7:クソ童貞のデリカシー

 鼻に触れた暖かくて柔らかな感触に、息をのむ。

 この前、フレンズに囲まれたときに割り込んできてくれた、ミキの髪の香り。それと同じ匂いがした。

 顔が近い。過去、これまでミキに接近したことはあっただろうかいやない。


 血の繋がりがない。

 本当の兄妹じゃない。

 だからパーソナルスペースは、広めにとっていた。

 だからこれまで、あまり、仲のいい兄妹というわけでもなかった。

 卒業して、大学に行ったら、二度と会わないだろうとすら思っていたほどだ。

 俺の本当の気持ちを殺して、それでいいと思っていた。


 最近、ちょっと距離が近かった。

 油断したのだ。もうすでに俺の心は東京にある。

 大学生活をいかに満喫するか。夢の都会。夢の一人暮らし。


 ワクワクしていたのだ。

 そんな気の緩みが、せっかく広げていたパーソナルスペースを狭めた。

 ちょっとくらい、最後の思い出に、愛する義妹にちょっかいでもかけてやろう。

 そんな男子小学生レベルの魂胆に、まんまと踊らされた。


「お前、いろんな男をとっかえひっかえに遊んでるって噂だぞ。あんまり、関心しないな」


 俺はあの時、心の悪魔が囁く声を、そのまま口にした。軽蔑されてもいいと思っていた。それくらい投げやりに、最後にいたずらしてやろうと思ったのだ。

 そしたらどうだ。


「とりあえず私で童貞卒業しとく?」


 義妹が放った≪遊んでいる≫っぽいカウンターパンチに、俺はまんまと、ノックアウトだ。

 一瞬にして、あの意地悪な笑みに、心臓を射抜かれた。

 それから、東京に行くのが、とてつもなく名残惜しくて。

 ことあるごとに、ミキに絡んだ。


 めちゃくちゃ充実した日々だった……。




 廊下の明かりが逆光になって、ミキの顔は黒く塗りつぶされている。どんな顔をしているのか、わからない。

 さっきの言葉……あれは、いったい、どんな顔で言っていたのだろう。


「別にヤってても、好き同士なら、普通じゃない? 私たちもう、そういうことしてもいい年齢だよ?」


 ちょっと顔を寄せれば、キスもできるほど近く。

 そんな距離で、そんなことを言う。

 可能性というのは、あまりにも条件がそろいすぎている事態に、俺は、どうしても、このことを聞かずにはいられなかった。


「……ミキ。お前、まさか…………俺が、好きなのか?」


 それを言うと、ミキは、すっと立ち上がった。


「――バッカじゃない!? 大っキライ! このクソ童貞!!!」


 真っ暗な顔で、そんな怒声を浴びせられて、俺はビンタまで一発見舞われた。

 ほっぺがひりひり痛くて、熱い。


「な、なんで……?」


 俺は泣いた。

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