不思議な彼女 side ジェイク

 


 彼女を見つけたのは本当に偶然だった。




 王子として生を受けたジェイクにとって日常は拷問にも等しいほどに退屈なものだった。何をしても心臓は熱を持たず、思考がはじけるような刺激を感じることもない。


 あらゆる学問を学んでも、知る喜びはほんの一瞬で、全てが自分の思うがままになってしまうことに飽き飽きとしていた。




 周囲はジェイクという完璧な王子の虚像に心酔し、何をしてもただ褒めるだけだ。


 何をしても無感動でつまらない。




 両親への情はあったがそれ以上に失望も大きかった。


 王族という位にあぐらをかき、無能な貴族たちの顔色をうかがう政策ばかりする王の下ではこの国はそう長く続かないだろう。


 自分が舵を取ればおおきく躍進するかもしれないが、そこまでの努力したいと思う欲求もなかった。




 完璧で優秀な王子の仮面を被った、怠惰で冷徹な男。それがジェイクだった。




 学園生活に期待を抱いたこともあったが、結局は有象無象たちが集う場所だ。楽しいことなど何もない。


 いっそ、大きな事件でも起こしてやろうか。


 そんな鬱屈した気持ちを抱えていた。




 そんなとき、耳に入ったのはこの学園に古くから伝わる伝説。


 どんな願いも代償次第で叶えてくれる悪魔の書。


 生まれて初めて「欲しい」と思った。それを手に入れて、この世界をもっと刺激的で自分にふさわしいものに造り変えたいと願ってしまった。




 だから春休みを利用して本を探すつもりだったのに。








「ん? なんだ、あの娘」




 図書室の窓から見えたのは、一人の少女だった。


 まだ制服も着ていないし顔にも見覚えがない。


 生徒でないことは間違いないはずなのに、彼女はまるでこの学園の地図が頭に入っているように明確な足取りで歩いていた。




 その姿が気になってずっと目で追っていれば、なんと少女は連れのメイドを撒いてしまったのだ。


 貴族令嬢が進んで一人になるという奇抜な行為に思わず目を奪われた。




 一人になった少女は中庭でなにやら怪しげな動きをはじめる。


 その場所に妙な既視感を覚えたジェイクは少しだけ考え込む。そして生徒会長を引き継いだときに教わった秘密の抜け道のことを思い出した。




(有事の際に、権力者を逃がすための隠し通路。何故、知っている?)




 ぞくりと首筋が震えた。


 未知の感覚に心が躍る。




 思わず足が動いていた。通路の出口はこの図書室の最奥だ。


 本当にここに来るのだろうかと期待で心臓が脈打つ。




 そして、彼女は本当に現れた。


 おそらくは貴族の娘で間違いないだろう。育ちの良さを感じさせる姿は少しあどけない空気をまとっておりどうしてか目が離せない。


 際立った美しさはないが、愛らしい容姿は好ましく感じた。




「あなたは……!」




 大きな瞳がこぼれそうに見開かれる。


 驚愕と少しの怯えが混じった視線には一切の媚びはない。


 むしろ、警戒するような色の混じった瞳は宝石みたいにきらめいて見えた。




 ジェイクを目の前にした若い娘は、みんな欲望にぎらついた視線を向けてくる。


 とてつもなく不快だったが、彼女の視線はまったく正反対だ。


 むしろ心地よくて、もっと見ていて欲しくなった。


 それが、メルディとの出会いだ。






 それからの日々は、まるでこれまでが嘘みたいに毎日が刺激的だった。


 メルディには何らかの目的があるのはわかったが、それが後ろ暗い謀でないことだけはジェイクにもわかった。


 それだけ、メルディの何もかもが眩しくて輝いていた。


 いつの間にか悪魔の書などどうでもよくなっていた。


 むしろ、この先メルディが入学してきたあと、どんな学園生活を送れるのかばかりが頭を占める。




 だから、自分より先に本を見つけた彼女の姿にどうしてか腹が立ってキスをした。


 君の目的は「僕」ではなく「本」だったのかと怒鳴りつけるのを必死にこらえ、柔らかな唇を貪ってしまった。


 目の前で本を奪って絶望させてやろうとさえ思ったのに。


 悪魔にメルディの全てを自分のものにして欲しいと願おうとさえ思ったのに。




「殿下、だめです。その本を開いちゃ駄目。殿下が、死んじゃう」




 震えた声にみっともないくらいに動揺した。


 その瞬間にジェイクは理解してしまった。


 この不可解で謎めいた少女に、心を奪われていることを。




 初めて欲しいと思った存在。


 どんな手段を使っても手に入れる。




 生まれて初めて抱いた欲の種はあっという間に芽吹いて花を咲かせた。


 決断してしまえば選択は一瞬だ。


 自分の持てる限りの全てを使ってメルディを囲い込み時間と手間をかけて外堀を埋めればいい。


 欲しくもなかった王座もメルディを自分のものにするための道具だと思えば、手に入れて都合のいいように変えてしまう手間だって惜しくない。






 肝心のメルディがジェイクの気持ちに一切気づいていないのは少々気に食わなかったが、何も知らない彼女の笑顔を見ているのも悪くはない気分だった。


 どうせ、いつか堕ちてくるのだから今は自由にしていればいい。


 絶対逃がすつもりはないのだから。




「一生大事にしてあげる。死が二人を分かつまで、一緒にいようね」




 本気の気持ちを込めて重ねた唇は、これまでで一番甘くて切ない味がした。

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死体役令嬢に転生したら黒幕王子に執着されちゃいました マチバリ @matiba_ri

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