第3話 新居での初夜

 さて、一戸建てである。一階はリビングとキッチンとダイニング、ゆったりとした浴室とトイレ、八畳二間の和室と十二畳ほどの立派な書斎がある。例のSF作家はこの書斎で仕事をしていたと思われる。二階は六畳の洋間が四室とトイレという間取りだ。つまり、7LDKという一般庶民ではとても住めない豪華な借家なのである。


「こんな良い物件が月二万だって。超ラッキーですよね、正蔵さま」

「そうだね、椿さん。これは超お買い得な物件だよ」


 一人暮らしにこだわっていたはずの正蔵も何故か機嫌は良い。最上もこの場に残り一緒にいるというのに意識していない。彼女は自分を意識していない正蔵に対して少なからず不満を持っているのだが、そこは表には出さない。


 黒猫は寝具や日用品、食材などの買い出しをした後に萩へと帰った。最上は家賃がこんなに安いのは何か隠された理由があるはずだと考えた。そしてここにいる。


 夕食と入浴を済ませた正蔵と椿は早々に床に就いていた。八畳の和室だ。自分の寝所もその隣の和室に用意した。しかし、最上は今夜、眠る気はない。そう、何かが引っ掛かっているからだ。


 最上は書斎へと赴き、そこを調べて何か手がかりを得ようとした。


 先ずは日記のようなモノ。作家であるなら原稿。PCが残っているならそのデータ。


 最上が最初に見つけたのがゴミ箱だ。そこに書き損じた宅配便の送り状が捨てられていた。某出版社宛ての原稿のようだった。日付は6年前。また、用紙がズレて印刷しそこなった原稿も見つけた。梗概や自己紹介などが書かれたページもあった。そこには小説投稿サイトにも掲載している旨が記載されていた。


「なるほど。この売れないSF作家はネットにも作品を上げていたのね。どれどれ」


 残念な事に売れないSF作家のPCは残されていなかった。最上は自身のスマホを取り出し、その作家の投稿作品を探した。

 

 投稿サイトと作家名が分かっていれば簡単に見つかる。売れない作家のペンネームは黒田徹くろだとおる、たいして売れていないが数冊の書籍が発刊されているプロ作家だ。投稿サイトはヨムカク。書籍化されていない、恐らくはボツ作品が十数本掲載されていた。短編は数十作品も投稿されていた。アカウントはまだ生きているのだが、最近更新した気配はない。


 最上は作品の更新履歴をチェックしたのだが、最後に更新されたのは6年前だった。


「六年前? この家の様子とは矛盾してる」


 そう。最上の見立てによれば、この家のリフォームは一年以内に行われているし、家電製品のほとんどが最新で一年以内に購入されている。


「リフォーム後に誰かが住んでいたことは間違いない。それが黒田徹なのか、それとも他の誰か……なのか」


 最上は腕組みをして思案する。この家で売れないSF作家の黒田徹が活動していたのは間違いない。しかし、それは六年前まで。その後の6年間は売れないSF作家の黒田徹……とは別人の誰か……外見は同じ……人物がここに住んでいた……のかもしれない。


 確固たる証拠は何もない。極度なスランプで六年間何も書けなかっただけかもしれない。作家が何も書かなければ収入はなく、家賃の滞納を続けたのは不自然ではない。


 しかし、最上の抱える違和感は膨らんでいくばかりだ。最も違和感のある個所はデスクだ。通常ならPCが設置されているはずのデスクの上にPCはなく、そこには四角い鏡が置かれていたのだ。


 その、鏡に男の顔が映った。

 最上は咄嗟に後ろを振り向いたのだが、もちろん誰もいなかった。改めて鏡を見つめる最上の肩に誰かが手を置いた。


「ようこそ。私の部屋へ」

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