8:リベンジャー

「じゃ、友達と遊んでくるねー。いってきまーす」


 リビングで義妹を見送る。といっても「うぇーい」なんて気の抜けた返事をしたのみで、俺はスマホの画面から目をそらさなかった。

 少しの間、視線を感じた気がして、ちらとミキがいるだろう方を向いたが、そんなタイミングでミキは玄関へと向かってしまった。


 ここ三日、まともにミキの顔を見ていない。

 俺の、クソ童貞をこじらせた発言でミキをブチギレさせたその日の晩メシも、わざとらしくそっぽを向くので、俺も気まずくてしゅんとうなだれていた。


「お兄ちゃん。どうしたの。あたしの作ったハンバーグ、美味しくない?」


「え、ああ。美味しい美味しい! ちょっと疲れただけだから……マジで美味いよ。やるじゃん。ミチ。もう俺が教えてやれることは何もない」


「いや料理教えてくれたのお母さんだから! キャハハ!」


 しゅんとしていると、義妹のミチが気遣ってくれた。

 中学二年生。思春期だし反抗期も真っ盛りの時期だろうに、いまだに家族みんなに甘えてくる我が家の末っ子。

 実の姉であるミキにならって、金髪に染めてギャルっぽい。彼氏もいるという。


「はい! お姉ちゃんも何か感想ください!」


「ん。ゴーカク。お店でこれ出てきたら思わずシェフに会いに行くレベルね」


 海原雄山かよ。

 なんていう風に、当時の食卓は、二番目の義妹が場を取り持ってくれて、それ以上険悪なことになることはなかった。

 しかしそれ以来、俺とミキは、すれ違ったままだ。


「……俺も出かける」


 ソシャゲのスタミナが切れた。もうやることがなくなったことだし、散歩にでも行くか。


「あ、待ってお兄ちゃん。私も行く!」


 ミキと同じような見た目の、ミキよりも一回りほどちっちゃな義妹が、しっぽでも振りそうな勢いで同行の立候補をしてきた。

 よかろう。連れてってやる。




 —―そんなやりとりの後、街へと繰り出した俺たちは、そこで出会ったのだ。

 ミキの噂を鵜呑みにした、馬鹿な男と――再び――。


「探したぜ、ミキの兄貴よぉ! とんだ嘘つき野郎め! あれからお前のことを聞いて回ったが、格闘技やってたなんて誰も言ってねえぞ! よくも俺に恥をかかせてくれたな!」


 街を歩いてると、馬鹿そうな男が詰め寄ってきたのだった。マジでなんでいるんだお前……。

 最初に俺とミキを馬鹿にしてきたのはお前だ。それだというのに、逆恨みも甚だしい。

 というか、お前のおかげでこっちの気分は散々なんだ。本当に、こうして相対するだけでもう辟易する。


「ぶっ殺してやるよ。おい、人目につかない場所までいこうぜ? 逃げんなよ?」


 物騒なことを言ってくるの普通に怖い。

 そんな誘い文句でついていく奴いないだろ。さらにこっちは、まだ中学生の女の子まで連れているんだ。時と場合を考えてほしい。


「馬鹿野郎。こっちは中学生の義妹連れてんだぞ。バイオレンスなんて見せられるか。お断りだ」


「なんだと? ……お前まさか、ミキだけじゃ飽き足らず、そんなメスガキにも手ぇ出してんのかよ? うげー! 見境ねぇやつだな! ギャハハハハ!」


 ……こいつ。懲りねぇな。

 俺は懲りたぞ。馬鹿の相手をしても、損をするのはこっちのほうだってわかったからな。


 —―ただ、俺の大切な義妹まで馬鹿にされるのは、やっぱり我慢ならねえな。

 それも中学生の女の子に、そんな下品な話を、ためらいもせず……!

 前言撤回。懲りるのは、この後にする。こいつの腐った性根を懲らしめてやらなきゃ気が済まない!

 

「おい、粗チン野郎。誰がメスガキだって? 潰すぞコラァ!」


 俺は怒りに任せて、馬鹿野郎に歯向かう。

 —―その寸前で、俺の隣から、そのような怒声が響いたのだった。


 え――?

 ミチ?


 そこにいたのは、俺の半分くらいの背丈の女の子。毎日そのかわいらしい顔を見ている。見間違うはずもない。俺の義妹だ。


 そして、もう一人。

 ミチと同じくらいの背丈。年齢。そして金髪の、男の子。

 ……誰? だが、馬鹿野郎を怒鳴ったのは、俺でもミチでもなく、この男の子のようだった。こめかみに青筋たてて、血走った目で馬鹿野郎をガン見してる。


「マンジローくん? どうしてここに?」


 ミチが驚いた表情で、その男の子の名前を呼んだ。


「な、なにぃ! ま、ま、マンジロー!?」


 その名に驚いたのは、馬鹿野郎。

 聞いてもないのに説明しだした。


「まさかお前が、≪至上最強の中学生≫と呼ばれる伝説の不良! マンジローなのか!? 高校生でも手が出せねぇって噂の……!?」


「それがどーしたってんだよコラ。オメー、俺の女にひでぇコト言ってたよなぁ? 喧嘩してぇんだろ? じゃあ俺とやろうや。人気のないとこでよぉ。……逃げんなよ?」


「ひっ!? す、す、すんませんでしたー! ひぃー!」


 馬鹿野郎は、マンジローの圧に負けて、あっけなく、走って逃げだしたのだった。

 いやいやいやいや。あんな奴、もうどうでもいい。そんなことより……。


 俺の義妹は、≪至上最強の中学生≫と付き合っていた。

 こっわ。

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《遊んでる》と噂の義妹が「とりあえず私で童貞捨てとく?」なんて言うもんだから 八゜幡寺 @pachimanzi

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