第5話 不確かな存在
「貴方が生きているのかどうか、確かめなくっちゃね」
「え? 僕は生きてるよ。ほら、ちゃんと体が動くし」
「貴方は今、意識体、つまり霊体かもしれないから。死んだばかりの人って自分が死んだと理解できない事が多いの」
「まさか?」
「自分の死体を見ないと納得できないと思う」
「そうかもしれない。しかし、どうして君は??」
「私は最上と申します」
「最上さん。どうして君はこの部屋が鏡の中の世界だと思うの?」
「それはですね。先ず先生のデスクです。私が入った時には大きめの鏡が置かれていました。今はちゃんとデスクトップパソコンがあります」
「うん。僕が使っているPCだよ」
「デスクの脇にあるゴミ箱。私が見た先生の部屋には書き損じた宅配便の送り状や印刷ミスした原稿なども無造作に突っ込まれていました。今は空です」
「確かにそうだ。僕は……海星社に原稿を送ったんだ。その時、確かに送り状を書き損じた」
「その書き損じた送り状……捨てたんですか?」
「捨ててない。午前中に集荷してもらってそのままだ」
「さっきも言いましたけど、送り状の日付は6年前でした。その後の事、何か覚えていませんか?」
「申し訳ないが何も覚えていない」
「なるほど。先生の時間はその時点から6年間止まっていたのかもしれませんね。では、この部屋を調べましょう」
最上は部屋のカーテンを左右に開いたが、窓の外は漆黒の闇だった。サッシのロックを解除してもまどは開かなかった。
「これは……どうなってる。外は田と雑木林があるはずだ。が何も見えない。付近にあるはずの街灯の明かりや星空も無い」
「こちらはどうかしら」
最上が入り口のドアを開けた。ドアの外はリビングに繋がる廊下があった。元の間取りそのままである。
「行ってみましょう」
「ああ」
最上と黒田は先ず玄関へと向かった。
黒田はロックを解除したが玄関のドアは開かなかった。
「ダメだ。開かない」
「外には出れないみたいね。そもそも、外が無いんでしょ」
「外が無いとは?」
「そのまんまよ。外の空間が無いの。だから出られない」
最上の説明に黒田は納得できないようで、しきりに首を振っていた。
「お風呂、覗いてみましょう」
「ええ」
最上と黒田はバスルームを覗いてみたのだが、特に変わった所は見られなかった。脱衣所にはバスタオルなどが用意されており、シャンプーや石鹸なども直ぐに使えるようにセットされていた。
トイレも同様にトイレットペーパーなどがセットされていた。端がしっかりと三角形に折りたたんであるのだ。最上はそこに違和感を覚えた。それは生活臭が無かったからだ。ホテルの部屋のような接客業の雰囲気と言ってもいい。
「他の部屋も見てみましょう」
最上と黒田は広い和室へ行った。十六畳もある二間続きの和室なのだが、やはり何も生活感はなく、綺麗に整頓されているだけだった。
「私の家とは何かが違う」
「でしょうね。ホテルの部屋みたい」
「そうだ。そんな感じだ」
黒田も最上と同様に違和感を覚えていたようだ。
「じゃあ、本命のリビングルームに行きましょうか」
「そこに何かあるのか」
「さあ。私が知ってるはずないでしょ」
「それもそうだな」
最上と黒田はリビングルームへと続くドアを開いた。そこにあるはずのソファーやAV機器はなくベッドが並んでおり、それぞれ人が寝かされていた。そこはまるで病院の集中治療室のようで、寝かされている人にはそれぞれ呼吸器や何種類ものチューブ、コード類が装着されていたのだ。
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