第2話 謎の一戸建て

「こちらがお勧めの物件です。築70年の一戸建て。家賃は2万円と超破格ですぞ」


 不動産の営業担当者が笑顔で案内する。

 ここは山口市黒川。正蔵が通っている山口大学とは少し距離があるものの、田と畑に囲まれた静かな立地となっている。


「大学とは11キロくらいありますが、原付でも15分程です。TVやエアコン、洗濯機なども前の住人が置いて行ったものがあるので、お客様がよろしければそのままご利用いただけます」

「トイレとかキッチンは?」

「下水道が来ていない地域ですが、家庭用の浄化槽が設置されているのでトイレは水洗です。ガスはプロパンとなっております。ガスコンロも最新のものが設置されていますよ」

「うわー。正蔵さま、凄い、凄いよー」

「そうですね、椿さん。リフォーム工事したばかりの様で凄く綺麗ですね」


 椿と正蔵はこの物件が気に入ったようだが、最上は何かの違和感を覚えた。やや市街から外れているとはいえ、リフォームしたばかりで家電製品も揃っている物件が家賃2万円とは法外に安い。


「あの……少しよろしいでしょうか? 家賃が2万円なんて信じられないのですが、何か理由があるのでしょうか?」

「うひゃ!」


 地味な最上からの質問に営業担当者はびくりと震えた。そこに最上がいた事に気づいていなかったようだ。


「ああ、失礼しました。この物件は大家さんのご厚意でこの価格での提供となっております」

「厚意ですか? では、前に住んでいた人の事とか、わかりますか?」

「個人情報……なので……詳しい話はできないのですが、売れないSF作家が家賃を払えずに姿をくらました……とか……」

「え? 家賃2万円が払えなかったんですか?」

「本が全く売れてなくて……色々困窮していたようです」


 最上は、それは有り得るかもしれないと思った。しかし、大屋は何故こんな低価格で家を貸すのか、最上にはその理由が分からなかった。


「まあ、そんなこんなで、早く次の人に入って欲しいと希望されているのです」

「なるほど」

「あ、そうそう。もしよろしければ、本日からこちらにお住まい頂けますよ」

「え?」

「電気やガス、水道など全て大家さんが契約されているのです。使用した分だけ大家さんに支払うようになります」

「まさか、前に住んでたSF作家って」

「そうです。家賃だけじゃなくて電気代水道代ガス代など全て滞納してました」


 とんでもないSF作家ですね。ちなみに、作者とは関係ないですから。フィクションですから。信じちゃダメですから。


「なるほど。色々不思議ですが、特に疑う要素もないみたいですね」

「ええ。私どもとしても自信をもってお勧めできます」


 何故か最上と不動産屋ががっちりと握手を交わすのであった。

 

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