異世界勇者、その息子の災難と麗しの姫たち

蒼色ノ狐

第1話 四人の王女と勇者の息子

  —―どうしてこうなった。


 そう思う事は皆にもあるだろう。

 それは自分の選択ミスだったりする事も多くある。

 だがいま俺が大きなベットの片隅で追い詰められているのは、決して俺の所為ではない。


「あら? 考え事だなんて、余裕がおありなのね」


 そんな俺に、耳にするだけで気品を感じさせる女性が語りかけて来る。

 彼女は長い巻き毛の金髪をかき上げながら、グラビアアイドルでさえ裸足で逃げるようなスタイルを強調しながら俺に迫る。

 逃げたい気持ちはあれど、残念ながら脱出路は完全に塞がれている。


「もう諦めては如何です? どう考えても逃げ場はないかと」


 知性を感じさせる声色でそんな絶望の言葉を発した少女は、俺の右方向に陣取っている。

 毛先まで整えられたボブカット。

 体の凹凸こそ金髪女性に劣っているが、目線奪われるスレンダーなボディラインをよく分かる服を着て計算された角度で見せてくるのには、正直色気を感じた。


「そうそう♪ どうせなら楽しんだ方が得だって♪」


 軽快な、それこそ春風のような口調で言うのは褐色の肌をした、ウルフカットの少女。

 俺の左側に陣取っている彼女は、人懐っこい笑顔を浮かべつつ腕を絡めてくるためこちらにも逃げ場はない。

 バランスの取れたスタイルと体の柔らかさは、普通の状況であればこれ以上ない幸せだったであろう。


「……」


 そしてもう一人。

 俺たちの様子を部屋の入口に立ちつつ様子を窺っている女性が一人いた。

 最初の女性にも負けないほどのボディをしているその女性は興味が無さそうにしてはいるが、チラチラと見ているのは丸わかりであった。

 長いストレートの青みがある髪と同じ色をしている瞳を見る度に、俺の心に緊張が走る。


「ふふ」

「……」

「♪」

(チラチラ)


 世にも美しき四人の異性に囲まれているこの状況。

 もし事情を知らない男が見れば、さぞ羨ましい状況であろう。

 だが、一言だけ言わせて欲しい。

 望まずこの状況に陥っている俺から言わせてもらえば、ただただ恐怖でしかない事を。

 さらに加えれば、彼女たちに共通しているある事を考えれば手を出す事などは遠慮したい。

 そのある事とは。


「国も早く世継ぎがみたいと言っておりますわ。もう国民は祝い事の準備をしているとか」


 ……そうなのである。

 ここにいる全員はお姫様、別の言い方をすれば王女なのである。

 普通なら手を出す事を考える事すら不敬に当たる、そんな別格な存在。

 それを四人もお相手するなど、極刑になってもおかしくはない。

 だが彼女たちの国は俺との関係を推し進める方向で進んでいる。

 理由は俺のある出生に関係しているのだが、それを語る前に一つ説明しておかねばならない。


 —―彼女たちはこの世界の人間ではない。


 彼女たちは全員、『オーテク』という異世界にある多くの国々の王女たちなのである。

 何故異世界の姫様たちが迫ってくるのか?

 それは全て、そう全て。


(絶対に許さないからな! ろくでなし親父ぃぃ!!)


 勇者であった親父、その適当さの所為であった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「父さん。異世界で勇者だったんだ」

「……」


 三月二十日の晩、親父は突然そんな事を俺に話してきた。

 それに対する俺の答えはもちろん。


「アホ」


 この二文字で十分であった。


「……流石にその対応は傷つくぞ聖」

「つまらない冗談を言う暇があったら家事手伝えよ」


 親父の言葉をスルーしつつ、汚れた皿を洗っていく。

 そんな俺こと飛鳥聖あすかひじりは中学三年。

 いや、もう受験は終えているので実質高校一年である。


「む? 冗談じゃないぞ、真実だ」


 真顔でそんな事を言っているのは、悲しい事に俺の父親である飛鳥剣あすかつるぎである。

 そんな思春期にありがちな妄想を息子に垂れ流す父親にため息を吐く俺に、親父は点けているテレビから目を離さず非難する。


「やれやれ。何時からそんなに疑い深くなったんだ?」

「晩飯を食べ終えたらソファーに寝転んでグラビア見ている男の話なんて信じられる訳がないだろ」

「うっ」


 俺の言葉に言い返す事が出来ないのか黙り込む親父であったが、テレビからは目を離そうともしない。


「……あのな、親父」


 一旦食器を洗う手を止め、後ろを向いたままの親父に話かける。


「男一人でここまで育ててくれた事には素直に感謝している」


 そう、そこは本当に感謝している。

 感謝はしているんだが。


「だけど母親については何も話さない。仕事も教えない。その上いつも適当。そんなんで信じろって方が無理があるだろ」


 この親父から母親について、聞いた事は一度もない。

 おじいちゃんおばあちゃん、そして親戚に聞いて回っても帰ってくるのは同じ言葉。


「いつの間にかいなくなって、帰ってきた時は俺がいた」


 俺が誰との子なのか?

 消えてる間に何をしていたのか?

 未だに不明なままだが、親父は語ろうとしないらしい。

 まあその事に関してはまだいい。

 誰だって話したくない事は多少なりともあるだろう。


 だが。

 働いている様子もないのに一向に尽きない金の出どころについて説明しない事。

 そして約束に適当なところは、いい加減に止めて欲しい。


「ん? お前の母さんは異世界の姫さまだ。超美人だぞ」

「はいはい。話す気はないって事か」

「本当なんだがなぁ」


 残念そうな声を出しながら、結局最後までみたグラビアを消して適当なバラエティーを見だす親父。

 ため息を吐きながら皿洗いを再開しようとする俺であったが、親父から声が掛けられる。


「そうそう。ちょっと明日から二、三日家を空けるからよろしくな」

「はぁ? そんな事聞いてないぞ」

「いま言ったからな。昔から決めていた事だ」

「なら決まった時に言っておけよ。こっちにも予定があるんだからよ」


 別に決まった予定などは無いが、知っておけば何かしら出来たかも知れないので恨みがましく言っておく。

 だが親父は気にした様子もなく、続けて話始める。


「それとお前も荷物を整理しておけ。特に要る物と要らない物は分けておくと吉だぞ」

「なんだよそれ。夜逃げでもするのかよ」

「うーん。まぁそんなところだ」

「いや普通に迷惑なんだけど」

「とにかく整理しておけ。しなくてもいいが、後悔するかもしれないぞ?」

「息子を脅すような事を言うなって。ったく」


 まあいい機会だし部屋の整理をするのも悪くはないだろうと考えていると、親父はやっとこっちを向いて話す。


「それともう一つだけ忠告だ。父さんが家を空けている間は必ずニュースを確認しておけ。後悔するぞ」

「……宇宙人でも攻めてくるって言うのか?」


 そう俺が返すと、親父はニヤリと笑う。


「惜しい。もうちょっと」

「はぁ。言われなくてもニュースぐらい見るよ」

「ならいい」


 そう言うと親父は再びテレビを見始めた。

 特に話す事も無かったので、俺も深くは追及せずにその日はそのまま寝た。


 それがこの家で親父と過ごす最後の夜とも知らずに。



 あとがき

 初めまして!

 もしくはまたお会いしましたね!


 この作品は以前、一話だけ書いた作品「異世界勇者だった親父のせいで許嫁がいっぱい!」のリテイクです。

 少し本腰を入れてこの度書いてみました。

 できれば今後も読んでいただけると幸いです。

 ではまた次のエピソードで!


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