物から電話やメッセージを知らせる通知が鳴りやまない。

 恐る恐る情報を見るだけに作ったソーシャルネットのアカウントを見れば、フォローなんていなかったはずだが既に数千人を越えていた。

 俺は恐怖でスマホの電源を落とすと、玄関のチャイムが鳴らされる。

 嫌な予感がして窓から外の様子を覗いてみると。


「ひぃ!」


 そこには家の前を埋め尽くす人、人、人。

 その殆どがカメラやマイクを持っているので、マスコミ関係者だったのであろう。

 だが、いまの俺にそれを判断するだけの余裕などなかった。

 僅か一時間程度で様変わりした、周りの様子に俺は恐怖するしかなかったのである。

 緊急時用の携帯を親父から渡されていたのを思い出したのは、それからさらに一時間後であった。

 必死の思いで電話を掛けたが、返ってくるのはやはり呑気な声であった。


「はは、ビックリしたか?」

「心臓が停止するわ! てか知っていたなら先に知らせておけよ!」

「俺が良くても政府がダメって言ったんだよなぁ。というか知らせても信じなかっただろ?」

「っ! それは……」


 確かに先日の親父の発言をバカにしたのは、他ならぬ俺である。

 その言葉にさすがに冷静になり始め、とにかく一度深呼吸をしてから再び話はじめる。


「……で? どうする気なんだよ、これから」

「お、いつもの聖に戻ってきたな」

「やかましい。今のままだと家がマスコミに押しつぶされそうなんだけど、いつ帰れる?」


 とにかく元凶である親父にマスコミを追い払ってもらうのが一番手っ取り早い、そう思って聞いたのだが。


「ん? 父さんはしばらく帰れないぞ? 今も自由の国へ向かってる最中だからな」

「はぁ!?」

「父さんオーテクとの親善大使としてこれからアッチコッチに行ったり来たりするから、日本に帰れるのも何時になるやら」

「ちょっと待て! じゃああのマスコミの相手を俺にしろって言うのか!? 無理! 絶対に無理!」


 あの見るだけで押しつぶしそうなマスコミの前に立つと考えただけでも足が震えるのに、インタビューなんてもっての外である。

 と言うより喋れるネタなんてない。

 だって俺も知ったのはさっきなのだから。

 そんな不安に駆られていると、電話の向こうから笑う声が聞こえる。


「ハハハ! 流石に父さんもそこまでアホじゃないさ。ちゃんと手は回してる、勇者さまだぞ?」

「……まだ完全に信じた訳じゃないからな」

「疑り深いなぁ。そろそろ切るぞ? 色々とやる事があるからな」

「そうかい。じゃあお元気で、勇者どの」


 そう言って電話を切ろうとするが、思い出したように向こうから待ったがかかる。


「ああそれと一つ言っておくんだが」

「? 何だよ」

「多分その家に帰る事はもう無いと思うぞ」

「はぁ? どういう意味だよ」

「じゃあまたな。元気でやれよ」


 と言って向こうから電話を切ってしまった。


「何だって言うんだ、まったく」


 不満を口にしながらも、何時もどうりの親父に少し安堵する俺の耳に外の騒がしさが聞こえる。


「ん?」


 それが妙に気になって、再び俺は窓から外を見る。

 そこには何者かに追い払われているマスコミと野次馬の姿があった。

 別の窓から見ても同じ状況であった。

 親父か政府が何かしらをしてくれたのだろう。


 ピンポーン


 そう安堵していると、玄関のチャイムが鳴らされる。

 玄関モニターを見れば、そこには大人数の黒服を従えたメイド服の女性が立っていた。


「……」


 正直迷ったが、これ以上状況が悪くなる事はないだろうと思い玄関を開ける。


「初めまして飛鳥聖さま。自分はこのたびアナタ様の護衛に任命された忍野と申します」

「ど、どうも?」


 出会いがしらにそう挨拶され、俺も思わず頭を下げる。

 若干目つきがキツイが、とても美人でメイド服も似合っており少しドキドキしてしまう。

 だが同時に気になる事もあるので、緊張しつつも忍野さんに質問をする。


「あ、あの。どうして後ろの方々は段ボールを?」

「お父様から聞かされておりませんか?」

「な、何を?」

「……仕方ありませんね」


 そう言うと忍野さんは黒服たちに合図する。

 すると黒服たちは一糸乱れぬ動きで家へと入っていく。


「ち、ちょっと!?」

「ご安心を。持ち物には傷一つ付けさせませんので」

「え、いや。これってどういう状況なんです?」

「時間がないので端的に申しますと、聖さまには引っ越してもらいます。場所はお答えできません」

「……は?」


 言葉を失っている俺の後ろからは、段ボールに荷物を入れているような音が重なって聞こえる。

 質問したい事は沢山あるが、言葉に出せないでいると忍野さんは何かの錠剤を手にする。


「聖さま、こちらを」

「こ、コレは?」

「強力な睡眠薬です」

「……何故?」


 俺のその質問には答えず、ただ錠剤とペットボトルの水を差しだす忍野さん。

 しばらくお互い動かないでいたが。


「時間がありませんので、失礼いたします」


 そう言うと忍野さんは錠剤と水を、何故か自分の口に入れる。


「?」


 忍野さんの行動に疑問を感じた、次の瞬間。


「!?!?」


 彼女の唇が俺の唇と重なっていた。

 俺が驚く暇もなく、忍野さんは錠剤と水を俺の口に流し込む。

 吐き出す事も出来ず、俺は思わず飲みこむ。

 それを確認すると唇は何事も無かったように離れていった。


「な、なにお」


 どうやら本当に睡眠薬だったらしく、既に舌が回らずに視界も歪む。

 思考が睡魔でクチャグチャになる中で理解出来たのは、俺を忍野さんが抱きかかえた事。

 そしてその表情が、とても優しく見えた事だけであった。




 あとがき

 今回はここまでとなります。

 書きたい部分を詰めてますが、それでも中々ヒロインが出てこないという現実。

 もう少し、もう少しだけお持ちください!

 だだ忍野さんとの出会いは想定より良いものになったという感じです。

 果たして今後はどうなるのか?

 ご期待ください!


 感想、意見を貰えるとやる気が出ます。

 余裕があればお願いします!

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