第4話 鏡の中の世界
「誰?」
咄嗟に振り向いた最上の傍には一人の男が立っていた。
「誰……なの?」
「私はSF作家の黒田徹です。知名度は壊滅的に低かったので知らないのも無理はありません」
これが本当に黒田本人なのか……最上の抱く違和感は消えない。彼女はそのSF作家を少し探ってみる事とした。
「あの、貴方は本当に作家の黒田さんですか?」
「ええ、そうです。私が黒田徹です。とにかく知名度が低いのでどう説明すれば私を私だと信じてもらえるのでしょうか?」
「そうですね。幾つか質問させていただいてよろしいでしょうか?」
「ええ、どうぞ」
最上は自身のスマホを確認しながら、黒田に質問した。今は丁度、投稿サイトのプロフィールが表示されている。
「ご自身の代表作は何でしょうか?」
「代表作ですか。書籍化された作品の中では『虹のアセンション』ですね。これ、二万部くらい売れたはずです」
プロフィールにはそう書かれていた。売れないSF作家とはいうものの、一応はプロ作家としての面目は保っているのか。
「黒田さんは投稿サイト『ヨムカク』にも作品を投稿されていましたね。その中で一番人気のあった作品はどれですか?」
「どれだったかな? 人気は★の数でいい?」
「はい」
「確か……『機械人形は人間と同じ夢を見る』が★90個くらいだったかな? 15万字でまだ完結してない。その次は『夏の星と冬の太陽』だと思う。これは確か★70個くらい」
「なるほど……」
最上は自身のスマホを操作して黒田徹のページを確認した。代表作として最も評価を集めている作品は「機械化人形は人間と同じ夢を見る」が表示されていたが、★の数は100を超えていた。また、「夏の星と冬の太陽」も概ね★90程度だった。
最上は先ほど見つけた宅配便の送り状の事を思い出した。人気がないジャンルの不人気作家とはいえ、一応はプロ作家である。更新していなくても少しは読まれて評価もされるだろう。目の前にいる黒田徹は、恐らくこの6年間が欠落しているのではなかろうかと考えた。
「言った通りでしょ。自分がアップした作品の評価くらい自分で把握していますよ」
「ですね。ところで黒田先生」
「はい。何でしょうか」
「天皇誕生日って、いつでしたっけ?」
「4月29日……はみどりの日。僕は古い人間だからよく間違えるんだ。今は12月23日が天皇誕生日だよ」
この回答で最上は気づいた。ここにいる黒田徹は5年前に元号が平成から令和へと改元された事を知らないのだ。
「黒田先生。貴方は何者ですか? この、鏡の中の世界で生きているのですか? それとも死後の存在なのですか?」
最上の問いに対して、黒田は質問の意図が分からず唯々狼狽していたのだ。
「すまない。君が何を言っているのかわからないんだが」
「今は令和6年3月です」
「令和だって? 何の事だ? 今は平成30年だろ?」
「やはりご存知ない。2019年、即ち平成31年5月1日に当時の天皇陛下明仁さまが現在の天皇陛下徳仁さまへと譲位されました。これにより元号が平成から令和へと改元されたのです」
「何だって? 天皇陛下が譲位の意思をお持ちでその準備も進んでいたとは聞いていたが、実際に行われていたとは……」
「日本人なら誰でも知っている事ですよ。ところで黒田先生。この空間は何なのでしょうか? 外界から隔絶された独立空間? 出入り口は先生のデスク上にあった鏡だと思いますが?」
「鏡? 何の事だか理解できない。何がどうなっているんだ」
黒田は頭を抱え、床の上に座り込んでしまった。
「さあ黒田先生。どうやってここから出るか、二人で考えましょ」
「ここから出るだって?」
「ええ。この不可解な空間から抜け出さないとね」
最上の提案に黒田は渋々と頷いていた。
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