エピローグ
「なんで! 私が! 殿下の婚約者になってるんですかぁ!」
学園の卒業を一週間後に控えたある日、メルディの元に父からの手紙が届いた。
そこには動揺からか震えまくった文字で「ジェイク王子の婚約者になったよ」という一文が書かれていた。
相談も猶予もない完全なる決定事項として告げられた事実に蒼白になったメルディは、手紙を握り絞めジェイクの元に押しかけていた。
一年早く卒業していたジェイクだったが、どういうわけか学園の一室を自分の研究室として使っており、卒業後も頻繁に学園に遊びに来ているのだ。
そしてメルディはそのたびに呼び出され、遊び相手をさせられている。
「何がどうしてこんなことに」
涙目で詰め寄ってみるものの、ジェイクは研究室の長椅子に座ったままにこにこと笑うばかりで何も言わない。
その笑顔に薄ら寒いものを感じ、メルディは咄嗟に身を引く。
(この笑顔、またろくでもないことを考えてる!)
ジェイクの遊び相手となって、四年。
彼の在学中、メルディはそれはそれは大変な目に遭った。
みんなの前では清廉な生徒会長を演じているジェイクだったが、ちょっとした問題や事件を見つけては首を突っ込み、散々に引っかき回したうえ、メルディを巻き込んで振り回したうえに最後には華麗に解決して賞賛を浴びる、という大変悪趣味な遊びに熱中していた。
巻き込まれた事件の中には「はとる。」に出てくるキャラクターたちが関わったものもあり、皮肉にもアマリリスとは良き友達になることもできたのだが、それと苦労は別問題だ。
何度も解放して欲しいと願ったメルディだったが、そのたびに例の「悪魔召喚の本」をちらつかせられて、ずっと遊び相手としてジェイクの隣にいることを要求された。
一番最初に優しい人だと信じて助けたいと思ってしまった自分の選択を、メルディは激しく後悔している。
「メルディ」
妙に甘ったるく名前を呼ばれ、メルディは嫌な予感に逃げだそうとした。
だが一拍早く腕を掴まれ、ジェイクの膝の上に抱き込まれてしまう。
「んっうう!」
慣れた動きでキスをされ、呼吸を乱される。
この四年間、振り回された以上にたくさんのキスをされて、正直いっぱいいっぱいだ。
そろそろ色々ともてあますのでいい加減解放して欲しいと本気で思っている。
だが、心とは裏腹に身体はすっかりジェイクに慣らされ、メルディはキスの嵐に身体をくったりさせることしかできない。
「君って本当に変な子だよね。これだけ僕にキスされてて、他の男と結婚できると思ったの?」
耳朶を撫でるように囁くようなジェイクの声に、背中がゾクゾクと震える。
「普通、王子の婚約者ってもっと喜ばれる肩書きだと思うんだけど」
「……だって、殿下は絶対面白がってるだけじゃないですか」
思わずこぼれた本音は、随分と恨みがましい声になってしまった。
ジェイクが珍しく虚を突かれたような顔をして、大きく瞬いたのがわかった。
「遊びで婚約だなんて、私は嫌です」
ちょっとだけ震えてしまった声に情けなくなりながらメルディは視線を落とす。
ジェイクの顔を見ていられない。
「……遊びじゃなければいいの?」
「え?」
「もう本気で口説いていいって解釈するけどいいのかな」
「ええ?」
くるりと世界が反転した。
メルディはふわふわとしたソファの感触を背中に抱きながら、真上に現れた怖いほどに整ったジェイクの顔を見つめる。
「メルディ。もう君がいない人生は考えられないんだよね。そろそろ諦めて、ちゃんと僕のものになろっか」
甘い告白のように聞こえるが、恐ろしい脅迫にしか思えない言葉。
聞き間違いではないかと、何度も瞬いているとジェイクの顔がどんどん近づいてくる。
「一生大事にしてあげる。死が二人を分かつまで、一緒にいようね」
唇に重なる柔らかな感触にメルディは瞠目しつつも、もうこれはきっと無理だと諦めて大人しく目を閉じたのだった。
数ヶ月後。
盛大に開かれた婚約披露パーティの余興でジェイクが悪魔召喚の書を発見したことを発表し、なおかつその場で燃やし尽くしたりと多少の騒動はあったが、メルディは無事に王子の婚約者となり、その数ヶ月後には王子妃となった。
結婚後もなにかとジェイクに振り回されることになるメルディだったが、出会った頃に予想していたとおりジェイクはとても素晴らしい王様になった。
どう素晴らしいかは説明したくないが、とにかく才能がある人間に権力を握らせるととんでもないことになるんだなと、少しだけ遠い目をしたメルディであった。
死体令嬢フラグを回避して王妃になってしまった自分の運命に首を傾げつつも、メルディは黒幕体質な夫の愛に包まれてそれなりに幸せな人生を送っている。
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